第50話 余計なことばっかり

 気が付いたらリビングに通されていた。緊張しすぎて記憶が短時間で飛んでいる。やばすぎやしないだろうか。


 俺はどうしたって平凡な人間である。見た目にはころっと騙されるし、物の本質ってものを理解しきれないところがあるのだろう。

 だから人間相手のスキルが育たず、ここまで来てしまった。


 数分前の俺に教えてやりたい。

 二階建ての家に見えるからといって、それが俺の常識内におさまるような構造をしている可能性など、100%ではないのだと。

 パッケージがめちゃくちゃ面白そうでも、プレイしてみたらクソゲーだったときのように、裏切られることは十分に考えられるのだ。


 簡潔に表現すると、藤堂の家は右と左に分かれていた。

 よくわからないだろうが、構造上、そういう表現が正しいはずだ。

 文字であらわすならば、『リビング?』―『玄関やトイレ等?』―『居住区?』といったように、横に長い構造をしているらしい。


 クエスチョンマークがつくのは、あくまで推測だから。とはいえ外観と、さらに玄関の横がガラス面になっていたので、そこからの視認でおおまかには把握ができた。

 こういうところは、3Dゲームをしていると養われる空間把握関連のスキルなのかもしれないが、よく考えたら泥棒みたいな技なので黙っていよう。


 話を戻す。

 リビングの話だ。


 俺は二階建ての建物に入ったはずだ。

 だが想像に反し、リビングらしきものに明確な二階部は存在しなかった。

 つまり二階部の高さまで、吹き抜けだったというわけだ。

 天井に、あの、なんていうんだろう……意味があるのかないのか素人にはわからない、ゆっくりまわる扇風機みたいなやつが付いていた。


 さらに部屋の二階部にあたる部分には、体育館にあるキャットウォークみたいな通路があった。そのさきにドアがいくつかある。


 そこへ上がるための階段は、螺旋階段だった。螺旋している意味がわからないが、螺旋している。螺旋している意味を教えてください。


 また、部屋の隅には、備え付けらしい白いカウンターテーブルがあり、その奥の部屋にキッチンがあるようだ。

 昔一度だけいったことのある、高級鉄板焼きみたいな造りだと思っていたら――驚くなかれ、カウンターテーブルの天板が一部はずれて、鉄板が現れていた。

 なにこの家。商売してんの?


 壁に、絶妙な角度で大型テレビが二台、そして大型のスピーカーがとりつけられているのを発見したころには、俺の頭はすでに混乱の極みにあった。


 もしかするとトイレにマーライオンがいるかもしれない。風呂には熱帯魚のおよぐ水槽が埋め込んであるかもしれない。まさか、俺はここで命を落とすかもしれない――いや、まて、落ち着け。空気にのまれちゃいけない……。


「――黒木、へいき?」


 藤堂の声にハッと我に返る。

 どうやらリビングの真ん中で、次々と迫り来る思考に溺れていたらしい。お金で頬をビンタされた気分だった。

 


「も、問題はない」


 そう。

 俺にはなにも問題はない。

 問題があるとしたら、藤堂の家のほうだ。


「そ? まあ、何度もいうけど、緊張しても仕方ないからさ」

「は、はい」


 どうやら金持ちの家というのは、俺の知っている家が単純に進化したようなものではないらしい。

 本当の豪邸というのは、使う人間の意識からして違うのだろう。

 我が家に鉄板はいらないし、キャットウォークにあがるための階段は螺旋させないし、リビングを吹き抜けさせる意味がない。

 だって掃除が大変だからだ。


 藤堂はバカにするような素振りさえみせず、庶民にたいする思いやりを口にした。


「どこにでもある、普通の家だから、安心して」

「普通ではないだろ……」

「当建築物は、すべて地球上に存在する物質のみをつかって建てられております」

「表現がズルすぎる……」


 いつの間にか藤堂はエプロンを手にしていた。髪の毛をポニーテール風に結んでおり、その姿はとても新鮮な感じではあったが、そんな爽やかな思いに対抗するかのように、俺に襲いかかる現実は、よろしくない方向に進みそうだった。

 

 格好から推測するに、女王みずから、給仕役を担うらしい。

 つまり俺は孤立するのではないか。


 余談だが、藤堂の目は青く、その代わりに黒ぶち眼鏡をかけていた。自宅ではコンタクトを外すらしい。


「じゃ、ソファに座って待ってて。お父さん、まだ帰ってないみたいだし」

「……っ! わかった」

「なんで元気になった……?」


 父はいない。

 父はまだいない!

