第49話 俺も同じ気持ちです

 バスに揺られて数十分。

 たどり着いたのは、ただの高級住宅地だった。

 繰り返す。

 周辺に無駄な造形物の見られないただの高級住宅地だった。


 ……だめだ。なんでもないことのように自分に暗示をかけようとしたが、高級住宅地は、とてつもないスリップダメージを俺へ与え続けていた。なぜ家に三台も外車が停まっているのかを理解することができない。


「ここで降りるよ」

「は、はい」


 藤堂に促されて降りたバス停の前には、やたらと白さが目立つ家々が建っている。

 どの家も豪邸と呼ぶべき規模の造りである。たしかバス停のすぐ近くの家だと、藤堂は言っていた。

 俺は周囲の豪邸の中で、なるべく小さい家を指さした。それでも十分でけえけども……。


「……これ?」

「ううん。あれ」


 藤堂が指で示してみせたのは、二階建ての家だった。二階建てだ。五階建てとかだったらどうしようかと思っていたので、それはよかった。

 例にもれず壁やら塀やらがやたらと白く、なんで排気ガスで汚れていないのかが理解できない。まるで3Dでつくられたゲームデータみたいに、年月の経過を感じさせなかった。


 だが、もっと信じられないことがある。それは、その家が周囲で見る限り、一番、規模のデカい造りをしているということだ。

 二階建てではある。五階建てではない。だがそこらへんの五階建てとよりインパクトのある、南国みたいな植物が庭に生えていた。なんだか、ここだけ世界が違うような……某有名なテーマパークの同敷地内にありそうな家だった。


「藤堂って、本当に金持ちだったのか……」

「両親が、お金を持っているの」

「同じことだろ」

「ちがいます――さ、いこ」


 時計を見る。11時31分。

 昼食まであと29分、ある。


 俺は前を歩き始めた藤堂を引き留めた。


「あのさ」

「ん」

「もう少しこのあたり、散策しないか。二人で」

「え? なんで?」

「……なんでも」


 だって考えてみろ。

 今から家に入ったら、俺はリビングかどこかで、藤堂の両親と30分程度、面と向かい合わないといけないだぞ。もしも藤堂がゲストに給仕する役目を担ってしまえば、俺、他人の母、他人の父、というまったく意味の分からない構図になるんだぞ。


 食事があれば口に物をつめこんで、黙ってればいいだろうが、何もなければ、俺は何をすればいいのだろうか。空気をいくらつめこんでも、口はいっぱいにならない。

 呼吸をしなければいいのだろうか。それとも呼吸を浅くして、脳への酸素供給を低下させ、ぼんやりとしていればいいのか……?


 藤堂は、俺に迫りくる非常にまずい事態に気が付いていないらしい。

 それどころか、首をかしげて、あらぬ方向へボールを投げ返してきた。

 

「それって、散歩デートに誘ってる?」

「は……、はあ!?」


 デートなわけがないだろうが!

 現実逃避っていうやつにきまっているだろうが!

 ――だが否定の声は出ない。


 藤堂は苦笑しながら、『やれやれ、やっぱり黒木は黒木だ』みたいな顔をした。


「いや、だって、さっきのはそういう風に、とれるでしょ」

「と、とれねえよ!」

「わかったから、落ち着いて。別に命を取られるわけじゃないんだから」

「お、おう、すまん……」


 確かに藤堂の家の近くで声をあげるのは、藤堂自身に失礼だ。俺はいつも俺のことしか考えていないから、こういう失敗ばかりするのだ。なんて情けない人間だろうか。


 だが藤堂の器は、どんなに自分本位な人間が踏みつけようとも、絶対に割れるようなことはない、頑丈な造りである。俺の言動に、まったく気分を害していないようだった。恐ろしい限りだ。

 Aだったら確実に、レアアイテムでの賠償を求めてくる。友達は選んだ方がいいのだろうか……? いや、類は友を呼ぶというからな。つまり……? 

