第40話 青い二つの点

 なぜか家主である俺が、何かの集金にでも訪れたかのように玄関口に立ち、客人であるはずの藤堂が俺の侵入を阻むかのように立っている。

 若干、不思議な感じの立ち位置を保ったまま、藤堂は言った。


「ていうか、黒木、なにしてんの?」

「いや、お前こそなにしてんだ」


 俺は帰ってきただけである。

 藤堂が玄関口に来る理由が不明だ。


「わたし“たち”はちょっと、休憩中。ずっとやってると、ゲームって疲れるね。最初は眼鏡使ってなかったんだけど、さすがに無理だったな――あ、それでわたしは、ちょっと外の自動販売機まで飲み物買いに行こうかなって」


 藤堂はそういって外を指さした。

 我が家の敷地外には、塀に隣接するように自動販売機が設置されているのだ。数年前に、業者が来て、空いているデッドスペースをうまく活用しませんか、などと話を持ってきた結果、じいちゃんが豪快に導入した。


 それにしても、わたし“たち”か。随分と仲良くなったものだ――青い瞳に気圧されてなければ、そういったことの一つでも言ったかもしれないが、今は状況が悪い。


 俺はアゴで通路の奥をさし示した。

 

「ていうか、お茶か水かエナジードリンクでよけりゃ、冷蔵庫に入ってるから飲んでいいぞ」

「え? いいの?」

「ああ。基本、俺が入れてるから、問題ない。お菓子も冷蔵庫の横にあるからもってけ」

「うわー。黒木家、やばいね。天国じゃん」

「ゲームにはまると、地獄も見るけどな」

「……? どういうこと?」

「何事も、極めるのは大変だってことだ」


 会話に意味はない。なんとなく間がもたないので、思い付きを口にしているだけだ。

 俺はヘルメットをいい加減、地面に置いて、片手をフリーにし、ようやく靴を脱ぎ終えた。最初からこうすればよかった。人は億劫がって、めんどくさがって、なにかの手順を一つ飛ばしたがゆえに、それ以上の困難に直面してしまうことがある。まるで先頭に逃げ続けた結果、ボスまでたどり着いてしまったRPGのようだ。


俺は靴を揃えることなく、一歩を踏み出した。が、その先が続かない。なぜかって藤堂がどかないからだ。仁王立ちしているわけではないが、二人がぎりぎり通れるくらいの通路の真ん中に突っ立っている。

 体を押しのければいいのだろうが、そこまでして乗り越えるつもりはない。そもそもそれは体に触れるということなので、そもそもそれは選択肢にないのである。


 俺は嫌な予感がしていた。

 色々と藤堂と話した結果、見事に備わった俺のスキル――危険感知。

 それが今、おそろしいほどに危険信号を発している。さっさと部屋に戻って布団でもかぶってしまおう。


「……どいてくれよ」

「うん。そういえば、あのさ」

「イヤだ」

「え! まだ何も言ってないです!」


 やっぱり、何かある。

 ていうか、何かもくそもない。

 俺の家で、俺をつかまえて、何を言うかなんて、一つしかないだろ。


「どうせ、部屋を見せてくれとか、言うんだろ?」

「……い、いやあ? べつにい?」


 藤堂の手が後頭部にあてられて、そのままサラサラの髪を指がすいていく。

 あきらかに挙動不審であるから、図星だったのだろう。


「見せません。お前は、女の、妹と、遊んでるんだろ」

「だから、ちがうってば」

「じゃあなんだよ」

「え、っと……」


 藤堂は視線を様々なところへ移したあと、俺の持っていた黒猫の人形に目をつけた。


「あー、それ、その人形。ください。欲しいですという話です」

「はあ?」

「はあ、じゃないの。それ、くださいって言おうとしたの。だけど黒木が、ちょっと勘違いしたんだね。びっくりです。びっくりしました」


 藤堂は後ろめたいことがあると、敬語になる気がする。気が付いているのか、いないのか、しらないけれど。


 俺はそれを指摘することなく、むしろ話題にあがることなど想定していなかった、黒猫の人形をかかげた。使われている生地にまったく張りがなく、中は綿ではなく、枕の中身みたいな何かが入っているのか、首あたりをつかむと本物の猫みたいに、だらんとぶら下がる。いやもちろん、本物の猫をそうやって持っちゃいけないだろうから、これは比喩だが。


「まあ、別にいいけど。やるよ」

「え? いいの?」

「自分で言って、驚くなよ……」

「あ、いや、だって、欲しいから買ったんじゃないの?」

「買ったんじゃなくて、取ったんだ。UFOキャッチャーで」

「ああ、なるほど、黒木うまそうだね、そういうの」

「苦手ではないけど」

「UFOキャッチャー生活できそう。ほしいものなんでも、とってきそう」


 なんだその、ダメそうな生活は。


「欲しいものはUFOキャッチャーでとらずに、普通に買う」


 欲しくなくても欲しくなるような気がするのがUFOキャッチャー。それが俺の哲学だ。

 藤堂には、当然そんなこと伝わるわけもない。

 

