第39話 「しょぼんだま」

 五月、長期休暇の最終日。

 おそるべきことに、ゴールデンウィークが終わるまでの間、藤堂は時間があれば我が家に来ていたらしい。

 夕飯を食う時の茜と母親の話題からそれは容易に所得できる情報だった。藤堂は関係性を徹底するためか、俺の家に遊びに来ることに関する情報は、俺に与えなかった。メッセージの履歴にすら証拠を残さない――称賛すべき徹底さだ。


 だから俺もそれにならって、極力情報を遮断した。

 男の俺は、女の藤堂を家に連れ込んでなんていません――その証明は日々の行動にあると妄信しているかのごとき、情報遮断を実行していた。


 先日も考えた通り、これはあくまで藤堂と茜の友達としての話なのである。まさかとは思うが〈妹の友達は、俺の友達! 一緒にお兄ちゃんも遊ぶぜー!〉なんてはっちゃける陰キャはいないよな? いるなんて考えているお前は、陽キャだ。いや、陽キャでもこの行動はどうかと思うけど。


 結果を見る限り、俺はただただ黒木家の人間と藤堂真白を繋げただけのことなのだろう。

 LANケーブルのような存在。端末同士が接続されたのだから、俺ができることは、極力邪魔にならないように地面の端っこで横たわっていることしかできない。断線をしないように願いながら。


 情報には、良し悪しがあることを俺は知っている。


 お前を好きらしいぞ。

 お前を嫌いらしいぞ。


 同じような文字数でも、知って良かったことと、知りたくもなかったことの差は天と地ほどにある。


 情報過多の落とし穴。

 知らなくてもいいことを知るがゆえに、余裕がなくなる――これが怖いことだと俺は知っている。


 だからこそ、俺は茜と藤堂の関係に口を挟まずに過ごしていた。

 とにかく徹底的にそう過ごしていた。

 一度くらい三人でゲームをしようと言われるのかとも思ったが、実際、そんなことは一度もなかった。

 少し肩透かしをくらったというか、残念……というか、いやわからないが、俺と藤堂は二日に一回は確実にゲームをしていたことを考えると、なんだか急に夢から目が醒めたみたいな気になる。

 女二人で仲良くしている、それでいいのだと思うから、別に問題はないのだろうけど。きっと藤堂も色々と考えているのだろうし。


 だからゴールデンウィーク最終日。

 俺はあいかわず、茜に誘われることなくAとゲームをしたり、一人でゲームをしたり、なんだか飽きてしまい自室で寝転んでいたり、天気が良いのでひさびさに爺ちゃんのバイクを洗車してみたり、どうせだからと綺麗になったバイクで久しぶりにゲームセンターまで足を運んでみたり、なのに出来るゲームがなくなっていて少し寂しくなったり、アイスを食べようとして一人ではしゃいでるみたいだからやっぱりやめようと葛藤したり、だからといって手ぶらで帰るのもあれなのでUFOキャッチャーで黒猫のぬいぐるみを無意味にとってみたりをした。


 俺は慣れていた。

 たった一か月程度の交流で、たった一週間程度の長期休暇で、色々なことに慣れてしまっていた。


「ただいま……」


 誰からの言葉も期待しない自宅二階への帰還。

 玄関口を開けてみれば、靴は――二つ並んでいる。

 茜のつっかけと、もう一つ。

 それは藤堂の靴だった。白いスニーカーだ。それが、綺麗にそろえられておいてある。


 当初こそ何かを思っていたはずなのだが、今ではもうドキドキしなくなった。だってそこにそれが並んでいても、俺には関係がないから。

 教室にあれだけの生徒が居ても落ち着けるように。耳をイヤホンでふさぎ、目をスマホに集中させ情報を遮断していれば、俺には関係がないと断定できるように。


 俺には、余裕が生まれていた。

 だがやっぱり俺は――黒木陽は気が付くべきだった。

 茜の部屋が、俺の部屋と、対角線上にある部屋のため、隠れようと思えば余裕で隠れられるとはいえ――藤堂が俺と一つ屋根のしたに存在しているという異常事態に身構えるべきだった。


