第48話 同じ人間なんだから

 目が覚めた。スマホを見る。深夜三時だった。

 寝てからまだ一時間しかたっていなかった。


   ◇


 目が覚めた。スマホを見る。朝の四時だった。

 寝直してからまだ一時間しかたっていなかった。


   ◇


 目が覚めた。スマホを見る。朝の五時だった。

 寝直してからまだ一時間しかたっていなかったが、もう、完全に目はさえていた。


   ◇


 そして朝はやってきた。


   ◇


 その日――つまり藤堂に食事会に誘われた日曜日は、まず、市の中心に位置する駅に向かうことになっていた。

 そこで、藤堂と合流してから、藤堂の自宅まで移動する。それには、電車で数駅移動するか、バスで数十分揺られる必要があるらしい。教えてもらった地名はただの高級住宅地だった。


 食事の開始は12時。

 待ち合わせは11時。


 日曜日ということもあって、駅前は混雑していた。

 俺ははじめてのお使いのように、言われるがままの服装をして、待ち合わせの一時間前から、駅の改札が望める壁際で突っ立っていた。


 つま先から頭のてっぺんまで、おろしたての姿は、一度も旅に出たことのない自称冒険者みたいで、なんだか恥ずかしい。とはいえ俺などに目を向ける人間など、行き交う人のなかには一人もおらず、俺ばかりが人間観察を続けるだけだった。


 派手な色の服をチョイスしてくる茜に抵抗して、なんとかダークカラーでまとめてもらったが、正直、俺がもっている既存の服と何が違うのかがわからない。ワンポイントのロゴとかが良いらしいが、そのせいで価格がはねあがっている。


 もちろん、茜は選ぶだけ。もちろん選んでくれるのはとてもありがたいが、値札をみてから渡してほしかった。

 今までのものと何が違うんだかよくわからない、カッコいいバッグ(茜談)などを含め、さらには報酬のパンケーキ+トッピングも込みで、昨日現金にて全額支払い済みである。

 つまり俺は今金がない。Tシャツ一枚に五〇〇〇円を支払うことは、今後二度とないだろう。


 チャットアプリを見るが、まだ連絡は入らない。そりゃそうだ。時刻はまだ10時25分。待ち合わせまでまだ30分以上もある。


 しばらく待つしかない。

 いったん場所を離れて、どこかで暇をつぶすなんて高等技術、俺は持っていない。離れることによるすれ違いのほうが、よほど怖い。


 これからいったい、どうやって合流すればいいのか――なんてオンラインゲーム初心者の待ち合わせみたいな気持ちでいたが、結果からいうと、そんな心配は無用だった。


 スマホを見る気にもならず、しかし通知を見逃せない為、手でしっかりと握っていた。

ぼうっと人の流れを見ながら、手が汗ばんでいくのを感じていたころだった。


 不自然な感じで人垣が割れていき、皆の視線がそちらに向けられて、その向こうからなんだか光輝くような人間が歩いてきたなと思ったら――それが藤堂真白だった。


 待ち合わせをどうするか?、なんて心配なんていらない人種だった。むしろ待ち合わせ場所になりそうなぐらい目立つ人間だった。

 

 ……まるで、王族のようなやつだ。


 着ている服なんて、他のやつらと大して変わらないと俺は思う。言ってしまえば、布だ。ただの布である。


 もちろん茜にそんなことを言ったらぶん殴られるほどに、藤堂の服装は特別なのだろうけど、俺からしたら、大した差はない。


 であるのに、藤堂は、あきらかに他の存在とは違って見えた。殿様が城をおりて下町を観察する時代劇みたいに、『あきらかに只者ではない』という感じが手に取るようにわかる。写真でとったらオーラがうつっていそうなほどだ。