 俺は考えるのをやめた。

 

「さ、黒木。いこ?」


 なぜだろうか。

 藤堂はそういうと、クラッチバッグの持っていない右の手のひらをこちらに向けた。


「……?」


 誰も通らぬ歩道で、俺はぼけーっとそれを見た。

 やわらかな風が頬を撫でた。それでも俺はぼけーっとしていた。

 

 藤堂の動作はなにを意味するのだろうか。


 たとえば時代劇などの一コマ。

 旅人が「おひかえなすって」と仁義を切るときの動作にみえなくもない。

 しかし藤堂のもう片方の手はバックをもっているし、なんだか違う気もする。というか、違うに決まっている。


 あとはハイタッチか? 気合をいれるためのタッチ。だが『ハイ』タッチというわりには、下から救い上げるように手が差し出されているので、やはり違う気がする。


 そうすると、あとは――たとえばボディランゲージでいえば、その行為は『手をつなごう』と言っていることが考えられる。


 ……バカをいえ。


 藤堂への言葉じゃない。俺の思考に、だ。

 白昼堂々と、そんなことが要請されるわけがない。ましてや友達同士で手をつなぐなど、小学校低学年で終了。それ以上は、犯罪である。多分。


 だがそのとき、その行為がもう一つの意味にもとれることに気が付いた。


 なるほど。

 ある意味これは、顔役である藤堂に対し、黒木からの一宿……はないにしても、昼の一飯の恩を求められているのだろう。うん、間違いない。多分だけど。


 俺は自分のバックからいそいそと、物を取り出した。紙袋に入っている。

 それから藤堂に近づくと、手のひらに、袋の持ち手をかけた。

 紙袋のわっかは、差し出された手のひらに、きれいに引っ掛かってくれた。まるでバックホルダーみたいに便利な手だった。


 藤堂は眉をよせた。

 怒ってはいないだろうが、怒ってもおかしくはないような雰囲気だった。


「なにこれ」

「……手土産のお菓子。駅ビルに期間限定で出店してるらしい」

「さすが黒木――茜ちゃんセレクト」

「そのとおり……」


 にっこりと笑った藤堂は、手のひらにかかっていた紙袋の持ち手をぐっとつかむと、そのままこぶしを裏返し、俺のほうへと突き出した。

 正拳突きみたいだった。なんだか若干、こわかった。


「黒木くん?」

「は、はい?」

「手土産は、うちの両親に、自分で、お渡しください」

「は、はい……」


 差し出された手にかけた紙袋を、再び自分の手にかけなおす始末。


 いや、じゃあ、さっきはどうすれば正解なんだよ……。


 本当に意味がわからねーが、この先、もっとこういうことが待ち受けているのだろうか。たしかに命はとられないだろう。だが、ケガはするかもしれない。

 俺は気を確かにするために、しっかりと拳を握りしめた。


 ……手土産を落とさないように。


   ◇


 バス停から藤堂の家の玄関までは、想像よりも歩数がかかった。

 でかい家というのは遠近感が狂うらしい。


 それでも足を前に動かしていれば、かならず目的地につくのは、現実だろうがゲームだろうが一緒である。

 踏んでいいのかすら不明な、綺麗な飛び石の質感をつまさきだけで感じながら、俺はどっしりとした感じのドアの前にたどり着いていた。


 玄関である。


 ……いや、ただの玄関なんだけど、ここをくぐったら終わりかと思うと、俺の体はいよいよ耐え切れなくなったのか、脱力を感じるばかりだった。


 藤堂は柔和な表情で、俺に声をかけてくれた。もしかしたら今日も気遣われているのかもしれない。もちろん昨日も一昨日も気遣われているし、明日だって気遣われるのだろうけども。


「んじゃ、ちょっと待ってて。とりあえず玄関でお母さんと顔合わせしたほうがいいでしょ」

「……」

「玄関口まで、呼んでくるから。玄関はいって、待っててくれる?」

「……」

「OK?」

「……イエス」

「よろしい」


 頷くだけしかできなかったのは、緊張が原因ばかりではない。

 藤堂の家のドアが自動で左にスライドしたからである。藤堂が前に立ったら、ウィーンといった感じで動いたのだ。ようするに自動ドアってことである。信じられない。電気の無駄遣いなんじゃないだろうか。

