第57話 落とし方

 週明けの月曜日。

 学校。


 中間テストを二日後に控えた今日。

 一年時はまだしも二年へと進級すると、勉強に取り組む生徒やその他の生徒の熱量というものに、顕著な差が出てくるようになってきた。


 当校。

 進学クラスはあるが、進学校ではない。


 普通科に在籍する俺は、さほど勉強に熱中しなくてもよいだろうと、周囲からは思われることだろう。

 だが、動機など人それぞれだ。


 ゲームをする理由が決して娯楽目的ばかりではなく、自己顕示欲や、自己追求や、それこそ職業や金のためであるように、勉強だって他の人間とはまったく違う理由で行われることだってあるはずだ。


 そんなもの、人それぞれ。

 わざわざ明らかにすることもない、世界の当たり前。

 自明の理――今更確かめることもない真実。


「なのに注目されている……気がする……」


 昼休み。

 小倉コッペを片手に問題集を睨みつけている俺のおでこやら顔面やらに、明らかに異常なものを見るようなクラスメイトの視線を感じていた。


 お前ら何が楽しくて俺なんて見てんだ?

 もっと他に見るもんあるだろ?


 シューティングゲームならヘッドショット。

 場合によっちゃ一撃死だが、今の俺の頭にはちょっとした防具がセットされているため、俺への直接的なダメージは軽減されている。


 ではその防具とは?――答えなんて一つしかないだろう。


 俺の前の席の男子生徒から、女神のような笑顔と悪魔のような決定権でもって椅子をうばいとった金髪美少女――つまり藤堂マシロが、柔和でいて、しかし拒否権が主張できないようなまっすぐな笑顔を浮かべていた。

 

「じゃあ黒木に問題。次の英文を和訳せよ」

「お、おう」


 目の前に座る金髪美少女こそ、注目の原因。

 コッペパン摂取タイムを無視し、俺に近づいてきてから、すでに数分が経っている。

 だが藤堂が俺にむけてくる視線は、周囲の『まじでなんなのこの状況』といった困惑するようなそれとは違い、あくまで真剣な眼差しだった。


 そう。


 藤堂はやる気なのだ。

 本気で俺を中間テストでベスト50位に持っていきたいのだ。

 だからこそ俺はこいつに応えたいと思っているし、教室という公共の場でも、リア充代表とまるで対等であるかのように振舞っているというわけだ。

 だからコッペパンだって大急ぎで消化することにした。


 藤堂は俺を見る。

 まるで心の中を見透かす魔法を唱えるかのように、慎重に口を開いた。


「My name is you kuroki」

「バカにすんじゃねえ……それぐらい分かるわ」

「No way !」

「え? の、うぇ……なに? いや、まて、言わなくていい。なんだかバカにされている気がするから」


 げんなりして言った俺の顔を見て、藤堂は目を丸くした。


「ゲームで鍛えたっていう直感力で、なんとなくわかるんだね」

「やっぱりバカにしたような言葉かよ」

「バカになんてしてないよ。驚いただけ。よくわかるなあって」


 たしかに英語に関しては、そこまで抵抗がない。

 というのもやはり、オンラインゲームをプレイしていると、英語圏の人間とパーティを組むことも多くなる。

 その時にちょっとした英語を打ち込んでいるうちに、ニュアンスでわかるようになっているのだ。

 不思議なのだが、英語力どころか日本語文章能力さえ持ち得ないAでさえ同じことを言っていたので、あながち間違いではないだろう。


 だが、もちろん今回は違うけれど。


「表情見てれば、それくらい気がつくだろ……」

「……? どゆこと?」

「お前は、なんていうか、顔に出てないようで、めっちゃ出てる」

「お前? お前の顔?」

「……藤堂マシロ様のご尊顔」

「そっちこそバカにしてるよね。こっちは、こんなに真剣なのに!」


 そう言って藤堂は、コメディちっくにきりりと顔を引き締めた。

 まるで本気じゃない。


「はいはい……わかりましたよ……」

「よろしい」


 俺と藤堂が会話をしている。

 それもなんだか親しげだ。

 これはクラスメイトにとって、かなりの衝撃に違いない。


 以前の、コッペ女優事件(俺命名)から少しばかり誤解を受けていた関係を、密かになんとかリセットしようとしていた俺だが、これで何かのイメージが決定的になってしまっただろうと思う。


 俺と、藤堂との間に、何かが起きている――これは藤堂にとってはマイナスではないのだろうか。

 いや、藤堂にそんなことを聞いても、怒ったように殴ってくるだけだろう。いや、それは怒ったように、ではなく怒っているのだろうけど。


 それにしても、人間というのは人の裏を探ったり、自己証明をしたりと、自分が大好きな生き物だと思う。

 人が嫌い――などと言っている奴にかぎって、他人のゴシップネタに反応しまくるのだから、それはもう虚偽申請の類じゃないだろうか。少なくとも俺はゴキブリが嫌いで、そのネタを日常的に見たいなんてマジで思わねえ。


 人間の欲なんて、つきつめれば、自分勝手な色ばかりだ。

 人の気持ちの前に、自分の欲をおけば、避けようもなく被害者だって現れる。


 だから。

 俺の席のすぐ後ろのギャル集団から。


『なんで黒木、スマホじゃなくて、教科書持ってんの? いっつもスマホみてんのに、うける』

『いや、マシロが付き合ってる時点で、わらえねーでしょ。あれ、なに』

『なんで……なんでよ、マシロ……男なんて、臭いだけの汚物じゃん……』


 などと聞こえても、それは正しいことではなく、被害者が存在する行為に違いなく、だから俺は悪くないし気にする必要なんてないし――っていうか、最後のやつだけ毎度のごとく反応がおかしいだろ。

