第38話 1クレジット

 よくよく考えると、なぜ我が家に藤堂真白が来るなんてことを、自分の誇大妄想で自分を圧殺するような俺が、数秒の判断でため息一つと共に了承できたかといえば、様々なことにおいて、俺が表立って関わることはないと理解していたからなのかもしれない。


 たとえば、我が家までの道のりをみてもそれは理解できる。ちなみに目的地はお互いに、黒木家ということになる。最終到達地点が、俺は俺の部屋、藤堂は茜の部屋というだけの違い。

 であるが、俺と藤堂の動きは全くの別物となる。

 秘密基地からの出立を前に、藤堂はこう言った。


「黒木と一緒に歩いていると、万が一という事もある」

「万が一」

「億が一でもいいけど」

「億が一」

「なんで繰り返すの?」

「わ、わからん」


 あの日の再来のような会話をして、出た結論。


「だれに見られる分からないし、見られたら作戦は終わり」


 まあ、たしかに、藤堂が俺の家に来ていれば、どう考えても俺の部屋にきていると思われるだろう。


「だから黒木、先に出てくれていいよ。わたしは、あとから行く。変装グッズも持ってきたんだ」

「変装グッズ……」


 かかげる荷物にはおそらく、課金しまくったようなアクセントしかみられない藤堂真白のアバターを無課金っぽくみせる何かが入っているのだろう。


「うん。だから、わたし、着替えてから出て、黒木の家に行くから」

「……おう」

「とはいっても、茜ちゃんのところだから、黒木の部屋じゃない。これ大事です」

「お、おう」

「男とは遊ばない。約束」

「……はい」


 なんだかその言い方に、様々な深みを感じてしまうのは俺が邪な人間だからだろうか。そうでないことを願うが、そうであっても俺は俺なので致し方ない。


 さて。

 そういわけで俺は、RPGでいうところの、待機所送りになった。

 あんなに一緒に旅をした仲だというのに、めちゃくちゃ強い仲間ができた途端、馬車などの待機場所に押し込まれるゲームキャラクターの気持ちを理解した気分になりながら、俺は一人学校を去った。


 一人でとぼとぼと帰路につく。

 実に、普通だった。

 俺らしい。

 実に、当たり前の行動であった。


 ようするに、そういうことなのだ。

 俺がこの計画において重要であるのは、おそらく衛生兵として両親に色々と説明をしたり、何かあったときのための緩衝材になるくらいであり、そのほかの――部屋に読んだり、ゲームを教えたりなんていうことは、茜が担当するのだから、俺は焦る必要なんてなかったのだ。


 ゲームの主人公の幼馴染。もしくはそれに近い存在。

 なんだか仲間になってくれそうだ。だが、二分の一くらいの確立で、最初に死ぬか、チュートリアルを終えたら主人公に向かって『俺は村に残るよ、お前も頑張れよ』的な発言をしてフェードアウトしていく気がする。

 初期の村の特別な二人。

 ようは、必ずしも活躍が約束されているポジションなんてもの、主人公以外には確約されていないってことだ。そして俺は主人公ではないし、活躍もしない。

 だから今日はまったく消化されなかったお菓子をぶらさげながら、俺は思うのだ。


「このお菓子、茜にやるか……」


 うん。

 実に普通だ。

 パーティー慣れしていない、非パリピによる過剰な買い込み――実に俺らしい。


 俺らしさ――悩んで、失敗して、ひきこもる。

 なんだか数日間、出会う機会がなかった気がする俺の姿。

 誕生日パーティーあたりから俺はさほど深く悩まなくなっているのは、その実、それらすべてで俺が矢面に立つような悩みが生まれなかったからなのだろう。


 家族という隠れ蓑のおかげで、俺はうまく空から降ってくる遠距離攻撃を防ぐことができているのだ。強いプレイヤーとマッチングしたオンラインゲームのように、いつもと同じ行動をしながらも、あっけなく優勝することができるように、俺は今、悩む必要性がなくなっていたのだ。


 だが――そうは問屋がおろさない。

『普通』なんて、そんな曖昧な線引き、藤堂真白には用意されていなかった。

 そんなこと当たり前で、じつに普通なことなのだ。


 だから俺が悩まなくていいなんてこと――これも普通に、当たり前のように否定された。

 それは、携帯ゲーム機の充電を怠るようなものだ。黒木陽とは悩むことで酸素を取り込むような生命体なのだ。俺がこんなにのうのうと、美少女が家にくるというのに、へらへらとお菓子の処理方法を考えていられるわけがないのだ。