 二人でいる時よりも、外で見るほうが藤堂の凄さが際立つのは、おそらく比較対象がわんさか歩いているせいだろう。格闘ゲームで一撃必殺を許されたキャラのように、出会いがしらに、藤堂はすべての生物を一秒で打ち負かしていた。

 カップルの男が、すれ違った女に目を奪われて、彼女に怒られるシーンなら理解できる。だが藤堂の場合、カップルごと、目と心を奪っているようだ。近くの二人組も『やば、なにあれ、モデル?』とか囁きあっていた。


 俺はといえば、あいかわらず突っ立っているだけだった。


 自分から藤堂に近づくわけでもなく、見つけてもらう為に手をあげるでもなく、声をあげることもない。

 ぼんやりと『まあ、村人Aの俺など、あいつは見つけられないだろうな』――そんな風に考えながら、人の流れがほとんど存在しない壁際で、人の流れをぶったぎっている藤堂を、ぼうっと見ていることしかできなかった。

 これじゃあまるで、好きなアイドルの出待ちをしているファンの一人だ。それが悪いとはいわないが、これが良いともいえないだろう。


 それにしても今日の藤堂の恰好は、戦闘スタイルといった感じだった。

 長期休暇中にも何度か見た藤堂の服装は、動きやすそうなタイツにふわふわした感じのスカートを合わせたりと健康的なイメージのものがおおかった。

 

 だが今日は、パーティーで暗殺を依頼されたアサシンが着るような、体にぴったりと張り付くニット生地のワンピースを着ており、その上から薄めのジャケットを肩にかけていた。

 あんなマントみたいな格好を俺がしたら、ヒーローゴッコに見えると思う。だが、藤堂は別だ。似合っている。

 黒いワンピースはイチョウ色の髪と白い肌の対極に位置していたが、それが逆に似合っていた。


 足元は茶の……ショートブーツというやつだろうか。つるりとした感じのクラシカルな形だ。

 ヒールは高くないが、それでももとから長くみえる足は、さらに長く見えている。落下して雪上に突き刺さった氷柱のように、すらりと白く、まっすぐに伸びていた。

 手にはバッグ。ブーツと同じ色をした……なんだっけ……そうだ、クラッチバッグ。手で持つタイプのあれを持っている。


 遠目から見ると、正直、高校生には見えないのは、首元にかけられているサングラスのせいだろうか。あれは、まさか着用するものなのだろうか。もしそれを俺がかけようものなら、駅前の交番から国に関係した人が来るぞ。


 さて。


 そんな藤堂の登場を受けて、あたりのざわつきは、時間がたつほどに、普段とは違った感じになっていた。

 まるで芸能人がテレビ取材をしているような、ざわざわ感がある。俺の方にくるかな、私インタビューされちゃうのかな――そういった、そわそわ感が感じ取れた。


 藤堂は、そんな空気に慣れ切っているのか、そもそも気にならないのかは定かでないが、わき目を振らずに、一方方向へ進むだけだった。


 つまり――俺の方向である。


 いや、まさかな。

 あんな遠くから俺を見つけられるわけがない。藤堂は、目立つから別だ。


 だが、どうしたことだろう。


 藤堂を見ていると、なんだか目が合っている気がして、俺は視線をわずかに下げた。それでも、奴の威圧感が消える訳もなく、むしろそれはどんどん強くなるばかりだ。四人でモンスターを倒すゲームで、自分が狙われているような、あんな圧迫感。

 これ、考えようによっちゃ、ホラー映画なんかで、殺人鬼と目が合って、追われ始めたような焦燥感にも似ているんじゃないだろうか。共通点は『別次元の存在が、どこまでも追いかけてくるということ』か。……いや、藤堂とは同級生だし、今から飯を食うだけなんだけどな。でも誰がみても、別次元の存在だ。


