第51話 大人も子供も妹も

 食器の出す音。

 誰かが話す声。

 肌で感じる、感情の数々――人が集まって食事をするというものは、どこか、なにか、心に刺さるものがある。


 口をあけて、物を噛み、咀嚼したものを飲み込む。

 ただそれだけの行為だというのに、誰かの前で、それだけの行為をすることが、とても苦手に感じてしまう。


 きっとそれは、食事というものが、ただただ栄養を摂取する行為だけを指しているわけではないからだろう。


 食事――それは、感情を隠し味とした、人と人とのコミュニケーションツールの一つに違いない。

 だから俺は、多人数の食事が苦手なのだろう。


 よって、俺は帰りたいのだ。

 でも、帰れないのだ。


   ◇


 藤堂一家にストレンジャーが混じっての昼食が始まったのは、12時18分のことだった。

 席には藤堂、藤堂の両親、そして俺が座っている。

 おそらくすでに十五分は経っているはず――時計を見れば、12時19分だった。


 おかしい。

 一分しか経っていない……。


 藤堂母が足りなかった食器を取りに席を立ち、藤堂父が追加のグラスを求めてキッチンに向かったタイミングで、藤堂真白が小声で語り掛けてきた。


「ねえ、黒木」

「な、なにですか」

「10秒ごとに時計を見るの、やめなよ。首、痛めるよ」

「は、はいです」

「言葉遣い」

「へい」

「……だめだ、これは」


 それぞれ準備完了となったところで、藤堂父の「そろそろ、はじめようか」という一言により、昼食は開始された。


 簡単な挨拶がなされたが、酒類も卓上には存在しなかったので、乾杯はない。

 机の上には、個々にあてがわれた白いプレートがいくつかと、水の入ったワイングラスが人数分、それとバケットのはいったカゴが置いてある。

 

 席順は、長方形の八人掛けのテーブルに、


 藤堂母・父

   □

 俺・藤堂真白


 といった形で座っている。


 ……よりにもよって、なんで俺の目の前が、母親なんだろうか。

 ちらり、と視線をあげると、あちらも俺を見ていたようだ。

 目が合う。すぐ逸らす。俺が。


 俺の勝手な思い込みだろうが……藤堂母の視線は、どこか、動物を観察するような目をしていた。

 対人間相手に向けられてはいないような不思議な色だ。


 まあいい。

 異文化交流とはそういうものだし、なにより俺は視線が合ったことそのものが滅茶苦茶気まずいのだ。

 とにかく別の行動をして、気持ちを落ち着かせよう。


 俺は目の前の白いプレートを彩る、どこに生えている何という葉っぱなのかわからない、緑の野菜らしきものを口に運んだ。


 口にいれたとたん、癖のない風味が広がる。

 やわらかな感触……、なんか、すげえ、うまい……。

 葉っぱなのに……、その辺に生えていそうなのに、めっちゃうめえ……癒される。薬草ってこんな感じだろうか……?


 大分失礼な人間であることを自覚したころには、なんとか人間に戻ることができていた。


 家族間の会話はぽつぽつと発生しているが、俺に関連した内容ではないし、俺が介入できるような内容でもない。

 俺は借りてきたハムスターみたいに、滑車をくるくる回すがごとく、葉っぱを食い続けていたが、何を誤解されたのか、藤堂母が大量の葉っぱを俺のお皿に追加してくれた。何かを観察され、何かを判断されたらしい。


 藤堂の母の興味が、俺の食形態にあるのかどうかは不明だが、会話の矛先は主に夫のほうへ向けられていた。


「ワインはださないの?」と藤堂母が尋ねると、藤堂父が「いや、また仕事に戻るかもしれないから」と断る。

「おかわりは?」と藤堂母が尋ねると、藤堂父が「いや、もう十分だ。うまかったよ」と首を振る。

 

 ことあるごとに「そう」と藤堂母はそっけなく頷いた。

 小さなため息も、息を吐き出す音も聞こえず、なにかを諦めているような感じを受けたが、そんなこと、俺が考えるべきではないし、そんなことを考える前に友達100人作るべきだった。他人のことより、自分のこと。


