第44話 ……で?

 無くて七癖。

 俺はよくこの言葉を思い出す。なぜなら俺にはたくさんのクセがあるからだ。それを悪癖と呼ぶのかは知らないが、たとえば今、『風呂の電気を消して入っている』というのも、それに数えられるだろう。


 二階の風呂は基本的に使わない。掃除もしているし、水通しもしているので、使用はできるが、あくまで使用するのは一階の風呂だ。

 システムバスルームというやつにリフォームしたので、単純に、そちらのほうが気持ちがいいのだ。そう考えると藤堂の家の風呂ってどれだけやばいのだろうか。まさか金箔とか浮いてないだろうな……。


 ちなみに風呂を改装した理由は、親父が『風呂に入る時こそ、トリックを思いつく瞬間』とかのたまったからだ。去年だけでも365回、そのチャンスがあったはずなのだが、いまだにヒット作品はでておらず、その間に母親の絵本は三冊出た。


 閑話休題。


 親父の血を引いているからなのかは不明だが、たしかに風呂は思考が定まりやすい。もちろん暴走するのも風呂が多いが、そんなときは湯舟に潜れば何かがリセットされる。まるで毛穴から悩みが抽出されていくように。

 俺はラーメンのスープにいれられたガラのように、さまざまな成分が良い方向に染み出ていくことを願いながら、風呂に入った。

 前述のとおり、電気を消して。


 暗い浴室はとてもいい。

 月明かりが差し込むお湯に視点を合わせれば色々なことが浮かんでくる。


 藤堂を初めてみたときのこと――派手なやつだな。ま、俺には関係ないけど。

 出会ったときのこと――スマホが割れたじゃねえか。あ、こいつかよ。

 ゲームをはじめたときのこと――なんだこの状況。こいつ、なに考えてんだ。


 色々な藤堂、色々な表情を浮かべて、俺の頭で動き回る。

 だが、その瞳はいつでも青く、記憶のなかではそれが茶色に戻ることはない。それほどに彼女の青は印象的だった。


 雪のように白い肌。

 いちょう色に輝く髪。

 触れたら消えてしまいそうな、シャボン玉みたいな瞳。


 強調されたソレらが、これでもかと俺の頭のなかで動き回る。

 藤堂真白はこうあるべきだという印象が俺のなかで、本人を無視して、勝手に形成されていく。

 俺は、湯船に浮かんだ藤堂の笑顔を思い返した。


『うまく笑えないの』


 藤堂の笑顔には種類があった。

 俺はその一番、深い部分の笑顔を知っている。

 多分、だけど。知っている、と思う。

 

 ――なんだかモヤモヤしていた自分の思考に気が付く。


 今日の放課後。

 話す方向性は決めていたが、言葉の並びはその場の勢いに任せた。


『ゲームは楽しくやろうぜ、藤堂』


 言葉は自然と出てきた。


 ゲームは悪。

 ゲームは恥ずかしい。

 ゲームは駄目な人間をつくる。


 もちろん正しい部分もあるだろう。

 だが、一方的に悪と決めつけていいものではない。


 俺はゲームが好きだ。それだけは誇れることだ。

 そう――誇りだ。

 真顔でいったら顔が熱くなりそうなくさい言葉も、ゲームに紐付ければ臆面もなく言うことができる。

 俺は、人生で唯一、ゲームをしている時間だけは、無駄ではないと誇ることができるのだ。


 水面にうつる、青い瞳が揺れた。

 まるで別世界の民のような、造形の美少女。

 まるで『別の思考を持ったような人間』。


「ああ、なるほど……」


『さびしいんだね』と藤堂は言った。


 あながち間違いではなかったのかもしれない。

 別に茜と一緒にゲームをしていることを指しているのではない。


 俺はきっと――藤堂が、家族にゲームをコソコソと隠れてすることが、どこか、寂しかったのかもしれない。


 自分が小さいころ大好きだったゲームが、世間一般にはクソゲー認定されていたとき。

 自分が大好きな漫画が、まったく面白くないとレビューされていたとき。

 俺が大好きなゲームをすることが、誰かにとっては隠匿すべき行為だったとき――落ち込むことはないが、どこか、取り残されたような寂しさが残ることは、完全に否定できるものではない。


 人は、共感をもって、信頼感を固める。

 それはAとの出会いで理解している。もしも互いに趣味がずれていった場合、俺達の関係はかつてとは異なっていくのだろう。

 それは残念なことだが、悲劇ではない。きっとそれが人間関係というやつなのだろう。


 たまたま同じゲームをしていただけ――だが、それは結果的に、たまたまでは説明のできない密な関係をつくる。


 認めよう。


 俺と藤堂は、たまたま出会っただけであるが、もはや、たまたまでは収まらない関係になっている。


 だから、俺は認めよう。

 俺はどこか寂しくなったのだ。なってしまっていたのだ。

 仲間として歩む藤堂真白が――ゲームを『やってはいけないもの』と主張して進む姿を目にすることが寂しかったのだろう。

 その先に待ち受ける運命を予期して、寂しくなってしまったのだろう。


 俺達は、ゲームで仲間になれたわけだから。

 だから、それを誇ってほしい――自覚のできない俺の主張。


 だが思い返してみれば、親父の誕生日パーティーに藤堂を呼んだのも、そういう気持ちが背を押したのかもしれない。

 それならば無理な行動に一切、ストッパーがかからなかったことにも、納得がいく。


 俺は何かを、家族に見せたかったのだろう。


 ――こいつは、俺がつみあげてきた、ゲームという世界で作った、自慢の仲間なんだぞ。


 と、家族に見せたかったのかもしれない。


 なるほどな。


 ならばAはどうなのかとも思ったが、すでに茜に見せているから、似たような感情があったのだろう。でなきゃわざわざネット仲間と妹を繋げる必要もない。


「なるほどな……、」


 俺は明かりのついていない天井を見上げた。


「……で? 解答は? 作戦は? 解決方法は?」


 浴室に、疑問の言葉が響く。

 解答者は一人。

 答えはない。


 風呂場の天井から雫が一つ、落ちてきた。

 おでこにジャストミート。これがクイズ番組ならば、頭にのせたハットから、解答をしめす『〇』が飛び出てくることだろう。

 

 でも俺は浴槽に潜って無視をした。

 だってこの問題の解答者は俺じゃない。

 最終的に答えるのは、俺ではないのだ。


   ◇


 しかし、俺はそのとき、知らなかった。

 自室に置いてきたスマホが静かに数回、鳴動したことを。

 万事休すと手をあげていたはずの隊長が、新たな決意を胸に宿していたことを、俺は知らなかったのだ。


 ――藤堂真白は、やはり、どこまでも、藤堂真白だった。


 奴は、自分の運命を、自分で切り開くことのできる人間なのだ。 

 ヒエラルキーの下の人間の言葉でも、バカにせず、仲間の言葉として、真正面から考えてくれる、尊敬すべき人間なのだ。


 それが俺の仲間である、藤堂真白の強さなのだ。

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