「よく分からないけど、そうか、じゃあ黒木はいま、ゲームセンターに行ってきたんだね」と一人で納得しはじめた。

「え? ああ、そうだぞ」と俺も頷く


 藤堂は確認するように、もう一度、「一人で?」と言った。


「もちろん、一人だよ」

「……さびしいね。かわいそう」


 全然、寂しくなさそうなどころか、にやにやしながら藤堂は言う。


「黒木、こんど私が一緒に言ってあげようか、ゲームセンター」

「べつに、寂しくはないから、いい」

「ふーん?」


 何か言いたげな藤堂を黙らせるように、俺は黒猫の人形をつきつけた。


「ほら、もってけ」

「わー、ほんとにいいんだ?」

「おう」


 黒猫を押し付けると、藤堂は両手でそれを受け止めた。その拍子に通路に一人分の隙間ができる。俺はここぞとばかりに廊下に足を踏み入れた。

 ついでに冷蔵庫の方を指さして、「水はこっちだからな」と注釈を入れておく。

 これ以上付き合っていたら、なんていうか、疲れてしまいそうだ。

 正直、青い目の藤堂は、目に見えない精神攻撃を俺に何度も仕掛けている。本人は絶対に気が付いてないだろうが、藤堂真白という存在は、生きているだけで何かしらのスキルを発動しているに違いない。


 そそくさと退散しようとする俺を、藤堂の言葉が止めた。


「ねえ、黒木」

「……なんだ」

「なんか、この黒猫、黒木に似てるね」

「はあ?」

「またそれ。『はあ?』って、やめたほうがいいよ。なんか、こわいって」

「あ、お、おう、すまん」

「謝罪は秒速で出てくるのにねえ」

「……ほっとけ」

「大事にするね」

「ん?」

「『ん?』じゃないよ。この人形のこと――」


 藤堂は四肢を投げだして、ぐったりとしているデフォルメされた黒猫の人形を、片手でぞんざいにかかげた。まるで俺のレベルがそれぐらいだとでも言うかのように。


「――黒木みたいに、ひねくれないように、わたしが保護して、愛情を注いであげましょう」

「……、……、おう」


 なんて返せばわからなくなり、俺は黙ったすえに、結局いつも通りの言葉を返すことしかできなかった。ディスられてるのか、慰めらてるのか、何かの決意なのか、まったくわからない。

 藤堂の手にぶらさがった黒猫が『ああ、なさけない』と笑っている気がしたが、内心、『お前もそのうちわかるさ、四六時中、女王と一緒とはご愁傷様』と心のなかで語り掛けた。


 さあ、これで終わりだろう?

 俺は部屋に戻って、昼寝でもするからな!

 ――そういう気持ちを前面に押し出すように、俺は先へ進もうとしたが、またしても藤堂はそれを許さなかった。

 

「ねえ、あのさ」

「今度は、なんだよ」

「うん、あのさ」


 藤堂は言いづらそうにしていたが、決意したように顔をあげた。


「部屋、見せてくれなくてもいいから、さ」

「お、おう……?」


 お前に決定権があるのかよ――なんだこの、久しぶりの強制的な押し付けは。出会った頃を思い出す。あの時は確か、こうだ。『部屋はいいから、一緒にゲームをしよう』。では今回は?――じきに答えは出た。