『それにしても』と藤堂父が、どこにかかっているのか分からない前置きを口にしたのは、サラダのボウルが空になり、スープも空になり、コース料理のごとき当然さで、キッチンに用意されていたローストビーフが、あたりまえのように俺の目の前に運ばれてきた後のことだった。


「それにしても、真白が男の子を家に連れてくるなんてなあ。お父さんは、びっくりだね」


 俺もびっくりです、お父さん。

 いや……お父さんとかいったら、殴られるだろうから、藤堂父と徹しよう。


 藤堂父の言葉がどこに投げられたのか、俺には瞬時に分からず、『え? 俺が答えるターン?』と心拍数をあげていたら、視線を食事に向けたままの藤堂が解答した。


「お母さんが、呼んだんだよ。わたしじゃ、ない」

「ああ、たしかにそうだったな」


 藤堂父が視線を向けると、今度は藤堂母がお皿に視線を落としたまま返答した。


「真白が、黒木さんのお家に遊びに行きたいというし、この前、お世話になったお礼もあったから、お呼びしたのよ。黒木さんのご両親にはお電話であらかじめお話してあるし、常識はずれではないでしょう」


 藤堂母はそういうと、俺を見た。

 顔をあげていた俺と視線がぶつかる。

 今度の視線は、先ほどとは違い、単純な色だった。ただただ人付き合いの為に作られる、柔和な表情だ。


「なるほど。そうなると、今日の食事には、二つの意味があるというわけだ。言い方を変えれば、それぞれの希望に対する相互理解といったところか」


 そこでようやく俺は、藤堂父が、まるで裁判をしているかのように話を進めていることに気が付いた。


 そうか――藤堂がなんだか、口を開かない気がするのも、もしかすると、話を先に進める役目は、父にあると思っているからなのかもしれない。


 俺の隣に座っている藤堂は、ナイフとフォークからすっと手を離すと、目がくらむほど真っ白いナプキンで口を押さえた。


「お父さん。いつもみたいに、迂遠に話すの、やめてよね。お客さんの前なんだから」

「お客さんか。なるほど。しかしそれを私の職務に照らし合わせるのであれば、弁護士がもてなすお客様にたいしては、つねに多弁であるべきかもしれないぞ」

「そういうところだから」


 いや、もしかしたら藤堂はただ、機嫌が悪いだけかもしれない。うん。


「こりゃ、まいったね」


 藤堂父は、まったく参っていないように、話を先に進めた。


「まず、先日の御招待の件は、私のほうからも、妻のほうからも、陽君の御両親に伝えてあるから、それで良しとさせてもらいたい。いいかな」


 もちろんだ。小さく頷く。


 そこに関しては、何かをしてもらおうなんて思ってもいない。

 それに、この食事に関しては、俺も、藤堂も、そしてご両親だって、一つの話題の為に集まっているに違いないのだ。


「となると、真白の言い分に関する話になる」


 藤堂父がそこまで言った途端、藤堂真白が口を挟んだ。

 物凄いスピードで話題が飛び、会話が進んでいた。川のせせらぎに耳を澄ましていたら、いきなり台風がきたみたいだった。


「うちはゲーム、禁止。それは分かってる。でも、黒木くんの家でやるくらいなら、いいでしょ? 勉強も手は抜かないし、言ったとおり、モデル活動だって幅を広げるから」


 藤堂の視線は、父ではなく、母に向けられていた。

 どうも、今までの反応と、藤堂父の言葉を聞く限り、この家の問題は、藤堂母と藤堂真白の意見の対立にあるような気がするのだが……、どうだろう。

 つまり、ここで藤堂母を説得するターンがやってくるのではないか。


 藤堂母はカップに一度口をつけたあと、俺の予想に反して、しずかに頷くだけだった。


「ええ、そうね――真白の言い分はわかったし、門限内であれば、好きにするといいわ。もちろんモデル活動の約束が続くかぎりだけど」


 え? まじで? そんな簡単に?

