第45話 強くてニューゲーム

 風呂から出ると、スマホの通知ランプが点滅していることに気が付く。

 なんとなく、藤堂であるような気がした。


 ドライヤーもかけずにタオルで髪をふきながら、片手でスマホを取りあげて、アプリを起動。

 予想通り、相手は藤堂真白だった。


 話は唐突に始まっていた。


『マシロ:わかったよ、黒木』

『マシロ:人は、自分の理想を追い求めるだけでは、いけないんだ!』


 ……あいつ、大丈夫だろうか。

 通知時間を見ると、今から10分ほど前の連絡だった。

 今既読がついたわけだから、藤堂も連絡を待っているという状況に変化したことになるのだろう。もちろん、待っていればの話だが。


 俺は髪の毛をふく手を止めて、ベッドに腰を下ろす。


『ヨウ:今見た。で、なにか決まったのか?』


 メッセージを送信した瞬間に既読がついた。

 どうやら画面を開きっぱなしで、連絡を待っていたらしい。それほどまでに何かを決意したということだろうか。


 返信は光速だった。


『マシロ:わたし、オーディションOKに変更する。その代わり、私の希望をつたえることにした』

 

 希望――つまり、ゲームか。

 それにしても、聞きなれない言葉が出た。


『ヨウ:オーディション?』


 オーディション。

 なんだか、現実離れしたワード。だが、それはあくまで俺の世界の話であり、藤堂の世界では至極当たり前の言葉なのだろう。


 文字で伝えることに限界を感じたのか、そもそも今日はそれだけを伝えるつもりだったのかの判断はつかないが、藤堂は話を切り上げた。


『マシロ:続きは、明日話そう』

『マシロ:スタンプ(いってきます!)』


 随分勝手な話だが、随分勝手な相手だからこそ、俺もここまで来たわけだ。

 乗りかかった船である。降りるなんて言っては、勝手すぎるだろう。

 だが、正直な所、現実はそうスムーズに進むわけはないのであった。


   ◇


 翌朝。


 猛烈に嫌な予感がしたのは、藤堂の揺れる視線を見てからだった。それも朝のHR前になんだかチラチラとこちらをみている藤堂の目が、そんな感じであったのだ。不安を覚えないわけがない。


 これはもはや、昨夜のことが何かに影響し――というよりも、昨夜、決定的ななにかがあったに違いない。


 俺は藤堂とのチャットを開いて、何かを送ろうとした。しかし指はふらついて、結局、元の場所に収まった。

 

 ぼんやりと昨夜の会話を見た。

 藤堂の最後のスタンプは『いってきます!』である。

 そこから推測するに、思い立ったらすぐ行動しそうな藤堂真白は、思い立ったがゆえに、家族に交渉をしに行ったに違いない。


 オーディション。

 非現実的な交渉材料だが、それを武器に、藤堂は戦ったに違いない。


 相手は俺にとってはラスボスに見えてしまう、藤堂の母親。

 ボスに勝ったなら当然、エンディングが始まる。スタッフロールが流れる。数年後――などといって、主人公の未来の姿を見せてくれる。


 では藤堂は?

 藤堂はボスを倒せたのだろうか。

 なんだか、そんなこととは別の、ワケがありそうだ。あいつのどこまでもまっすぐな視線が、あんなふうに揺れるというのは、これまでの経過を見てきても、俺に何か負い目を感じていたりする時なのだ。


 明らかにおかしい宝箱。

 どう考えても、開けたら罠が発動しそうな位置。

 ゲームであれば、ええいどうにでもなれ、と開けてしまうものだが、現実はそうはいかない。

 俺は、様々な可能性を想像しながら、その時を待った。

 その時っていうのはつまり、放課後の――。


   ◇


 ――放課後の、秘密基地。


「ごめん!」


 俺の目の前に座った藤堂は、実に気持ちよく謝り、実に歯切れ悪く事情を説明し始めた。


「な、なんだよ、いきなり……」

「とにかくごめん! まず、謝らせてください」

「だから事情を話してくれ」

「事情」

「なぜそこで真顔になるんだ」


 めちゃくちゃ不安になるだろうが……。


「いや、つまりですね」

「なぜ敬語になるんだ」


 立場が逆転しているこの感じ、やはりなにか、とてつもないことが起きている気がする。いや、気がするではない。間違いなく、起きているし、すでに起きてしまい、もうどうにもならない状態なのだろう。

 ゲームを起動したらセーブが消えてしまっていたように、茫然としたって、激怒したって、元には戻らない何かが起きてしまっているのだ。


 藤堂は、何かを諦めたように、口から息を吐き出すと、ゆっくりと、しっかりと顔をあげ、俺の、とてつもなく多量の不安が乗った視線を真正面から受け止めた。


 そして言った。


「ごめん、黒木。我が家に来て欲しい。そして、食事をごちそうします」

「……は?」

「ただ、親もいる。二人、居る」

「……は?」


 ……は?


