第53話 目標

 自室で頭を抱えていると、いつの間にか入室していたらしい茜に声をかけられた。


「――にいに。どうしたの。帰ってきてからずっと、こんな状態で……。やっぱり真白ちゃんに、嫌われちゃったの?」


 やっぱりってなんだ、やっぱりって。


「心配してんのか? けなしてんのか?……いや、もう、なんでもいいや……」

「ふむ。これは全治1ヶ月ですな」


 訳知り顔をする茜であるが、期末テストまではまだ2ヶ月ちょっとあるわけで、全治でいうのなら、1ヶ月では足りていない。まあ、そんなこと、説明する気すらないのだが――いや、それでも一つだけ伝えておかねばならぬことがある。


「そういや、茜、すまん」

「ん? 本当は真白ちゃんは、お互いを助け合うための、契約の関係だったこと?」

「そんな、漫画がみてーな展開はない……」


 大体そんなことしても、俺にはなんのメリットもないじゃねえか――と言おうとしたが、その瞬間、脳裏に藤堂の横顔が浮かんだ。


『黒木くんは、大人たちのいう暴力的なゲームが好きだけど、とっても優しい人だよ。だから、わたしを、助けてくれる』


 なにが『やさしさ』なのか、俺にはわからない。

 そのやさしさが、藤堂のために、なるのかならないのかも分からないし、そもそも藤堂のエゴに付き合っているだけのようにも思える。


 だけど、俺は手を差し出してしまった。

 いや、それこそ厳密には、手をひっぱれれた挙げ句、勝手に足をもつれさせて顔面から地面にダイブしたのかもしれねーけど……。

 俺は俺の意思で、そこに足を踏み出したことは、確かなのだろう。


「にいに。それで、なに?」


 茜のじれったそうな声。


「あ、ああ。すまん、えっとだな――夏休みに入るころまで、申し訳ないんだけど、動画作成、できないとおもう」

「ええっ!? そんなぁ!!」

「わ、わるいな」


 まさかそんな驚かれると思わなかったので、とっさに謝ってしまった。


「にいに、無職になっちゃうよ!?」

「学生だ、バカもの」


 謝って損したわ。


「ま、なんか、理由があってのことなんでしょ?」


 茜の声にはなにかを諦めたような、納得したような、曖昧な色がついていた。


 どう説明しようか悩んだが、全てを隠す必要はないため、部分的に正直に話すことにした。


「俺、これから、しばらくは勉強しねーといけないから」

「……? あ、ごめん、なんて?」

「? いや、だから、期末テストまで、勉強しねーといけないんだ。結果はしらねーけど、とにかくそうなった」

「勉強」


 真顔の茜。


「あ、ああ」


 困惑気味の俺。


 兄妹の間に、それぞれ事情の異なった沈黙が訪れて――。


「に、にいにが勉強――た、たいへんだ、たいへんだ! お、おかあさーん!!」


 茜は階下にすっ飛んでいった。


「……俺は家族にどう思われているのだろうか……?」


 わからないが、とりあえず、人間扱いをされていて欲しいものだ。


 余談だがその後、家族会議が開かれ、俺はおおよそのことの顛末を家族に伝えることになったのは、いうまでもない。じゃなきゃ、病院につれていかれそうだったから。


 家族にこんな風に扱われている俺を、藤堂はどこまで過大評価してくれちゃっているのだろうか。


 すくなくとも他人を救う前に、自分を救わねばならないような男であることは、まちがいない。


   ◇


 翌日、月曜日。

 平日の教室。


 中間テストは5月の下旬に行われるため、実際にはあと10日程度しか猶予がない。


 冷静にあたりを見回してみれば、勉強モードのやつらが多くなってきた。

 自慢ではないが、俺は、高校に入ってから、計画的なテスト勉強をしたことがほぼない。


 とにかく前々日から、睡眠を限りなく削り、一夜漬けならぬ、二夜漬けを行い、平均点前後をとることを最大目標としてやってきた。

 また、教師の性格などがわかってきた一年の二学期以降は、授業中に、傾向などを分析し、ノートにメモをとっておき、そこを見直すことだけをする――つまり、予想した範囲だけを徹底的に覚える方針に切り替えている。ようするに、山勘だ。


 お気づきだろうが、俺にとって、試験とは、『なにかを覚える・理解する』という勉学に重きを置くのではなく『どのあたりが出るのだろうか』という人読みを重要視しているわけだ。


 自分でも思うがこれは、勉強とはいえないだろう。

 だがそれをしないと、赤点になってしまうのだから、仕方がない。


 いや、そもそも勉強すればいいじゃん?――って言うやつは、もちろん、いるだろうが、そんな奴には声を大にしていってやりたいね。


『そんなことができるなら、苦労するやつなんて、世の中にいねーことになるだろ』


 ってさ。


   ◇


 放課後の秘密基地――つまり、屋上手前の階段踊場。


 目の前に座った藤堂は、当たり前のように言った。


「は? 出題範囲の見極めに全力をそそいできた? 無駄とは言わないけど、勉強したほうが早くない?」

「……で、ですよね」


 悲しい。

 理由はきかないでくれ。


 藤堂は、机のうえのA4用紙をペンで叩いた。

 コピー品ではあるが、俺の前にも、同じものがある。それは手書きで作成された、藤堂による藤堂のため……そして俺のための、勉強計画だった。


「とにかくさ。黒木に、感謝の気持ちしかないことは、伝えた通りです。ほんとにありがと」

「……まあ、別に気にするなよ」

「騙したみたいに、つれてったことは、うーん、騙したわけではないんだけど……ようするに、先に説明しても、黒木、来てくれない気がしたし……?」

「そんな理由かよ――」


 なんの事前説明もなく、あんなことされたらいくら俺でも不信感がわくしやる気もなくなるだろうがと反論しようとしたが、たしかに冷静に考えてみると、あんな計画、説明された時点で、来訪を断ること間違いなしであるため、つまるところ俺の口はこう動いた。