 大型連休は続いていたが――俺の人生の小休止みたいなものは終わったのだ。

 きっかけは一度。それによる変化も一度。

 どちらもじつに悩ましいものだった。それこそ逃げてーほどに。


   ◇


 そもそも俺が藤堂真白なんていうヒエラルキートップの女王とまともに面と向かって話せていること自体がおかしい。そこに気が付くべきなのに、俺はいつも、忘れてしまう。

 いや、気が付いているはずなのに、藤堂を前にすると、甘い香りの花を前にしたかのように、俺の思考力は下がり、何かを変える前に、新しい問題が生まれてしまう。


 交流を始めて、連休あたりで、おおよそ一か月。

 新しく始めたオンラインゲームならそろそろ色んなことが見えてくるタイミングだ。露店の値段の平均値、挨拶の仕方や礼儀の作法、システム上のショートカット機能。メインストーリーとは異なるサブストーリーなんかを楽しむ余裕だって、生まれてくるだろう。


 余裕。

 そう、余裕だ。


 人間が苦手な俺からすれば、やはりすべての交際は〈余裕〉というものに帰結する。自分は強い、かっこいい、かわいい、ここにいるべき存在、いてよい存在、友達から認められている――そういった思いが余裕を生み、そういった環境がパリピを生む。俺はそう信じている。その余裕が虚実入り乱れたものだとしても、本人が信じていればそれが真実だ。


 だから、日々の俺は余裕がないということになる。

 余裕がないから、人を避けるということである。

 ではそういう人間はどうやって余裕を生み出すのかと言えば、これすなわち〈情報の遮断〉だ。


 目をふさぐ、耳をふさぐ、口をふさぐ――見ず、聞かず、話さずの精神で、情報をシャットダウンすれば、あらたなログがたまることはない。ログがたまらないということは、落ち着いて、余裕をもって、今現れているシステムメッセージを何回も読むことができる。

 

 陽キャなんて、国語辞典を斜め読みしながらコミュニケーションを図ってくるようなやつらばっかりだからな。俺達、余裕がない民からすりゃ、もっと一ページ一ページに時間を割かせてほしいわけだ。それをあいつらは〈△〉の上から否定してくるのだから、タチがわりいっていう話である。


 で、余裕の話。

 つまるところ、俺は藤堂真白に慣れていたのだろう。

 慣れというのは、余裕が生むための重要なポイントだ。


 シューティングゲームの初心者は、最初、敵とかち合うと、高確率で肩に力がはいり、いままで自然にできていた操作ができなくなり、結局、照準が合わないままライトマシンガンの弾を撃ち尽くす。あたふたしてリロードなんかをし始めて、上級者にタンタンと頭を撃たれてはい終了。

 だが、これを何十回、何百回と繰り返していると、いつの間にか、慣れてくる。見慣れてくる。やり慣れてくる。そして余裕が生まれてくる。すると肩から力が抜けてくる。あんなにできなかった照準合わせ――エイムがあってくる。

 すると弾は自然とあたり、敵を先にノックダウンできるのだ。

 きっとパリピは生まれながらにこれをしているか、生まれてからこれをしてきたのだろう。現実世界で、人の心にエイムを合わせてきたのだ。だからあんなに上手く生きられるのだろう。俺は逃げ回っていただけだから、敵と出会うと、いまだに肩に力が入ってしまうのだ。もちろんゲーム以外の現実で。


 だが注意も必要だ。

 余裕は、一つの弊害を生む。

 思い上がり、思い込み――そんな負の余裕だ。


 ストレスがなくなると、人は成長を止める。勝ち始めると、それが正解だと認識しはじめてしまう。

 自分よりはるかに高みに位置する場所で戦っている人間との関係性を理解しないでいると――肩の力を抜いてくれていたはずの余裕が、そのまま自分を地面へとめり込ませてくる。

 自分が今までやっていたことは、トップ層のプレイヤーからしたら、ただのチュートリアルだったのだ、と悟ったときのゼツボウ感といったら、ない。

 余裕があるはずなのに、その閾値がせまくなり、今まで通りじゃいかなくなる。そうなると、もうダメだ。今まで以上に事態は悪化し、肩の力が抜けていることも良く作用せず、勝てない事実だけが重くのしかかってくる。


 まあ、そうは言っても、ゲームをうまくなりたいのなら、そこからの上達こそがゲームの本番・醍醐味なのだって話でもある。

 では人生は?――いや、俺は人生がうまくなりたいなんて思ってないのだが……残念ながら、コインを入れてしまったゲームには1クレジットがしっかりと刻まれる。

 俺がどんなに否定をしても、コインを入れたものの義務としてゲームはプレイしなければならないのだ。

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