 思わず藤堂を見てしまう。

 藤堂は、俺ほど驚いてはいないようだったが、言葉の切れは鈍っていたように思う。


「え? あ、そう? ありがとう、お母さん」


 なんだこの展開。

 まったく予想だにしていなかった展開は、本来であれば喜ぶべきことなのだろうが、なぜだか呼吸が苦しくなる。

 人間、予想外の事態というのも、それはそれで苦しさを感じるものらしい。


「黒木さんも、それでいいかしら。真白が勝手に決めてなければよいのだけど」


 三人の視線が俺に集まる。


 おたくの子、だいぶ勝手に決めてますよ!――軽口が思いつくが、口は重く、動かない。


 どうにせよ話が締結したのならそれでいい。

 はやく逃げ出したいし、反論もないので、「はい。家族も知ってますし、大丈夫です」と即座に答えた。


 満足そうな顔を、それぞれが浮かべていた。 

 その場に流れていた鋭い雰囲気が、鈍っていくのを感じる。


 当然のように修羅場になると信じていた俺も、拍子抜けした感じがして、すっと呼吸がしやすくなった。


 そして俺は思った――では、帰りたい。

 

 だがそんなことを口にすることはできず、藤堂父にちらっと視線を向けるだけ。

 それに応じてくれたのかは不明だが、藤堂父は水のグラスを持ち上げながら言った。


「真白はどう思っているかは分からないけどね。レイナ――お母さんだって、なにも真白の不幸を願っているわけではないんだよ」

「あたりまえでしょ、家族以外の人に、誤解されるようなことは言わないで」


 藤堂のお母さんは、食事の手をとめて、横やりをいれた。 

 レイナ、というのは藤堂の母親の名前らしい。


「いや、すまないすまない――だからね、まあ、レイナの気持ちとしては、陽くんにきちんと会っておきたかっただけなのさ。そうだろ?」


 藤堂母は、どこかぎこちなく、しかしなんとか柔和に努めようとしながら、俺に向けて笑った。

 元女優の表現力を崩すほどに、黒木陽という存在は、色々とイレギュラーに見えるのだろうが、それは俺も同じなので、お互い様だろう。


「ええ。この子が……、真白が、急に色々と意見を変えたものだから。そういうこともあって、一度、黒木さんにはお会いしたかったの」


 なるほど。

 俺は藤堂母の言葉に一人で納得した。


 たとえば――プレイしているゲームを必死になってクリアしようとしているのに、まったくクリアができない状態だとする。そんなとき、さらっとクリアしている奴が居ると知ったら、色々な感情が芽生えるだろう。


 どうやってクリアしたのか。

 どうやってクリアしたか教えてはくれないか。

 だがこちらの方が先にプレイしていたのに尋ねるのはどうなのか。


 それどころか、その人物が、自分のゲーム技術等と比べて、あきらかに劣っていると思われる者だったら、どうだ?

 

 俺なら、もう、呆気にとられるしかない。

 まじかよ……なんでお前はクリアできたんだよ……、と愕然として、いままでの自分の行動を疑ってしまうかもしれない。


 そうなれば元女優といえども、どんな表情を浮かべればいいのか分からないだろう。

 これが超絶イケメンで、『愛で、変えました』とかほざく奴だったら、相手の理解ふくめて万事うまくいったのかもしれないが、申し訳ない、俺は黒木陽であるから、藤堂母の表情は曇るばかりなのだ。