 あいかわらず俺が立っているのは、人の流れのない壁側。とはいえ流れがないだけで、人はたくさん立っている。

 藤堂がこちらに向かっているのは間違いない。

 おそらくだが、事情をしらない回りの人間は、藤堂がまるで自分に近づいてくるような錯覚を得ていることだろう。真実を知るのは俺だけだ。


 インタビューされちゃうのかな、という可能性がどんどん高まっていく感じなのか、周りにたっていた男や女は、とたんにソワソワしはじめた。

 髪の毛をいじりはじめたり、スマホを取り出したり、喉を鳴らしたりしていた。

 そんな中、俺は一人、死にそうな顔をして、突っ立っている。なんて情けないのだろうか。昨日、買ったばかりの装備は、まるで馴染んでいなかった。


 なんだか、呼吸が浅くなってきた。ふらつきもかんじる。昨夜はまともに眠れなかったから、寝不足なのである。


 寝れない理由など一つ。昨日まではどこか夢物語に感じていた今日のイベントが、実際に身に迫ってくると、俺の精神はやっとのことで現実を現実として認識したらしい。同時に過度なストレスも持ってきたというわけだ。


 カツン、と地面とヒールのぶつかる音。

 下げていた視界に、茶色のショートブーツが映った。


 おそるおそる視線をあげると、そこには当然のように藤堂真白が立っていた。


「お待たせ、黒木――それにしても、随分はやいね?」


 藤堂は空いた手をあげた。なんだかそれだけのことなのに、まるでモデルみたいな奴だった。いや、モデルなんだろうけど。


「お、おう」


 俺は周囲の目を気にしながら頷いた。

 なぜだか今、周囲の人間の気持ちが手に取るように分かってしまっていたからだ。周りのやつらが言いたいことも、すげえわかる。

 

『え? お前なの?』とか。

『お前が待ち合わせ相手ってどういうこと?』とか。

『……なんか、弱みを握ってんのか?』とかだろ。


 一切こちらを見ようとはしない周囲の人間たちの、心の声が、ぐさぐさと俺の頭に突き刺さっている。俺の頭はいま、ヤマアラシみたいになっていた。

 

「おーい、黒木?」

「う、うむ」

「まさか、緊張してるの?」

「い、いやあ?」


 ちくしょう。なんかすげえ話ずらい。こんなにざわついている場所だというのに、そこかしこに盗み聞きする耳が存在しているように思えてしまう。いや、事実そうなのだろう。

 そして藤堂は、毎日、こんな世界に生きているのだと思うと、やっぱり俺は、藤堂と二人だけで話すことはできるが、皆の前で話すということは慣れないのだろうなと思ってしまうのだ。


 藤堂は何を思ったのだろうか。


「黒木、目の下にクマできてない? 緊張して、ねれなかったの?」

 にっこりと笑ったあと、もう一歩、俺に近づいた。

「不安なら、手、つないであげよっか?」


「は?」


『は?』と周りの人間も思っていただろう。


 藤堂は肩を揺らした。


「いや、冗談だよ?」

「わ、わかってるっての」


『だよな!』と周りの人間も納得したことだろう。


 俺はいたたまれなくなり、顎で藤堂に先をうながした。

 まるでハードボイルドみたいなカッコいい男のしぐさだが、緊張しすぎて、アゴしか動かせなかっただけだ。


「うん。いこっか」


 藤堂は拒否することなく、俺と一緒に歩きはじめた。それはまるで待ち合わせをしていた人間が目的地へと向かって進み始めているようだった。いや、その通りなのだけど、すれ違う人みんなの視線が俺の横を歩いている藤堂に向けられており、歩くだけで精神がけずりとられていくのだ。


