第43話 それは今から考える

 俺は、俺の思ったことをそのまま伝えることにした。


「そもそも……、隠れてゲームをするという発想を、変えるべきだと思うんだ」

「……どういうこと?」


 藤堂は、首を横にひねるように、疑問をていした。自然と流し目のようになり、俺はどきりとする。


「つ、つまりだな――」


 俺は親父が酔っ払うたびに話をしてくる、数々の昔話を思い出していった。

 大学在学中に本格推理小説で新人賞をとり、天才的な密室殺人、叙述トリックだと世間から注目をあびたここと。

 二作目でこけて、それからずっとこけているが、それでも諦めていないこと。

 さらに昔になれば、爺ちゃんのバイクの後ろに載せられて死ぬ思いをしたとか。イラストレーターだった母さんとの出会いとか。

 そして――昔の娯楽事情とか。


「――基本、親父から聞いた話だけどさ。家庭用ゲーム機が復旧しはじめたころの昔ってのは、ゲームは本当にただの遊びで、職業になんてなるジャンルではないと思われてたらしい。目も悪くなるし、良いことなんてないと思われることが、多かったとか……、ゲームは一日一時間って聞いたことないか? まあ、とにかく、そういう時代だったわけだ」

「……でも、それって、今も似たようなものじゃない?」


 ゲーム禁止の家庭に生まれた藤堂には、話の導入部からして理解がむずかしいようだが、それも無理はないのだろう。うちが自由すぎるのだ。

 俺はあきらめずに、なるべく藤堂の中に共感が生まれるように、努力した。


「いや、それ以上にさ。家のテレビを占領して、ゲームをすること自体が、特別な時間だったらしい」

「特別な時間?」

「だって今みたいにディスプレイがポンポン家にあるわけじゃねえし。スマホとかもないからさ、テレビは重要な情報源だし。そうなりゃ取り合いだろ? ゲームっていうものは、『家族』っていうコミュニティで、もしかすると現代よりも矢面にあがっていたかもしれない。ひとつのテレビを取り合ってさ」


 藤堂は少しだけ、考えた。


「ああ……、たしかに。うちもお風呂が三つあるから良いけど、二つになったら、生活変わりそう」

「……まあ、そういうことだ」


 なにがそういうことか分からないが、少しは前進したと信じて話をすすめよう。

 ちなみに、風呂が三つとはどういうことなのだろうか。うちは二世帯住宅だから二つあるが、まさか三世帯住宅だとでもいうのだろうか。

 深く考えるのはやめよう。これ以上、お嬢様トークが出てきたら、俺はまともに藤堂と話せなくなるかもしれない。いや、いまもまともではねーけども。


 藤堂は『で、だからなに?』、という顔をしている。

 俺はあきらめなかった。珍しく。

 

「そんな時代でもさ、隠れずに、正々堂々とゲームはできてたんだよ。まあ、怒られて、電源ケーブル隠されたり、されてたかもしれないけど、それでもゲーマーは存在した。そして今の時代までゲームは健在している。廃れることなく、むしろ発展してるんだぞ?」

「……? だから?」

「だから、だな。つまり、隠れているのもいいけど、正々堂々と戦うことは、間違っていないということだ。そうしてゲームは発展してきたんだ。ゲーマーも同じだ。こそこそ隠れるようなことを俺達はやっていないだろ?」

「戦うって……」


 藤堂は実に簡単な問題を、まるで難問のように扱った。


「誰と、戦うの」

「藤堂のお母さんとか、お父さんとか。家庭のルールと戦う。昔と今も、方法論は同じはずだ」

「は?」


 藤堂は訳が分からないのか、呆気に取られているのか、ぽかんと口を開いた。


「だから、戦ってるじゃん?」

「ちがう。正々堂々と戦うんだ」

「正々堂々……?」


 藤堂は、やはり不思議そうに俺を見た。まるで、用意されていた役とは別の役の台詞を、俺が口にしたかのように。


「真正面から交渉すればいい。すべての時代のゲーマーが証明しているだろ? ゲームをしたけりゃ、そこを乗り越えるしかないんだよ。それはいつの時代だって同じなんだ。時代が変わったからって、家族の構造は変わらないんだから」


 いつの時代だって、親の指導は存在する。たとえ文明が進化しようとも、本質はかわらないはずだ。


 時代は繰り返す。

 方法論は繰り返される。

 親父の時代に、存在した攻防――ゲームは一日一時間。それでもプレイできるならばと、交渉のはてに獲得した一時間。

 それはどこに目を向けても娯楽が存在する現代においても、変わらないはずなのだ。だって、それは家族内のルールの話だから。


 藤堂は、なんとなく、俺の言いたいことを分かってくれたらしい。

 だが、そのうえで、なお、首をふった。


「いや、無理でしょ。ゲーム禁止の家だって分かってる? 今も昔も、変わらないなら、そこも同じだよ。逆にいえば門限が八時の家は、昭和も平成も同じ、八時ってことでしょ?」

「まあ、たしかに」

「だから、隠れて、生存しようって話じゃん。正々堂々という言葉からは外れるかもしれないけど、それだって十分、戦ってるでしょ?」

「……、……たしかにそうだが」


 藤堂はやけに必死に俺に訴えかけている。

 まるで自分の価値観を守るように、身を丸めているように見える。孤島のすみっこで、スナイパーライフルを構えながら、誰もこない方向をスコープで覗き続けているように見える。