 どうやら数分間だけは助かったようだ。


「……?」


 首をひねりながら、キッチンに向かう藤堂。

 その背を見送りながら、俺は目の前のソファを見た。

 そして思った。


『でかすぎて、どこに座ればいいのかわからない』


 とりあえず、大きなL字配置のソファの、一番端――観葉植物の隣に座ってみた。

 なかなか良い。死角ポイントのような、心地よさをかんじる。

 ……他人の家で、俺は何をしているのだろうか。ひどすぎて、自分自身がかわいそうだった。


 藤堂の言うところによると、藤堂のお父さんはいま、仕事場からこちらに向かっているとのこと。


 休日なのに大変だなあ、と現実逃避がてら考えてみたが、よくよく考えてみると弁護士業というのはそういうものなのかもしれない。俺の両親は二人とも作家なので、家に必ずいる。感覚はズレていることだけは間違いがない。


 藤堂の母親は、さきほどからキッチンの奥で作業をしているようで、こちらには姿をみせない。とてもすばらしい。

 もしかしたら警察に通報しているのかもしれないが、これまでの俺の挙動不審さを考えると、それも無理はないのかもしれない。抵抗はするけども、裁判では負ける自信がある。


 キッチンの奥から足音。

 どちらかと身構えていたら、見知った方の顔がでてきた。


「はい、どうぞ。クッキーとか食べるなら、これつまんでて」


 目が覚めるような、青色のエプロンをつけた藤堂が、なんだか不思議な形のトレーにティーカップと小皿をのっけて、やってきた。


「……サンキューです」

「硬っ! まだそんなにガチガチになってるの? いいかげん諦めなよ」

「あ、あきらめてたまるか」


 なんだかすごいカッコいい台詞のはずなのに、俺はただの負け犬だった。


 カップを手に取り、口にあてる。

 色をみるかぎり紅茶のようだったが、緊張しすぎて、うまいかまずいかなんてことは、分からなかった。


 ちらりと藤堂を盗み見る。足をくんで、ソファに座っている様は、本当の本当にお嬢様みたいである。


 学校にいるときとは、あきらかにイメージが違って見えた。

 高校の制服というのは、社会に馴染むという点からみても、イメージはプラスに働くことが多いと思うが、藤堂にかぎっていえば、制御装置みたいな感じになっているのかもしれない。