 やはり『ただいま』に反応はなく、俺は玄関口で靴を脱ぎはじめていた。手を伸ばせばすぐに脱げるのだろうが、黒猫人形とヘルメットを持っているためどうもやりづらく、少々まごついていた。


 そのとき――ドアの開く音。


 いつもなら警戒する――いやここは俺の家だ。警戒なんてそもそもしない。

 するべきは、藤堂真白が部屋にいるという事実の認識だったが、それも消えていた。

 だから、俺は顔すらあげずに、靴と格闘していた。


「あ、黒木がいる。当たり前か。でも、なんか、うけるね」


 藤堂の声だ。

 茜の部屋から出てきたのは、藤堂だったらしい。

 うけるとは何事か。

 ここは俺の家である。


「俺の――」


 俺の家なのだから当たり前だろうが――そう返そうとして、ふっと視線をあげた。

 下げていた視線を前方に定めた。


 時が止まった。


 そこにいたのは藤堂だ。藤堂真白だ。間違いない。

 初日に見た変装用の衣服ににている、動きやすそうなスポーティーな服選び。

 下は、タイツなどといったら怒られそうな、なんだかセレブが来てそうなサラサラした黒い生地の……やっぱりタイツとしかいえないような、それ。

 上は、サイズを間違えてかってないか?、と指摘したらやっぱり怒られそうな、ジッパー付きの青いシンプルなロゴの入ったパーカー。

 

 青と黒、そして白い肌と金色の髪。

 藤堂によく似合っている。

 

 だが俺が目を離せなかったのは、イチョウ色の髪が彩る――顔。

 その中の、二つの色だ。


 俺が気が付いた違和感はまず、藤堂が眼鏡をかけているということ。

 変装時はマスクしかしていなかったが、今はマスクをしていない代わりに、黒ぶち眼鏡をかけている。死んだ爺ちゃんの眼鏡と同じだ、といったらやっぱり怒られそうなそれは、クラシカルながらも、派手めな藤堂に良く似合っていた。銃口の発射炎を抑えるフラッシュハイダーのように、藤堂の爆発するような魅力を落ち着かせていた。