 ゲームがうまくなりたい俺からすれば実に……、オブラートにあえて包まないで言わせてもらえば、それは実に無駄な時間だといえる。


 有意義な時間としてゲームをプレイしているとはいえ、ゲーム内での時間をみれば実に無駄の多い待ち。

 ゲームは楽しんでいるだろう。だが、それだけだ。

 敵を倒さねばそもそも、レベルがあがらない。忍耐力を試されているだけ。背後から撃たれて終わっても、なにも文句はいえない。


 でも藤堂はそれを変えないのだ。プレイスタイルを変えないのだ。

 そうあることが、自分らしいと信じているように、変えない。


 だが、残念ながら、ゲーム上達を目指しているならば、いつか、変わらなければならないのだ。

 負けた試合を見直して、自分の行動パターンを変えなければならないのだ。かりにスナイパーライフルを構え続けるにしたって、ムーヴを考えることは必要だ。


 飽くことなく繰り返される、かぎりのない変化――それが上達へのただ一つの道なのだ。


 ――藤堂、今がそのときじゃあないのか?


 俺は藤堂に伝えなければならないのだろう。たとえそれが藤堂の回避してきたプレイ方法だとしても。


 フレンドリーファイア。

 同じパーティメンバーからの射撃ダメージ。

 ゲームによっては無効にされているそのシステムを、俺は今、有効にしなければならない。藤堂の気持ちを打ち抜いて、藤堂に気づいてもらわなければならない。


 このままでは、いつまでも同じレベルなのだ、と。

 このままでは、いつまでも同じレートなのだ、と。

 このままでは、自分よりも早く上達していく、他の仲間と、一緒にパーティが組めなくなってしまうだ、と。


 気が付いてもらわなければならない。

 これからも二人でゲームをするために――。 


「交渉、したのか?」


 俺は一発の弾を、藤堂に向けて射出した。


「え?」


 それだけの言葉に、藤堂の瞳は揺れた。

 茶色の雲の向こう側に広がる、青い瞳の空が、曇らないことを俺は願った。


「藤堂はさ、親に、自分の気持ちをつたえたこと、あるのか? ゲーム、したいって、きちんと面と向かって話したこと、あるのか?」

「それは……」


 藤堂は黙った。

 答えを持っていない、というわけではないだろう。


「交渉、してないんじゃないか?」


 我が家は当たり前のようにあったゲーム機。

 だが昔の家庭では、買ってもらうために交渉することも多かったという。

 なにもゲームだけの話じゃあない。

 藤堂の家には頼まなくっても風呂が三つある。

 我が家に、もし三つ目の風呂を用意したいならば、親に交渉する以外の選択肢はない。


 家族。


 今回のポイントは、結局のところそこなのだろう。

 現代に生きる俺達は、文明の利器に頼って『家族との話し合い』という根本的な行動を省略してしまっているのではないか――俺の結論は、それだ。

 藤堂が乗り越えるのは、『どうゲームをするのか』ではない。『どう家族にゲームを認めてもらうのか』ということではないのだろうか。


「交渉は……してない」


 藤堂は白状した。

 やはり予想通りだった。

 でなきゃ、ボイストレーニングを一日休む程度で、あんな事態にならないはずだ。

 おそらく、藤堂の親は、藤堂の気持ちを理解していない。まあ、俺だって、理解してないけども、それ以上にしてないのだろう。


 家族であるのに、だ。


「俺は、話し合いだけが、目標達成の道だと考えている」


 俺は恥を忍んで、藤堂に語り掛けた。お笑い草だ。人との交渉を避けて逃げて、見ないふりをしてきた俺が、まさかヒエラルキートップの藤堂に、『人と話そうぜ』なんて語っているのだから。

 これが恥ずかしい話じゃなけりゃ、滑稽な笑い話だ。それでも、俺は話さなきゃならない。

 それが、黒木家を巻き込んだ俺の、責任の取り方なのだろう。


「藤堂、ゲームは楽しくしようぜ? こそこそしてても、つまらねえよ。勝ちたいなら、最後は戦うしかない。じゃなきゃ、じり貧で、負けるのがオチだ。いつも、最後はそうだろ?」

「……、……うん」


 藤堂は、俺が比喩に『エアポケット・ウォーカー』を引き合いに出していることに気が付いたらしい。自分がどういう風に負けているのかを思い返したのか、美しい眉がよせられた。

 スナイパーライフルを覗いて、敵を見つけても、技術不足で初手をうばわれ死亡。

 技術向上意外に勝ち筋はない。正攻法のみが、藤堂の前に開けたただ一つの道だ。


 藤堂はいつのまにか下げていた視線を上げた。


「でも、黒木。勝てる見込みなんて、あるの?」


 藤堂のすがるような瞳。

 茶色の瞳。

 でも俺はその向こうに、青空のような青色が広がっていることを知っている。

 雨はいつかやむ。晴れることを知っていれば。


 だから俺は言った。

 自信満々に、臆することなく、言い切った。



「それは、今から、考える」



 着地がへたくそ、だって?

 見直したのに結局これかよ、だって?

 うるせえ、そんなこと、俺が一番よくわかっているさ。

 


「……あ、ソウデスカ」


 藤堂の、またどこか違った意味をもっていそうな、棒読みのセリフ。

 それに負けないよう、俺はフン、と鼻息を荒くした。

 

 もちろんムセたのだけども。

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