第46話 少し、変わったかもね

 藤堂の話をまとめると、つまりこういうことになる。


「ようするに藤堂は昨夜、母親に、交渉をした。その内容は、さっきの通りだ」

「うん。黒木の部屋でゲームをしたいから、その代わり、お母さんの言っているオーディションを受けます――ということ」


 この『黒木の部屋』というところに、いちいち反応してしまうのだが、今は話が前に進まなくなるので、いったん、忘れてしまおう。


「その夜、答えは出なかったんだな?」

「うん。お母さん、少し考えて、『明日まで考えさせて』とか言ってた」

「ちなみに、それ、怒ってた?」


 ものすごくダサい防衛反応だった。俺は一度しか話したことがない藤堂の母親――しかし、その一度が、考えうる限り最悪に近い印象であるだろう存在の、反応にびびっていたのだった。


「いやあ?」


 藤堂はなんでもない様子だ。


「ちょっと、なんだろうね……困惑していた感じはするけど。まあ、あんなに拒否してたオーディションを、いきなりオーケーするんだから、それも分からないでもないけどさ」

「そ、そうか……」


 よ、よかった……。

 情けないが、それだけは安心した。

 ありえないことは分かっているが、ヒエラルキートップの母親に目を点けられたら、俺の部屋、爆発しちゃうんじゃないかというくらいの、危機感が俺の中には存在しているようだった。


 そんな動揺がバレないように頷いたつもりだが、藤堂にはバレバレだったらしい。


「いや、黒木、焦り過ぎでしょ」

「あ、あせってねえよ」

「平気だって。うちの母親は、世間体だけはめちゃくちゃ気にするから。人を表立って攻撃することはない」

「……お、おう?」


 それって、裏はどうなの?――なんてこと、怖くて聞けない俺だった。


「で、藤堂は、翌朝、母親と一緒の食卓についたわけだ」

「お父さんは、先に出てたから。ていうか、肝心なときは、いつも居ないけど。あのひと」

「……なるほど」


 父親を『あの人』と呼ぶあたり、多感な時期の女子特有の難しさを肌で感じてしまった。こう考えると、茜って反抗期なかったよな……良く出来た妹だ。もしかすると、これから来るのかもしれないけど。

 お兄ちゃんくさい、とか言われるのだろうか。いいけどさ、別に……。


「そこで藤堂は、言われたわけだ――」


 俺は先ほどの、予想外であるようでいて、実に理にかなっているように聞こえる、藤堂母からの提案を思い浮かべた。


「一度、その相手に会わせなさい、と。そもそもパーティーにお呼ばれしていたお礼も済んでいないでしょう、と。話はそれからだ、と」

「その通り」

「……なるほど」


 ふう、と俺は息を吐いて、天上を見た。

 なんてこった。なにがって、先ほども言ったように、実に当たり前とも思える言動なのだ。

 大人からしたら、子供の遊び相手――それこそ、藤堂のような稀有なレベルの美少女が、男の家に遊びに行くなんてことになるなら、それはもう、もし俺に娘が出来たって、高確率でそうするだろうと想像できるくらい、ぐうの音も出ないほどの正当な提案だろう。

 大体、藤堂の父親と、俺の両親との顔あわせは終わっているのだ。問題の存在は、まさしく玄関に見送りにいかずに、リビングに隠れていた俺そのものではないか。

 なんということだろう。実に突飛な藤堂の行動かと思いきや――気が付いてみれば、すべて、俺が蒔いた種のような気がしてきた。


「……、……」


 藤堂は黙って、俺を見ていた。

 反応を窺うように、言葉を待っているだけだった。


 原因を担う俺からすれば、これは拒否できる誘いではないのだろう。早々に意を決しなければならないのかもしれない。

 だが、安易な行動は、それはそれで避けなければならない。


 俺は思いつく限りの懸念事項を思い浮かべてみた――なるほど、大体想像できた。まず数秒で思いつくレベルの事実。俺は藤堂の両親に囲まれて、その場で呼吸困難を起こしそうなくらい、緊張するのだろうということ。

 まあいい。それはもはや想像の必要すらないほどに確定した未来だ。他の事項だって、大方同じようなものだ。いまさら傷がつく俺のプライドではないので、見ないふりをしよう。死ななきゃ、それでいい。


 そうなると課題となるべき事項は――俺と藤堂をつなぐ、一点に集約されるのではないだろうか。

 そしてその答えは、藤堂しか知り得ない。

 