 丈の短い黒いワンピースの上に、青いエプロン。

 黒ぶち眼鏡は、瞳の色を強調するような機能を持っているらしい。まるで額縁だ。


 エプロンと瞳の青色は、濃度はまるで別だが、それでも心地の良い協調をみせていた。クッキーなどなくとも、お茶の消費ペースはあがっていくばかり。


 藤堂がティーカップをおいた。


「ていうか、黒木、なんでそんなに、端に座ってるの?」

「……端が好きなんだ」

「端すぎると思うんだけど……観葉植物、あたまに刺さってるよ」

「刺さってねえよ」


 でも、あたまに葉っぱがさわさわしていたのは気が付いていたので、すこし中心部にずれてみた。


「……かえりたい」

「聞こえてます」

「すみません……」


 聞こえるようにSOSを出したつもりだが、どうやらここに味方はいないようだった。


   ◇


 経験上、緊張というのは長続きはしない。感覚が麻痺してくるし、状況にも次第に慣れてくるからだ。


 ――が、断続的にあたらしい燃料を投下しつづけられば、緊張と緊張は連鎖し、常態化する。


 あいかわらず藤堂の母親はキッチンに籠りきりで、俺は藤堂と少しばかりの冗談をいいあうことができていた。


 緊張が薄れている気がしたが――玄関ドアが開いた音がすると、じきに男性の声が聞こえてきた。

 俺の体は再び、緊張モードに戻ってしまう。


 藤堂はなんでもないように首を振った。


「平気だって。お父さんだから」


 お父さんだから、やべえんだろうが!、と叫びたいところだが、それを実行した時点で、傷害と不法侵入で有罪をくらいそうなので、俺は黙っていた。なんたって相手は弁護士。逃げ場はない。


 俺は諦めと共に視線をさげた。

 ここで上げないところが俺の限界である。


 そして――その時はやってきたのだ。


「やあ、君が黒木陽くんか」


 想像以上に明るい声が聞こえてきた。おそるおそる視線を上げる。

 

 バッグを片手に持ち、腕にスーツの上着をかけた男性が、空いた方の手をあげていた。

 まるで藤堂みたいな仕草だったが、それ以外に藤堂に似ているパーツが見つからず、どうにも変な気分になる。

 年齢は……若くみえるが、どうなんだろう。藤堂の母親も、いとこのお姉さんといわれたら信じそうなくらいにみえたので、もしかしたら、まだ30代後半あたりかもしれない。


 それにしても、この人が……藤堂の父親か。

 髪は、薄茶色である。

 だが、それだけ。

 藤堂の要素は……どこだろう。


 藤堂は腕を組んだ。


「お父さん、バッグぐらい、部屋に置いてから来てよ。あわただしいなあ」

「いや、すまんすまん。真白がはじめて家に連れてきた彼氏さんに、早く会ってみたくてね」

「はあ? 彼氏じゃないし」


 はい、違います――なぜか、急に冷静になる俺の心。

 そして藤堂の言葉から分かる通り、やはりこの人が藤堂父らしい。


 随分と……なんていうか、スマートな人だ。

 背は高く、すらりとしている。

 目鼻立ちの彫は深い。英国紳士とでもいえばいいのだろうか。スリーピースのスーツが嫌というほど似合っている。

 なんだっけか……前と後ろにツバがあるように見える独特な形状の帽子でもかぶれば、某有名な探偵のコスプレができそうだ。


 だが――しかし。

 藤堂には似ていなかった。


「あ、あの」


 俺は膝を机にうちつけながらも、無礼のないように、立ち上がって頭をさげた。


「こ、こんにちは、あの、この前……誕生日パーティのときは、ご挨拶もせずに、すみませんでした……」

「いや、こちらこそ、あんな時間まですまなかったね。お父さんと、お母さんはとても良くしてくれたみたいだ」


 あらかじめ用意していた台詞を口にすることはできた。

 口にしただけで、心がこもっていたかは不明だ。

 なぜなら、俺は頭の片隅で、変な計算をしていたからだ。


 藤堂の父親と、藤堂の母親のパーツを足していく――すると出来上がる子供の顔。だが、それは藤堂の顔にはならなかった。近似値にはなるが、髪の毛と瞳の色で、リセットされてしまう。


 俺の視線はあからさまだったのだろうか。

 もしくは弁護士だから――いや、それとも家族がそろうと、必ず相手に説明するのだろうか。


 なにが正解かは不明だが、藤堂のお父さんは、さも当然といった感じに、俺の無言の質問に、適切な回答を用意してくれた。


「真白はとってもかわいいだろう? 陽くん」


 ファーストネームの呼称にどきまぎする余裕もない。

 もっとヒドイ質問が前に存在しているからだ。


「う、あ……え?」

「お父さん、やめてくんない?」


 藤堂の声は鋭く感情的。対して俺は人間からモンスターに変貌した哀れな男であった。

 そんな男に対する哀れみを秘めた藤堂のフォローよりもさきに、藤堂父の器の大きい言葉が説明を継いだ。


「真白は、うちの祖父方の血をかなり強く受け継いでいてね……隔世遺伝というんだけど、知っているかな?」

「あ……ああ、はい、授業でならいました」


『黒木って、授業、聴いてたんだ……』という藤堂の本気の驚きは脇に置いておく。俺だってゲームをするまえは、テストは苦手じゃなかったんだぞ――というのはエリート集団のまえで言うべきではないな。