「もう少し、わたしがうまくなったらさ、パソコンゲーム」

「おう」

「そしたら、一緒に、遊んでくれる? パソコンのゲームのほうも、一緒にさ」


 なんだか恥ずかしそうに、藤堂は言った。

 顔が赤い気がするが、すぐに両手で掲げられた黒猫の人形に表情は隠れた。

 いや、目元の青色だけはしっかりとこっちを捉えている。もちろん聴覚も健在だろうから、俺の言葉を待っているに違いない。


 なんだか、途端に気恥ずかしくなる。

 藤堂が恥ずかしそうにしているのだから、俺が恥ずかしくならないわけがない。その理由はよく分からなくても、感情の高揚みたいなものは勝手に起こる。


 そしてやっぱり俺は黒木陽である。黒木陽でしかなかった。

 素直に『うまくなるよう、がんばれよ』程度のことを言えばいいくせに、どこまでもひねくれている俺は、やはりどこまでもひねくれた言葉を口にした。


「そもそもパソコン持ってないだろ」

「茜ちゃんが貸してくれるっていってるもん」


 もんってなんだ、だから、もんってなんだ、ちょっとかわいいんだよ、それ。


「レートでマッチング相手変わってるらしいからな、PC版。俺とやると敵、強くなるぞ」

「が、がんばるから」

「……上手くなる日がくるといいな」

「……うまくならないなら、ずっと、遊んでくれないの?」


 猫から覗く、青い目。

 黒猫が俺を『お前、ばかなの?』と非難してきた。


「い、いや、もちろん上手くならなくても付き合う」

「下手でもいいの?」

「まあ、上手くなるに越したことはないから、トレーニングはさせる」


 その言葉は、何かの魔法を消してしまったようだ。

 薄いガラスの上を歩いていたような会話は、俺の無遠慮な一足で、壊れてしまったようだ。


 藤堂は、大きなため息をついた。


「黒木鬼教官」

「はあ?」

「おお、こわいこわい。クロ、お前をひろってきてくれた人間は、わたしをいじめるよ? ひどい要求、されちゃうんだ、きっと」

「は、はあ!?」


 要求ってなんだよ。

 まさか、あれか、あの、そういう、あれか!?

 そんなゲスなことするわけがないだろうが。


 藤堂は俺を非難するように眉をひそめた。それでも美人だったが。


「あれでしょ。ソロでトップとってこいとか、スナイパーライフルで中距離戦を制してこいとか、いうんでしょ」

「そ、そういうことね。そういうことは、言うかもしれない」

「……? どういうこと? 他に何をいうわけ?」

「いや、なんでもないです、さようなら」


 焦っていた俺がバカみたいだ。

 いや、バカみたいだ――ではない。バカなのは俺だけで、藤堂はすぐに俺の過剰反応に気が付いたようだ。

 猫の人形をがばっとさげて、今までの恥ずかしさを発散するかのように、俺に絡んできた。


「あ、もしかして、黒木。わたしがなんでも、いう事きくから、部屋入れてとか言うとおもったんでしょ?」

「そこまでは思ってねえよ!」


 ちょっと、あれだよ、あれな印象をうけただけで、具体的なイメージなんて、一切なかったぞ!


「ふうん? ま、別にやってあげてもいいけどねー」

「は?」

「写真でも撮らせてあげようか? 好きなポーズしてあげよっか? わたし、いちおー、モデルだし? 黒木が嫌なこと要求してるわけだから」

「い、いらねえよ! バカいってないで、はやく水とって戻れ!」


 しっし、と俺は手を振る。


「もったいなーい。いまなら一枚写真をあげてもよかったのにー?」

「うるせえ、いい加減にしろ」

「けらけら」

「そんな笑い方、人間はしねえんだよ」


 二人して、廊下でやり合っていると、再びドアの開く音。

 やはり二人して――俺と藤堂は音のするほうへ視線を向ける。

 そこには、なんだかげんなりとしたような茜の姿があった。


「どうかしたのか?」と俺。

「あ、ごめん、そろそろ続き、やる?」と藤堂。


 茜は、やはりなぜだか大きな大きなため息を一つつくと、言った。


「……人の家で、いちゃつかないでください」


「は!?」と俺。

「え!?」と藤堂。

「……はぁ」ともう一度、茜のため息。


 しかし、茜は数秒後、そのため息を呑み込むことになる。

 なぜなら俺と藤堂が、同時に茜に詰め寄り、言葉を撤回させるために言葉を並べ立て始めたからだ。それもかなり鬼気迫る形で、茜に詰め寄った。

 二人で。

 体裁など気にすることなく――いや、気にするがゆえに、ほかのものはかなぐり捨てて、俺はそんな誤解を家族に持たれてはならないと必死になり、藤堂は男と遊んでいるという認識を持つものを作ってはならないゆえに必死になり――茜は尋常ではない俺達の気迫から必死に逃れようとしていたが、最後には涙目になって、


『に、にいにと、マシロちゃんは、互いにまったく興味のない、赤の他人です……道路でひかれているバッタくらいに、にいには、興味を持たれていません……も、もう、ゆるして……』


 と涙目になって認めた。

 いや、そこまで俺を下げる必要はないのだが、大分、俺達の気迫がやばかったのだろう。だがこちらだって、死活問題なのだ。そんな印象、引きずられちゃ困るのだ。だから茜には諦めてもらうしかないのだ。


 さて。


 そんなこんなで、俺達はそれぞれの部屋に戻り、ふたたび、自分たちの時間を堪能し始めた。

 藤堂と茜はゲームに勤しんでいるだろうし、俺は俺で疲れをとるようにベッドにダイブした。なんだかんだで今日は色々と動いた。まさか洗車して、ゲーセンにいった後に、こんなイベントが待っているなんて、思いもしなかったが。


 目を瞑る。

 浮かんでくるのは、青い二つの点。


『写真、とってもいいよ?』


 想像の中、暗闇の中、藤堂真白が俺に言う。

 当然、現実でも、空想でも、俺は何度も首を振り、写真など撮るわけがないという姿勢を徹底する。

 だが、その心の中では、やはり現実でも妄想でも同じことを思っている。


 もしも――もしも許されるのならば、俺はその美しい瞳を一枚の画像におさめたい。

 そんな願いを胸に抱いてしまうのだった。

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