「なあ、藤堂」

「なに?」

「仮に……藤堂が俺の家にくるとして」

「部屋ね」

「部屋」

「そう。部屋――」


 そこは譲れないというように、藤堂は言葉を重ねた。


「もう茜ちゃんに、迷惑かけられないからさ」

「俺ならいいのかよ……」

「え? もちろん」

「断固、拒否するからな」

「ひどい。わたしは、黒木にとって、かけがいのない大切な仲間じゃないの?」


 わざとらしく手を胸の前で組んで、俺の瞳を覗き込んでくる藤堂。


「……まあ、それはおいといて」


 俺はなんだか気恥ずかしくなり、話をごまかした。

 いや、ごまかせいているのかは不明だけど。


「一つ、はっきりとさせておきたいんだが……」

「うん? わたしに分かることなら、どうぞ」

「藤堂にしかわからないことだ――つまり、藤堂の親にさ、ゲームのための交渉だってことは言ってあるのか?」

「え?」


 え?、ってなんだ。


「俺の部屋に来たい理由は、つまるところ、藤堂の家では禁止とされているゲームをするためだってことは伝えてあるのか?」

「……もちろんですけど?」


 藤堂の顔がふっと、真顔になった。

 もちろんですけど?――語尾上がりのその言葉は、『あたりまえでしょ?』という意味を持っているはずだった。

 そんなこと今更聞かないでよ、ふざけてんの?――少し前の俺ならば、そんな言外の言葉を胸中に作り出して、一人で呼吸困難に陥っていたことだろう。


 だが、俺は気がついていた。

 数か月前の俺ならば知らなかっただろう、藤堂のクセ。こいつは自分に、後ろめたいことや、自信のないことがあると、いつもとはわずかに違う空気を、発してくる。


 それはまさに――今だった。

 嫌な予感がした。


「……お前、言ってないだろ」

「『おまえ』は、イヤ」

「藤堂さんは、お母様に、ゲームの事、言ってませんよね」

「言ってます」

「本当に?」

「……本当ですけど?」


 藤堂は視線を逸らして、言った。

 本当ですけど?――今年一番、本当じゃない感じがする言葉だった。


「本当に本当かよ」

「嘘じゃありません、嘘じゃありません」


 すげえ、うそくせえ!


 その後も、俺は藤堂に似たような質問をかぶせた。かぶせまくった。だが藤堂は、間違いなく『ゲームをするために、黒木陽という男の部屋に行きたいのだ』と主張したらしい。そのためにオーディションを受けると宣言したらしい。


 ここまで言われては俺も信じるしかない。

 どんなに藤堂が、怪しい雰囲気を出していたとしても、それを疑っていては始まらないこともある。


 だが、なんだか、大事なことを忘れているような気もするのだ。

 なんだっけ……?

 藤堂の家の、ゲーム禁止の話になにか、ひっかかる――しかし、それらの疑問に咄嗟に解答できるだけの確信はなく、とうとう俺はそれを思い出せないまま、話を先に進めることを選択した。


「わかった。じゃあ、その件は、もう聞かない」

「うん」


 藤堂は、なんだか疲れたように、『で、どう?』と話の先を急いた。


「黒木、うちに、きてくれる? くれない?」


 俺は想像した。

 突飛な行動をとる、藤堂。

 だがその行動は俺とゲームをしたことに端を欲する。俺が無関係を主張することなどできないし、招待の理由だって正直なところ正当である。


 そもそも最初から気づいていることだ。

 この展開は、俺が招いてしまった事態である。

 だから、藤堂が――藤堂だけが背負う問題ではないはずなのだ。


 不思議なものだ。

 いつもの俺であれば、たっぷり数千文字くらいの悩みをつらつらと脳内作文として練り上げて、誰にも読ますことなく心のゴミ箱にダンクシュートをしているはずなのに、今日はさして悩むことなく、その言葉が口をついた。


「……まあ、俺の責任というところも、あるだろうからな、これは」

「ん? どういうこと?」

「お邪魔します、ということだ」

「え、ほんとに?」


 まるで宝くじがあたったかのような顔を、藤堂は浮かべた。

 俺はそれを見て、若干、肩透かしを食らったような気持ちになる。


「そんなに意外なら、最初から誘わないでくれよ……」

「あ、うん、いや、最終的には来てくれるとは思ってたけどさ――」


 確信犯だったのかよ。


「――でも、なんだか、もっと悩むのかと思ってた。『いきなりだから少し考えさせてくれ』とか言ってさ。で、夜くらいに茜ちゃんに相談して、諭されて、結果的にチャットアプリで、『いきます』とか連絡がくるものかと考えていたよ」

「はあ?」


 呆れてみせてはいたが、『本当にそんな未来もあり得たな……』と藤堂の予想にどきりとしてもいた。こいつはパラレルワールドからの使者なのだろうか。


「お前は俺を何だと思ってんだ……」 

「お前?」

「藤堂さんは、わたくしめを、なんだと思ってらっしゃるんですかね」

「なんだろうね、よく分からないけど――」


 藤堂は、さきほどの怪しげな雰囲気を一掃させて、まるで宝石箱を見つけたお姫様のように、きらきらと目を輝かせて言った。


「なんだか黒木、少し、変わったかもね」

「……うるせえ」

「お姉さんは、嬉しいよ」

「同い年だろうが」


 本当にうるせえと思いながら、俺は手をふる。


「あはは、黒木、うける」

「うけねえ」


 俺はフンッと鼻をならした。

 やっぱりムセたんだけども。


「じゃ、黒木。そういうことで決定なら、今週末、我が家に招待させてもらうね。詳細はまた連絡するから」

「……おう。わかった」


 こうして、俺が藤堂家にお邪魔することは、あっけなく決定した。してしまっていた。俺はもう、戻れない場所まで来てしまっていたのだ。


   ◇


 とはいえ物事というものは、よくできている。

 すんなりと決定したことだからといって、その予定が全てすんなりと進むわけではないのだ。


 人生は山あり谷あり。

 俺はそれを、数日後に、身をもって実感することになる。


 だから、少なくとも、家に帰ったあとに、『え? 冷静に考えて、藤堂の家に一人でいくの、やばくない? 茜、ついてきてくんねえかな……』と逃げの黒木が顔をだしたことも。

 やたらと油汗が浮かんできたり、風呂に入ったとたん嫌な予感と共に寒気を感じたという異常な体調変化も。

 ゲームをしてしまえばふっと忘れられてしまうくらい、ナチュラルに現実逃避をしてしまっている自分に気が付き、枕に顔をおしつけたことも。

 全て、この先を含めた全体像から考えてみれば、ただの事の始まりのプロローグでしかなかったのだ。


 黒木、少し変わったかもね?――とんでもない。

 俺は大きく変わることを余儀なくされたのだ。


 ……自分の意思で。


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