「いつからいたの?」と隣の藤堂が訪ねてきた。


 俺は横を見ることもできずに、進行方向だけを見た。


「……10時」

「え! なにそれうける」

「うけねえ」

「暇なの?」

「暇じゃ……いや、暇かも」

「黒木は、黒木だなあ。安心します」

「ほっとけ」


 藤堂の驚きはごもっともだ。一時間前からあそこに立っているなんて、笑いものだろう。

 俺はバカにされる前に、説明を果たした。


「目が早く覚めたからな。早めに出ただけだ」

「ふうん?」


 藤堂は俺の心を見るかのように、俺の顔をよこからのぞきこんだ。


「クマできてますけど」

「……そうか」

「目が覚めたのではなくて、眠れなかったの間違いではないですかな?」

「……そうともいうかもしれない」


 隠すことなどできないだろうから、素直に白状しておく。

 返ってきた言葉は、想定外のものだった。


「ま、わたしも同じだけどね」

「ん?」

「クマ、できてるでしょ、わたしも。寝れなかったなー」

「え?」


 思わず横を見る。近距離で見る藤堂の顔は破壊力がすさまじい。そして目の下にクマなんてものは存在しなかった。


「いや、ファンデで隠してあるし。これもあるし」


 これ、といって胸元のサングラスを指さした。

 俺はサングラスを見てから、すぐに見ていなかったことにした。真横から胸元を覗きこむのは、犯罪なのだなと今はじめて、知った。


「わたしも緊張してるんだ」

「藤堂も緊張なんて、するんだな」


 藤堂はポカンとした。


「いや、そりゃ、するでしょ。同じ人間なんだから」

「まあ、」


 同じ人間なんだから――そりゃそうだ。当たり前だ。だが、そんな当たり前のことすら、人というものは忘れるものなのだ。区分けをしてしまうものなのだ。


 彼女とは違う。

 俺は違う。


 そうやって、いろんなものを守ってしまうのだろう。


 だが、たしかに藤堂の言うとおりでもある。少なくとも、あの人間の群衆のなかで、藤堂と待ち合わせをしていたのは、他のだれでもない、俺なのだ。


「……そりゃそうか。同じ人間だもんな」

「うん」


 なんだか思い違いをしていた自分の横っ面に、水をかけられたみたいだった。ふっと頭のどこかが冷たくなっていく。

 だからといって、緊張がなくなるわけではないわけだが、それでもガチガチに凝り固まっていた体が、やんわりとしてきた気はする。


「さ、いこ、黒木。バスなら家の目の前までいくから、そっちにしよ」

「おう」

「そういえば、今日は服が、しゃれてるね」

「……ワンポイントのロゴがいいらしい」

「茜ちゃん談、と?」

「当たり前だ」

「はは。わたしの好み、教えておいたからね!」

「……は?」

「さ、いこいこ。遅刻したら、黒木、緊張しすぎて消えちゃうかもしんないから」

「俺は新種の生物かよ」


 いや、たしかに俺は新種の生物かもしれない。ヒエラルキーに分類しようとしても、どこにも属せない、ひとりっきりの新生物。


 ふっと気を緩めた途端、前方からの人の流れに、進行方向を遮断された。

 俺は左に、藤堂は右によける。


 人の流れが落ち着いてから回りをみる。あんなに目立っていた藤堂だから、俺からはすぐに見つかった。

 だが、藤堂も同じタイミングで俺に手をふっていた。


「黒木、こっちだって!」

「おう、わるい」

「やっぱり、はぐれないように、手でも繋いでおく?」

「遠慮します」

「お金、かかるもんね」

「とるのかよ……」

「黒木なら半額でいいよ」

 

 新種の生物には『手』なんてものは存在するのだろうか――俺にはわからねーが、少なくとも藤堂は、存在すると、思っているようだ。

 ならばきっと存在するのだろう。

 

 

   ◇


 そうして俺たちはバスに揺られて、藤堂の自宅へ向かった。まるで最後の戦いにいどむ、勇者ご一行のようだった。


 だがこの時、俺は知らなかったのだ。

 戦いは、今日を乗り越えるということだけではなく――今日はあくまで前哨戦。本当の戦いはこれから始まるのだということを、俺は知らなかったのだ。

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