 まさか、背後から刺してこないよな……怖くて誰の発言かも確かめられない。


 だが、本当のリア充ってのは、他人の意見なんて関係がないらしい。

 もしくはそれが藤堂真白だからか。


「ほら、黒木。真剣にやって。試験まであと二日しかないんだから」

「わ、わかってるけど、集中できねーんだよ」


 こそこそと言い合っていると、教室がやけにしーん、となる。

 いや、実際はわからねーけど、しーんとなっているように感じられる。


「まあ……そうか」


 藤堂が周囲をちらちらと見てから頷く。


「たしかに黒木には辛い状況か」

「理解してくれて感謝する。だからこれからは二度と教室で話しかけないでくれ。二度と、だ」


 話しかけるたびに俺の体力が削れていくし、この通り、勉強の効率もまったく上がらない。


 藤堂は一瞬、むっとしたようだが、それもすぐに氷解した。

 なにせ相手は俺だ。黒木陽だ。

 ひねくれていて、器が小さく、口だけは達者だが発語はしない、隠キャ協会会員だ。


「そうだよね。怒ってもしかたないか。黒木だもんね、仕方ないよね。地球が爆発しても黒木だもんね」

「諦め方がワイルドすぎるが――まあ、そうだ。諦めてくれ、俺は俺なんだ。だから仕方ないだろ」

「それはわかったよ。でもどうするの? もうこうして話しちゃってるじゃん?」

「だから話しかけないでくれって話”だった”んだよ。もうこうなったらどうすればいいのかなんて、俺にもわからねーって」


 今日、当たり前のように教室で勉強の話を始めてしまった藤堂の失策なのだ、これは。

 ただ、俺もその時、無視――までは行かないまでも、冷えた態度をしておけばよかったとも思う。

 それからチャットアプリで『教室で話しかけるんじゃねえ!』とか送りまくれば済んだことなのだ。


 じゃあなぜ、週明けの月曜日の教室で。

 それも衆人環視の中で。

 藤堂の言葉に素直に反応してしまったかというと……俺は問題集を睨んでいるふりをして、コッペパンを咀嚼しているふりをして、この前の深夜の公園のことを思い出していただけだったからだ。

 だから、藤堂が話しかけてきたときも、適当に対応してしまったのだ。


 漆原葵――あの時の言葉が、数十時間経った今でも、くっきりとはっきりと脳内で再生されている。されまくっている。


「……黒木、いま何考えてる?」

「え? あ、うん」

「なにその反応」

「い、いや、別に……?」


 虚をつかれた感じ。

 まるで家族にしてしまうような、気の抜けた言葉を口にしてしまった。


 藤堂の視線がより鋭くなる。

 嫌な予感が、した。

 まるで格闘ゲームでの必殺の間合いに入っちゃった感じ。

 間合い管理をしていたはずなのに、ふっと気を抜いた時点で、一撃必殺の距離間を見失ってしまった感じ。


 つまるところ――ゲームオーバー。


 実に完璧な笑顔が藤堂の顔に張り付いた。

 そう。

 張り付いた、だ。

 その奥に、別の何かがあることに気がつけるのは、真正面から見ている俺だけのようだった。


「ねえ、黒木”くん”」

「あ、おい、まて」


 この感じ。覚えているぞ。

 こいつが『くん付』で呼ぶときは、ろくなことがない。


「黒木”くん”、ねえ、黒木”くん”」


 藤堂はあえて皆の注意を引くように――それこそ舞台女優のように、椅子をガタンと大げさにひいて大きな音を出すと、短すぎる気もするスカートをギリギリのラインでひるがえして、俺に背をむけた。


「そっか、そっか。黒木くんって、あたしには全く興味がないんだねー! さすが、目標があるひとってすごいなあ! じゃ、ばいばい、黒木くん! また今度、暇なときがあったら、パソコンのこと、教えてねー! あ、あと教室で話しかけてごめんね? また違うところで、はなそーね」


 やけに通る声でなんだかよくわからない宣言。

 満面の笑みに、小さく可愛いく手を振りながら立ち去る藤堂。


 パソコンのこと?

 ゲーミングPCのこと?

 いや、噓も方便。

 そういうこと?


「あ、ぐ……」


 俺は何も言い返せない。

 ツッコミどころが多すぎて――いや、多いどころか、全てがツッコミどころすぎて、俺の機能は停止した。


 残された俺は半開きの口で、数回、呼吸を行い。

 同時に、周囲からの反応を悟った。


『なんだ。捨てられてんじゃん。ていうかPCかよ。あいつオタクっぽいもんな』

『マシロの気まぐれか。てかそうじゃなきゃ、やばめでしょ』

『よかった……臭い男から離れてくれて……よかった……行動しなくて……』


 いいよ、もう。

 そういうことでいいよ。

 俺はオタクで、藤堂と話しているだけで事件で、そういうことでいいよ。

 だから最後のやつ、ちょっと待て。お前だけが、何か違う原動力を持っている気がするぞ……?


 というわけで、俺の学園生活は、こうして決定的に変わったようでいて、全く変わったようにも見えない感じで進んでいる。


 藤堂は相変わらずの対応だけども、なんとなく俺を気遣ってくれているようにも見えるのは、俺を巻き込んだことによる罪悪感からだろうか?


 正直、よくわかっていないこともあるが、目標は簡潔だ。


 それにしても……教室内での視線は、もう感じなくなっている。

 さすがヒエラルキートップ。


 あげて、おとす。

 人の心理をよく心得ているようだった。

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