 なるほど、なるほど。

 色々と動きが理解できてくると、なんとかなりそうな気がするものだ。

 最初はまったく理解できなかったアクションゲームのギミックを、死にながら覚えていけば、いつの間にか、当たり前のようにクリアできようなものである。


 藤堂の顔をちらりとみれば、やはり満足そうな表情を維持したまま、パンをちぎっていた。何を考えたいるかは知らないが不満ではなければ、それで良い。


 うん、良かった。

 めちゃくちゃ呆気ない幕引きになりそうだけれども、このままいけば、藤堂の思惑通りになりそうだ。


 そうして俺は安心した。

 そして俺はバカだった。


 数日前から藤堂に感じていた違和感――なにか、忘れているよな、と感じていたこと。

 俺はその違和感ごと、忘れていた。


 綺麗さっぱり、水で流したようにそれを忘れ、俺は全てが上手くいくなんていう幻想のお湯に肩まで浸っていた。

 ゲーム内で好感度マックスにしたキャラクターが、セーブが消えたら他人に戻ってしまうように、俺は俺でありながら、すべての不安が消えていた。


 だが、こんなこと、冷静に考えてみればわかることなのだ。

 藤堂真白と行動をして、何かが、普通に終わるわけがないのである。


   ◇


 おそらくだが、藤堂の意見が認められたはずの会話のあと。

 俺は基本的に質問に答えるだけであった。


 お父さんの職業は?――小説家です。

 お母さんの職業は?――絵本作家です。

 妹さんは?――あの有名な、頭のいい中学です。


『みなさんすごいね』――藤堂家からの称賛に、なんだか俺だけ入っていない気がするのは、気のせいだろうか。


 まあいい。


 俺は食事が終わってくれればいいのだ。

 そして、早く玄関ドアをくぐって、バスに乗って、おうちのベッドにダイブして、今日一日、致命的な間違いをしていないかの、脳内再現VTRを一秒単位で作り上げるのだ。


 だが、それは叶わなかった。

 それは、藤堂母のこの一言から始まった。


「そういえば、ゲームというのは、どんなゲームをするの? 二人でやることに意味があるのかしら」


 俺はとりあえず発言を許されていない立場であると、自分で勝手に決めていたので、藤堂に回答を譲ることにした。


 それにしても先ほどの発言を聞く限り、藤堂のお母さんはゲームってのを、皆でプレイするイメージがないのかもしれない。たしかに昔のゲームは一人プレイが基本だろうから、無理もないか。

 そうなると、俺達の関係や現代の基準をどう伝えればいいのかは、案外難しいかもしれない。ネットを知らない世代に、構造や全体像、その利便性を伝えるのはなかなか苦労するものだ。

 

 FPS、TPSを知らない人間に、どう伝えるか……。

 シューティングゲームっていえばわかるだろうか。ただ父さんにそれを言うと、どうしても飛行機やらなんやらで敵を打ち落とすスクロールゲームを思い出すといっていたからな。

 一般的には、銃で撃ちあうゲームと説明しあうのがベストなのだろうか。


 藤堂はいったいどうやって説明をするんだろうなあ参考にするべきだよなあ、なんて他人事のように考えていたとき――俺の脳裏に、なにかがよぎった。


 藤堂の物憂げな表情。

 諦めたような口調。

 放課後の時間――。


 母親からの質問を受けて、藤堂はなんでもないように返した。


「色々だよ。お母さんでも知っているような、昔からあるやつ“とか”」

「ふうん? 南天堂のゲームなら、テレビCMで見ること、あるわ。親戚のひとに、株をすすめられたこともあったかしら」


 南天堂……?

 いや、それは、たしかにゲームソフトもハードもつくる一部上場、超有名会社だ。

 たしかに我が家のパーティーにおいても、藤堂は、茜や俺の両親と、南天堂の最新および一世代前のハードで、多人数プレイのゲームを遊びつくしていた。


 だが……それは、俺の部屋にあるものではない。

 それはあくまで、みんなでやる、牧歌的なゲームだろう。

 藤堂は、たしか、俺の部屋でゲームをしたいと言っていたのだから、俺の部屋でやるべきものは敵を排除するための攻撃的な――あ。


 二人きりの階段踊場。

 藤堂の発言。

 家族内でのルール――。


 ――ああああああああああああああっ!?


 そして俺は気が付いた。

 やっとのことで思い出した。


 こいつが――藤堂真白が、屋上手前の階段踊り場で言っていた、発言を、雷にうたれたかのような衝撃と共に思い出した。


『家の方針で――銃で撃ちあうゲームは禁止』


 そうだ。

 そうだった。

 俺の心臓が早鐘を撃つ。


 俺はなんだかいつのまにか、藤堂が禁止されているのは『ゲームである』と錯覚していた。

 だが違う。

 そうだった。


 藤堂が禁止されているのは、ゲームではない。

 厳密には、違うのだ。


 俺は藤堂を盗み見た。

 藤堂はしれっと、デザートを口に運んでいやがった。


 藤堂め……なんていうやつだ。

 そして俺はなんて、鈍感なやつなのだろう。


 藤堂は一番大事なことを再確認しないまま、俺をこんな戦場に放り込みやがったのだ。話し合いなんて終わっちゃいない。現在進行形で、その作戦は続いているのだ。


 藤堂が狙っているのは、『ゲームをしたい』というお願いだけではないのだ。

『銃で撃ちあうゲームをしたい』という条件をクリアすることが――藤堂の本当の狙いに違いないのだ。


 間違いない……。


 これまで培ってきた『自分の身が一番大事センサー』が、びりびりと反応している。


 間違いない……、こいつ俺を巻き込んで、何かをする気だぞ!?