 そして、それだ。

 二つの色だ。

 その黒メガネのフレームが囲う、二つの瞳の話だ。


 青い、のだ。

 瞳の色が、青いのだ。

 俺が知っている藤堂真白の瞳は、若干、茶色味が強い暗い色のものだった。

 それが今は、青い。つきぬけるように明るい。

 まるで曇天の隙間からぽっかりと覗く、空のように。

 それは台風の目のように、芸術的とも思える、まあるい青だった。


 藤堂は、先ほどの言葉で、俺に挨拶をしたつもりなのだろう。

 なのに俺の動きがとまったせいで、眉をひそめた。


「な、なに……ていうか、そんなに見つめられると……ちょっと、いや」

「お、俺は、見つめて――」


 ない、と言おうとして、それがただの嘘であることを悟る。

 事実俺は、その二つの瞳から目を離せず、あろうことか無言で藤堂を見つめていた。そうすればそれが手に入るかのように、視点を合わせて決定ボタンを長押ししていた。


「――いや、その、それが、あれだ」


 俺は『どう表現すれば相手に失礼がないのか』という議題を解決できないまま、藤堂の瞳を示唆した。アゴや視線を動かしてなんとか、意思を伝えようとする。


 藤堂は首をひねっていたが、すぐに『あ、』と呟いた。

 両手を眼鏡に添える。


「ああ、そうか、黒木に見せるのは初めてだったよね。眼鏡モード」

「お、おう……?」


 モード?――と内心で首をかしげる俺のことなど気にせず、藤堂は宝石みたいな青色をはめた右目を、眼鏡のしたから持ち上げるように指さした。

 ぷっくりとふくらんでいる涙袋ごと、目が少し、もちあげられた。


「これ、あたしの、本当の目の色。よろしく」

「そ、そうなのか? カラコンとかじゃなくて……」

「カラコンはいつも入れてるほう」


 つまり、青色が本物。

 茶色がカラコンということか。


「茶色の?」

「度付きの」

「そ、そうだったのか」

「うん。別に、隠すことじゃないんだけどね」

「髪の毛は……」

「これは地毛。こっちはほら、今の時代、どうとでも理解されるでしょ? ギャルなんだねー、ぐらいで終わりじゃん」

「まあ……、そうかも」


 黒い髪の毛だから、『陰キャだね』なんて言われない気もするが、まあいい。

 藤堂は、髪の毛を人差し指で絡め取るように、いじった。


「でも、経験上、瞳の色は変えてるんだ。面倒くさいこと、多いから」

「そ、そうか」


 面倒くさいことってなんだ――そんなことを尋ねる余裕はなくなっていた。それを尋ねれば話が前に進むことも分かっているが、そんなこと聞く余裕など、俺には存在しなかった。

 なぜ今の今までそんな余裕を持っていると〈錯覚していたのか〉すら思い出せないほどの衝撃を俺は受けていた。


 青い瞳――碧眼。

 ようするに藤堂真白は金髪碧眼という、ある意味ではもはや使い古されたといっても過言ではないキャラ属性――しかし現実ではそうそう見られない芸術品のような美しさを保持していたらしい。


 まったく気が付かなかった。

 だが地毛だというイチョウ色の髪を思えば瞳の色だって、そうである可能性は大いに連想できたはずだ。


 思いこみ――自分はすでにゲームが強いという思い込み。

 錯覚による余裕は、俺の立っていた〈自信〉という舞台を粉々にくだいた。


 ああ、これか――そう思わせるような鼓動。

 首をしめられてなどいないのに、不可視の手によって酸素のとりこみを阻害されているような息苦しさ。

 何を話せば正解なのか。

 何を話せば傷つけないのか――そう。その青い二つの瞳は、俺なんかが触れてしまえば一瞬で割れてしまいそうなほどの美しさをたたえていた。宝石なんて、確固たるものには考えられない。それはまるでシャボン玉のように、次の瞬間には消えてしまいそうな、そんな儚さを感じた。それを藤堂は、当たり前のように手で包み込んでいた。

 俺がそんなことをしてしまったら、手をふたたび開くことなんてできない。割れてしまった現実を直視する勇気などないからだ。


 俺がかける言葉を見失い、余裕すらなくして目を白黒している姿をどう捉えたのだろうか。

 藤堂は、すこし表情を硬くした。


「どしたの、黒木……まさか、わたしの目、へんとか、思ってる?」

「は?」


 変?

 まさか!

 この色を変だという奴がいるのであれば、俺はそいつの頭を疑おう。疑うどころではなく、殴ってやってもいい。……闇夜に紛れて、逃げるけど。


「『は?』って。言い方、こわいね……」

「あ、いや、そういうことではない!」

「じゃあ、なんか、言ってよ。……感想」

「か、感想!?」


 俺は読書感想文ですら『おもしろかったと思う』で終わらせたい人間だぞ。面白かったゲームですら『なかなか良い』で満足する人間だぞ。そんな人間に何を求めているのだ。


 だが、藤堂はそんな不安などないようだった。

 意図しない出会いだというのに、何かしらの意図を汲んだ言葉を期待されているような気がする。

 だがそんなこと俺に分かるわけがない。

 罠をよけようとして、罠にはまるような人間性の俺は、だから思ったことを口にするしかないのだろう。

 

だから言った。

 

「しょぼんだま、みたいでキレイだとおもう」

「しょぼんだま?」


 や、やべえ。めちゃくちゃ残念な感じの玉が生まれてしまった。

 俺はヘルメットと黒猫をかかげて、否定する。


「しゃ、しゃぼんだま! しゃぼんだま見たいで、きれいだ!」

「シャボン玉みたい?」


 藤堂は口のなかで、飴玉のように言葉をころがすと、かみ砕いたのか呑み込んだのかはしらないが、一息に俺の思いをくみ取ったらしい。


「なかなか良い表現だ」

「お、おう」

「はじめて言われたよ」

「お、おう」

「しょぼんだま」

「それは無かったことにしてくれ」


 本当になかったことにしてくれ……。

 俺の手の中でぐったりとしている黒猫の人形が、他人に見えなくなっていた。


 だが黒猫も俺もげんなりするぐらいには、まだこの話は続く。

 さらなる人間関係の発展をはらみながら。

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