第73話 イベント

 人はいつレベルアップをするのだろうか。

 昔も似たようなことを考えた気がするが、過去のそれとは少し意味合いが違うような気がするのは、俺の勝手な自意識過剰だろうか。


 勉強を頑張った時。

 試験を受ける決意をした時。

 テストで目標の点数を取った時。

 それとも、真実を知った時?


 俺はいつも悩んでいる。

 なぜならば答えにたどり着いていないからだろう。

 だからいつまでも悩む。


 でも、俺は幸せなのかもしれない。

 だって指針があるから。


 たとえばそれはゲームだとか。

 たとえばそれはゲームを一緒にやろうと思える相手だとか。

 たとえばそれはゲームを楽しむということを今一度思い出させてくれた相手だとか。


 つまるところ俺は恵まれているのかもしれない。

 いつレベルアップをするのかの自覚もないまま、それでも前へと進めている。


 では。

 問題だ。


 それら全てを見失ったら、俺はどうなるだろうか――答えはわからない。

 ただ、それを知っている人物は、身近にいるようだった。


 それは藤堂マシロ?

 ノー。

 それはつまり――。


   ◇


 近頃、漆原の影ばかりを追っていたせいか、同じ教室内にいる相手ながらも、藤堂マシロという存在との接点が薄くなっていた。


 疎外感を覚えているわけではない。

 俺にはやるべきことがあって、なすべきことがある。

 ある種の充実感は、ゲームの存在しない日々を、不思議と充足させていた。


 だが、当の本人は言いたいことがあるらしい。

 藤堂はなんだかソワソワしているようだ。

 朝のホームルームやら、昼休みやら、放課後やら――昔、逃げたくなっていたはずの視線を俺は感じながらも、それをしっかりと受け止めることができていた。


 だからといって相手にしているわけではない。

 遠くから藤堂の「何か言いたそうな視線」を感じながらも、俺は自分の考えるべきことを行なっていただけだ。


 それは勉強であり。

 それは漆原である。


 そして、藤堂へ伝えようと思えた言葉だとか。


   ◇


「なあ、藤堂」

「え! なにかな、黒木!」


 俺がやっぱりなんだかソワソワとしている藤堂に声を掛けたのは、放課後のことだった。

 藤堂は、なんというか、らしくない感じのテンションに見えた。

 テンションというか、ふわふわしているというか。


「勉強教えようか!? それとも何か質問でも答えようか!?」

「お、おう……」


 なんか勢いがあるぞ。

 陽キャ特有のパワーなんだろうか。

 最近、俺という隠キャと関わっていなかったせいで、藤堂の+のパワーが過剰にたまりすぎているのだろうか……いや、別に俺は避雷針でもなんでもないんだけどさ。


「いや、別にそういうのはいいよ……」

「じゃあなに……ですかね……」


 いきなりテンションが下がったぞ。

 こいつ、こんなに変化するやつだっけか……?


「いきなりで悪いんだけど、少し話さないか?」

「え、あ、うん……なんの話?」


 今度はいきなりしおらしくなったんだが……。

 体調、悪いんだろうか。


「藤堂。体調悪いなら、別の日でもいいんだけどさ」

「は? 悪くないし」

「なんで怒ってるんだよ……」

「べ、べつに怒ってるんじゃなくて……」


 なんだか、いよいよおかしくないか?

 俺が話したいことはもちろん大事だが、藤堂の態度も気になってきたぞ。


 まあとにかく、話すには移動するしかない。

 俺は藤堂に向けて、天井に指を向けた。

 

「とりあえず移動するか」


   ◇


 秘密基地という名の階段踊り場にたどり着いてからも、藤堂はそわそわとしているようだった。

 二人でここで向かい合うのも、当たり前のようになってきた。

 たった数ヶ月の出会いだというのに、こうまで人生というものが変わるなんて、少し前の俺なら信じられなかっただろう。いや、今の俺も信じられていないけども。


「で、話ってなに……」

「だからお前はなんで、うなだれてんだよ……」

「お前はやめて……」

「覇気がない」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 そういえば、最近、俺と藤堂が互いに大した話をしなかったということは、俺の情報は藤堂に伝わっていないし、藤堂の情報は俺に伝わっていないということだ。


 もちろん俺の情報など、三行ぐらいあれば事足りるはずだが、藤堂の場合はそうはいかないだろう。

 となると、最近の歯抜けの情報の中に藤堂がこんな状態になっている理由があるのだろうか。


 自分の気持ちを先に話すか。

 相手の気持ちを先に聞くか。

 静かに悩んでいると、先に藤堂が口を開いた。


「あのさ、わたし、なんとなくだけど、話の内容、わかるよ」

「え?」

 

 まさか。

 そんなわけがないはずだが……。


 俺の疑問を否定するかのように、藤堂は言い切った。


「勉強、やめたいんでしょ、黒木」

「……なんて?」

「だから、勉強より大事なこと、なにかできたんだよね。わかるよ、わたし。最近、黒木、忙しそうだから。黒木みたいに、ゲーム以外することがない人が忙しくするなんて、よほどのことがあったってことでしょ」

「ちょいちょいディスってるのが気になるが、とりあえず落ち着け。なんか勘違いしてるぞ」

「……? 勘違い?」


 曇り空みたいな表情を浮かべていた藤堂の顔に、さっと日がさした……気がした。


「え? じゃあ、話ってなに?」

「ああ、うん……なんて言えばいいのか」

「早く言えばいいんじゃないのっ!?」

「落ち着けよ!」


 上がったり下がったり忙しすぎるだろうが!


 俺は息を吸ってから、吐く。

 それから言った。


「後日でいいんだけど」

「うん?」

「藤堂に、だな」

「うん」


 その時、俺と藤堂の視線が、ばっちりとあった。

 それは1ドットのずれもないほどにぶつかっていた。

 なんていえばいいのか……、クリックする前からヘッドショットになることを確信できるような、ポインターが吸い付くような感覚。

 それを視線で感じた。


「……っ」


 息を飲んだのは、どちらが先か。

 しかし言葉を撃ったのは俺が先だった。


「藤堂に、伝えたいことがあるんだ」

「ふぇ……?」

「笛……?」

「ふ、ふん……」

「うん……?」


 なんかキャラ変わってねーか、こいつ……。


「あの、黒木さ――」


 だが不思議なことに藤堂は藤堂で、同じことを考えたらしい。


「――やっぱりこの数日で何か、あったんだよね」

「なんでだ?」


 自覚はないんだが……。

 しかし藤堂は譲らなかった。

 確信的に一人で頷いた。


「だって、黒木。まるで別人みたいだ。迷いがなくて……そう、つまり、ゲームをしてる黒木みたいに、まっすぐに見える」


 いやまじでよくわからねーけども、俺はとにかく藤堂に伝えたいことがあった。

 伝えるということを、伝えておきたいという思いがあった。

 だから出来上がった時間。

 ただそれを伝えるには――イベントが一つ、足りていないのだ。

 

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