 波紋一つなかったと錯覚していた食事会が、ただ今は台風の目に入っているだけに過ぎないと知ったそのとき――俺の心は、不安に耐え切れずに、ぎしぎしと音を立て始めた。


 十秒ごとなんてものではない。

 もはや俺は、五秒ごとに時計と藤堂を、ちらちらと盗み見るカラクリ人形みたいな装置になった。それを繰り返すことだけが、平静を保つための条件だった。


 さすがの藤堂も俺が、“なにか”に気が付いたことを悟ったらしい。

 そしてきっと、それは、藤堂自信が自分に定めていたフラグだったのだろう。


 藤堂は、甘そうなフルーツを口いっぱいにほうばってから、それを飲み込むと――母親に向かって、宣言した。


「あとは、銃で撃ちあうゲーム、とか? 今は、eスポーツなんて総称もあるらしよ」


「え?」

「ん?」


 藤堂家の両親の手が止まった。

 ゆっくりと上がる、二人の視線。


 それは藤堂の顔から、俺の顔――いや、俺の存在そのものにのしかかってきた。


 お父さん、お母さん、誤解です。俺も被害者です――誰に言っても、信じてもらえないだろうから、無言を貫く。


 ああ、ちくしょう、藤堂真白め。

 俺は、空になってしまったデザートの器を恨めしく見た。もう何も残っていないから、物を口につめこんで、忙しい男子高校生を演出することもできない。

 それともエアー食事をしてみるか?――いや、まて、そんなことしたら、頭のやべえやつになる。


 だが、そんな心配はすでに無用であり、時すでに遅しなのだろう。

 きっと、藤堂の両親の中で、いま、俺という存在が、わずかに変化してしまったのだから。


 無害な、特徴のない、ぼそぼそしゃべる家来みたいな同級生が一転――銃で撃ちあうゲームを好み、愛する娘にそれを勧めた、さえない男子高校生へと変わったに違いない。


 なるほど。

 終わってる。

 事件を起こしたら、くそみたいなマスコミが騒ぎそうな、ある意味、世間が好きそうなパワーワードてんこもりだ。


 そんな存在が、娘に近づいている。そんな存在が、いま、家の敷居をまたいで、同じ食卓についている――これがハリウッド映画なら、俺の額には、拳銃が向けられいるだろうな。


 HAHAHAHA。

 お父さん、落ち着いてください、勝負なら銃で撃ちあう“ゲーム”で決着を――バンッ。


『君にお父さんと呼ばれる筋合いはない』


 ちくしょう!

 どんなに妄想しても、いっこうに詰んでるじゃねえか!


 ヤケクソな気持ちで、俺は藤堂を見た。

 もう失うものはないので、真横から、がばっと見てやった。

 それこそ睨みをきかせ――ることはできないので、まあ、それっぽく。


 藤堂は、先ほどとはまったく比べ物にならないほどに、完全完璧な成功からうまれたような、満足そうな雰囲気を体全体から発していた。

 もちろん表情はにっこり。可愛いな、おい――とでもいうと、思ったか? 俺からしたらその笑みは、もう、悪魔だ。小悪魔でもいいかもしれないが、どうにしろ悪魔だ。


 もう完全に確信犯の様相をしめしている。

 ようするにその小さい桃色の唇からは、まだなにか爆弾発言が発されるということが約束されているのだろう。


 もう、この子、ほんとやだ。

 おうち、帰りたい。

 茜ちゃん、助けて。


 脳内の俺は完全に幼児化していたが、残念ながら、大人も子供も妹も、誰も俺を助けてなど、くれなかった。

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