 藤堂の家で、食事?

 親が二人いる?

 つまり、俺と、藤堂と、藤堂の両親で?


 ……なんで?


 ほら見ろ。こうして俺の日常は壊れていくのだ――数か月前の俺が、笑っている気がする。

 だから俺はせめて、こう言っておこう。

 ――お前も、数か月後には、同じことを言うんだ。


「……は?」


 俺は繰り返した。もうそれしか、することがなかった。


 藤堂は俺を落ち着かせるように、両手を出すと『黒木、おちついて』などと、実に当たり前のことを言った。

 落ち着こうとして、落ち着けるのであれば、俺は元から落ち着いている。落ち着こうとして落ち着けないからこそ、俺は落ち着いていないということに――ああ! 処理がおかしくなってきた!


「つ、つまりどういうことだ」


 俺はかろうじて質問を返す。

 まさか藤堂の親父の誕生日などと言うまいな。もしそうなのであれば、もう、俺という人生は、俺には操作できないどころまでおかしくなっているに違いない。


「事の始まりは、昨日の夜なんだけど……いや、今日の朝、かな」

「どっちなんだ」

「とりあえず昨日の夜、私は、お母さんに伝えたんだ」

「それはつまり……オーディション?」

「そう。オーディション」


 藤堂の話をまとめるとこういうことだった。

 オーディションというのは、たとえば雑誌の企画のモデルとか、テレビコマーシャルの出演とか、大きなものになるとドラマなどに出演するためのオーディションだという。

 そういった選定について、たしかにどうやって応募するのだろう、と俺も考えたことはある。

 藤堂の言うところによる、一般公募のされない募集は、すべて芸能関係の所属事務所に投げられるのだという。

 さらに、その募集を見た事務所の人間が、自社に所属するモデル等にあったオーディションをあてがうのだという。そのとき、あてがわれるのは、オーディションを受けたいと日ごろから募集をかけている人間であり、藤堂真白のように『オーディション希望:×』とされている人間のところには、募集内容の通達すらないらしい。

ようするに、きっかけすら存在しないということだ。


「お母さんは、すっごい反対してた。いつ、どんなチャンスがあるかわからないし、オーディションを受けるまえの書類選考は、基本的に落ちるのが当たり前みたいなものだからさ」

「まあ……、たしかに」


 オンラインゲームのβテストなんかも、応募しなきゃ当たるわけもなく、応募が始まっていたことすら知らなきゃ、話にすらならない。


「でも、わたしはイヤだったんだよね。なんだか突然、人生が変わっちゃいそうなスイッチに手をかけていそうで……。だから、拒否してたんだけど」

「今回、それを了承するかわりに、ゲームの打診をしたのか」

「ああ、うん。ゲームの打診というか……」

「……? ゲームじゃないのか?」


 ゲーム以外に、なにを打診するというのか。

 俺は本当に訳がわからずに、藤堂の言葉を待った。

 藤堂は俺が気が付くとでも思っていたのだろうか。しばらく俺の言葉を待っていたようだが、じきに白状した。


「つまり、黒木の部屋に、遊びに行っていいか、という打診」

「俺の家?」

「ちがう。部屋」

「俺の、部屋?」

「そう」


 こくりと頷く藤堂の動きがスローモーションに見えた。それぐらい、俺は頭にダメージを受けていた。

 復活するまでに、十秒を要した。


「――お、おまえ、なんて打診をしてるんだ」

「いや、でも、結局、そういうことになるし……ゲームしていいかっていっても、結局、最後はその問題にぶつかるでしょ? だったら、最初から、その話にしたほうがいいかなって」


 オーディションを受けるから、男の部屋に遊びに行っていいか?――そんなこと、前代未聞だろうが。いや、俺が知らないだけで、世間では当たり前なのか? いや、当たり前なわけねえだろうが!


 そんなことが当たり前になってしまったら、RPGで青年になった主人公が、王様によばれて『おお、勇者よ、魔王を倒すのだ!』と言われた次のターンで、ラストダンジョンにいたって不思議ではないという話になる。


 物事には順序が必要だ。

 装備だって整えなきゃいけない。

 仲間だって集めなきゃいけない。

 レベルだって上げなきゃ――そこではたと、気づく。忘れていたわけではないが、いつも忘れてしまう。藤堂の人間レベルは、そういえば、俺よりも遥か上なのだ。強くてニューゲームみたいな奴なのだ。だから、ショートカットでも使っていきなりボスにいったって、不思議ではない。付き合わされる初期レベル1の仲間意外からみれば、実に当たり前の話なのだ。


 スコールのように落ちてくる思考に押しつぶされてしまった現実の俺は、おさまらない動悸に翻弄されるがまま、息もたえたえに、言葉を重ねた。


「で、……それと、食事と、どうつながる」

「えっと、それは朝の話になるんだけど――」


 そうして語られる話は、俺の予想の斜め右下あたりの内容だった。

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