「――まあ、たしかに、そうかもしれないけどな……」


 かも、ではない。

 絶対、だ。


「ごめんね、黒木。わたし、こんな性格なんだけど、これがわたしだから、そこは認めてもらうしかない。わがままですみません」


 ぺこっと頭を下げる藤堂。

 悪いとおもっているような雰囲気はでている。

 それに『許してくれ』ではなく、『認めてほしい』というあたり、なんだか、藤堂らしくて、気が緩んでしまった。


「まあ、怒ってはいねーけどさ」

「うん」

「実際、期末テスト50位以内は、どうすんだよって感じだよな」

「それは、はい、しってます」

「う、うん」


 うっすらと笑う藤堂が、怖い。


『その条件はお前のお口から出たのだよ?』


 と、言われている気分。


 だが、藤堂もあのとき口を挟んでこなかった。それはきっと、俺以上に両親のことを知っている立場としても、そのぐらいしないと説得できないと思ったのだろう。


 あのとき、俺の目の前にいた大人は、俺の趣味を理解できる人種ではなかったと思う。

 俺個人が、存在ごと悪であると、非難されているわけではないから、俺には敵意も生まれない。

 だがその反面、相手には興味も生まれていないだろう。互いに平行線の価値観を交差させるには、力業が必要なのだ。


 正直に言えば、俺が期末テスト50位をとったところで、本当に全てうまくいくとすら、思っていない。

 藤堂の両親だって、どっちに揺れるかわからないシーソーのうえに乗っている感じじゃないだろうか。

 どうなるか、わからないが、娘の人生のために、まずは前に進ませる。どうせ50位は無理だろう?――。


「――聞いてる? 黒木」

「あ、ああ。すまん、なんだっけ」

「もう。ちゃんときいてよ――とにかく、中間は、過程になってしまったから、ゴールの期末まで、勉強の習慣をつける期間にしよう。勉強って、机に向かう慣れが必要だしさ」

「まあ、そうだな。ゲームのときは、何時間でも座ってられんだけど」


 勉強して座ってると、下半身がむずむずしてくんだよな……。あれ、なんなんだろ……。


「目標、つくれば意外と座ってられるよ。まずは30分を2回。その間に休憩を15分はさんで、それを2セット。二時間半の勉強を、からだに馴染ませよ?」

「お、おう」


 なんだ、なんだ。

 藤堂が、エリートなモンスタートレーナーにみえてきた。

 そのうち、水分量とかまで調整されるんじゃないだろうな……。


「あと、意外と朝方の勉強もいいから、おすすめ。5時くらいに起きるといいよ」

「起きられねーよ……」


 こちとら何時に寝てるとおもってんだ……。


「そこは、なにか、目標を持つと起きられるから」

「目標っていってもな……」


 もちろん、1ヶ月と少し前からの、不可思議な出会いのなかで、藤堂のことを助けたいとも思えるようにはなったさ。


 勝手に口が動いた結果だが、まさか操られているわけではないから、それらも俺の本心なのだろうし、だからこそ、勉強もごねずにチャレンジしようと思う。


 ……正直なところ、俺も、藤堂を放っておけなくなっているらしい。それはつまり、一緒にゲームをしていたいということなのだろうか? そんなこと、口が裂けても、いえねーけど。


 だが、それらの思いはなんというか……目標、とはいえない気がするんだよな。

 あくまで目的に至るまでの手段ではあるけど、目標ではない。


 じゃあなんだ、といわれると、まったくわからないんだけども……。


 俺が、ひとりで、言葉遊びみたいな言い訳をしていると、藤堂も、何かを察したらしい。


「まあ、たしかに、黒木には得るものがないもんね。やる気だって、限度があるか」


 腕を組んで、なにかを考えはじめた。


「黒木が、よろこぶもの、やる気がでるもの、なんだろ――お金とか?」

「関係性が壊れるだろうが……」

「だよね。あとは、ゲームとか、パソコンとか?」

「それは、藤堂が欲しいもんだろ」

「たしかに――」


 じゃあ、と藤堂。


「コスプレ撮影会とか?」

「そ、そんな趣味はない」


 ていうか、それ、だれがコスプレすんだよ。そしてなんのコスプレをするんだよ。

 やぶへびなので、当然、黙っている。


「うーん? まあ、普通に考えたらさ、ギブアンドテイクなわけだから、わたしが、黒木に何かをするべき、だよね」

「なにかって、なにをすんだよ」


 なんだろうか。

 いけない話をしているつもりではないのだが、遠くから、俺たち以外の生徒の気配を感じると、びくりと身構えてしまう。


「そうだね……、あ、それならさ、単純な話、こういう約束にしようよ――」


 藤堂はそうして、実に単純な、しかしまったくもって解答に困るほど複雑な、俺のかかげる目標案を口にした。

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