 しかし……、なるほど。隔世遺伝か。


 藤堂の髪色や、目の色というのは、そういう事情があったらしい。

 なんだか、意味もなくつっかえていた、魚の骨みたいなものが、綺麗に取れた気分だ。


 藤堂のお父さんは続けた。


「私の父はね、異国の人間なんだ。母は日本人だが、私の母の母は異国の人間さ。実は、妻の方も似たような感じでね。隔世遺伝とはいえ、実のところ、誰の特徴かは分かっていない」

「そうなんですか……」


 藤堂のお父さんは、片方の口角をあげた。そういったしぐさの一つ一つは、藤堂真白のなかに、きちんと根付いている気がした。


「しかし古来から、美しいものには謎がつきものなのさ。だから、真白はそのままでいい。黒木くんもそう思うだろう?」

「そ、そうですね……」


 優性遺伝や劣性遺伝について詳しくはないけれど、そういうことなら道理が通っている。そしてそれ以上の詮索など俺には不要だった。


「ねえ、お父さん」


 もう我慢できない、といった感じで、藤堂真白が訴えた。


「いい加減にして、はやく用意してきて。これ以上、黒木くんに、余計なこと、話さないで」

「彼からしたら、この話は、余計なことではないようだけどね」

「はぁ?」

「わかった、わかった。まったく、怖いところは、お母さんの遺伝だな――黒木くんも、初めて手を握るときは、気を付けるといい。殴られないようにね」

「だから黒木とはそういう関係じゃないから!」

「なるほど、手はまだ握っていないようだ」


 な、なんだこの、空中戦みたいな会話は。手を出したら、ちぎれてしまいそうだ。


 俺は、先ほどから突っ立ったまま。

 はやく観葉植物の後ろに隠れたい。


「では、とりあえず、着替えてこよう。積もる話はまたあとで」


 映画俳優のように肩をすくめた藤堂父は、そうして、リビングから消えた。


 父親が去ったことを確認してから、藤堂は大きなため息をついた。これまた、なんだか、珍しい姿だ。


「まったく。余計なことばっかり喋るんだから」

「なんか、すげえな……」

「なにもすごくない。あと、黒木、これだけはいっておくけど」

「な、なんだよ」


 やけに睨みを利かせて、藤堂は言い切った。


「わたしは、手を握るときは、優しく握ります。パンチなんてしないんだからね」

「わ、わかってるよ!」


 こええよ!

 俺、なんも言ってねえじゃんよ!


「ほんと、頭にくるなあ! 黒木もなんか言い返してよね、あとで」

「言えるわけねえだろ……」


 言えるなら俺、明日から弁護士目指すっての……。


 それにしても、こんなにも感情をゆさぶられて、一人でプリプリとしている藤堂を見るのはなんだか新鮮だった。

 俺はもしかすると、藤堂のさらに新たな一面を見ているのかもしれない。


 そう考えたら今日は、かならずしも悪い日とは言えないんだよな――なんて考えて、自然と笑みがこぼれたが……、奥のキッチンから聞こえてきた藤堂母の、


『真白。できあがったから、テーブルにお皿を運んでくれる?』


 という言葉の前に、全ての前向きな感情が消失してしまった。


 寝不足、蒼白、無表情――能面の真似でーす、と一発芸をしたら藤堂家の人は笑ってくれるだろうか。ばか野郎、俺。取調室の刑事に同じネタをするはめになるぞ。


「ああ……、とうとう、はじまっちまう……」


 まるで沈没していく船のように、俺のまわりの水は、渦巻いて渦巻いて――俺を呑み込まんと、口を開いていた。

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