 屋根をみたら、ソーラーパネルがついていた。もう何も言えなかった。


 俺はただただ自動で閉まっていくドアを、見ていることしかできなかった。

 一連の思考のせいで、藤堂の姿が自動ドアの向こうに消えるのをただ見ていることしかできなかった。


 ようするに外に一人、残されてしまったのだ。

 玄関で待っててというのは、上がり框のところでということなのだろうか。だが俺は、成績の悪いセールスマンみたいに、ぼうっと外側で突っ立っているだけだった。


 まあいい。

 どうとでもなるだろう。

 問題はこちらではない。

 問題は――藤堂の母親である。

 すでに家の中に消えてしまった藤堂真白の、母である。

 つまるところ、俺が数日前に、啖呵をきって『娘さんを休ませてあげてください』などと叫んだ相手である。


 おかしいぐらいの、気まずさ。心臓が、痛いほど動いている。心臓って痛覚あるんだろうか。もしないのなら、周辺の組織を傷つけてしまうくらいに脈動しているに違いない。


「くるしい……」


 言葉にしてガス抜きでもしていないと、体の中で熱量が暴走しそうだった。苦しくない要素がまったく見られない。ボンベをかつがないダイビングみたいだった。


「レベル3、ヒール。レベル6、ホーリーライト。レベル9、キュア。レベル12――」


 なんとか自分を落ち着かせるように努める。こういうとき、羊を数えるんだっけ? やべえ、わからない。とりあえず、MMORPGのスキルツリーを暗唱した。


 すでに手に持った紙袋の取っ手は、手汗でぐちゃぐちゃな気がする。これをまさか、渡すのだろうか。いや、渡すときは袋の中身を持つようにして、差し出せばいいのだ。そうすればうまくいく。


「――レベル35、ディスペル。レベル39、サンクチュアリ――」


 よし、いける。

 大丈夫。

 とにかく自分に自己暗示をかけて――。


『――あれ? 黒木、どこにいんの?』

「ひっ」


 変な声が喉の奥から出てしまった。ドアの向こうから、いきなり声がした。

 落ち着け、俺。いきなり声がしたんじゃない。ここは藤堂の家だから当たり前だ。それに、自動ドアをあけたら、いきなりいるのは、俺のほうだ。俺が不審者だ。

 不審者は俺。そう俺は不審者。不審者、不審者、不審者……いや、まて、なにかおかしいだろうが。


『あれ、まさか、外?』


 藤堂の声だけが聞こえる。

 ドアを潜り抜けて良いものか、突っ立っているべきか、アホみたいなことで悩んでいる間、数秒。それだけあれば状況は変わってしまう。


『なんで、外にいるんだろ。まあ、黒木だからか』


 藤堂の気配。

 緊張しているからです――解答するまでもなく、自動ドアは当たり前のように自動で開いた。


 現れ出るは、見知った美人。


「はやく入っておいでよ」


 藤堂真白の顔。人は神が設計したのだ、と言われても、今なら信じられるくらいに整った造形。

 いちょう色の髪。青い瞳。白い肌。小さな顔に、おおきな目。小学生でも簡単に比喩できるほどに、それらは単調でいて、だからこそ美しい。


 そして、神々がつくりし藤堂真白の――背後。


「はじめまして……、あなたが、黒木さん?」


 少々困惑気味に挨拶をしてきたのは――一人の大人だった。

 女性だ。年齢は若くみえるが、一人っ子といっていたので、まさか藤堂の姉ではないだろう。


 つまり彼女こそが、藤堂母。


 背は藤堂と同じくらい。髪はくるみ色。ウェーブしたロングヘアは藤堂にそっくりなシルエットだが、逆にいえばそれだけだった。


 それだけというのは、つまりキャラクリエイトをするとするならば、同じパーツナンバーは髪型だけということ。


 たしかに雰囲気は似ている。


 だが、そこまでだ。

 目鼻立ちのくっきりとした美人ではあったが、藤堂の数十年先の姿かと問われると、それは違うようだった。

 どうやら藤堂は俺がまだ見ぬ相手――父型に顔が似ているらしい。しかしそうなると、お父さんは異国の方なのだろうか? それに関して、うちの両親はなにも言っていなかったが……まあいい。


 次々と襲い来る問題の数々。

 今の問題は、他人の容姿ではない。

 俺の容姿である。


 なぜかって?――それぐらい俺にだって、わかる。


「は、はじめまして。先日は失礼しました……」と俺が言う。

「いえ、こちらこそ……」と藤堂母が言う。


 そして目は口ほどにものを言う。

 俺を見る、藤堂の母親の目は、確実にこう物語っていた。


『え? うちの自慢の娘のつれてきた男のレベルが、まさか、これ……?』


 ははは。

 俺は鷹揚に笑ってみた。

 心の中で。


 大丈夫ですよ、お母さん。

 俺は鷹揚に語り掛けてみた。

 心の中で。


 ははは、大丈夫ですよ、お母さん――俺も同じ気持ちですから……。


「じゃあ、真白……、あがってもらって、準備しましょう」

「うん――さ、黒木も、こっちきて」


「は、はい……おじゃま、します……?」


 足元を見れば、玄関口まで全部真っ白だった。もうやだ。汚したら、俺の心まで汚れそう。


 どこかで試合開始のゴングが鳴った気がしたが、選手であるはずの俺はまだ、控室でシャドーボクシングをしていたい気分だった。

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