第35話 一秒後

 親父が一歳、年齢を重ねたからといって、親父の育てているゲームのキャラクターが強くなるわけではない。


 同様に、黒木家のパーティーに藤堂を呼んだからといって、俺の社交レベルがあがるかといえば、それは実に不確かなものだった。


 あの夜は、戦いながら逃げているような――攻めているのか守っているのか、まるでわからないゲームをしていたように思う。

 それも一人用モードで。

 オフラインモードで挑んでいたイメージがどうしてもぬぐえない。


 俺は藤堂を誘っておきながらも、最後の最後で見送りに向かわなかった。

 もちろんリビングで別れの挨拶をしたのだから、表面上は問題はない。

 だが、これは俺がスタートさせたゲームであるのだから、片付けだって、俺がすべきなのだろう。最後に立っていたのは俺の両親だった。


 しかし、わずかながら、光明があるとすれば、藤堂側も前衛のタンク役をになったのは父親であるという点だ。

 実際に見ていないくせにこんなことをいう時点でアレだというのは、重々承知しているが、それでもいわせてもらえば、藤堂も前衛は父にまかせて、後衛で回復役か遠距離攻撃役に甘んじていたはずなのだ。


 そもそも藤堂は何を考えて帰宅したのだろうか。

 俺はいつもバカみたいに悩んでいる。


 では藤堂は?


 藤堂は何に思考を割いているのだろうか。

 藤堂のレベルは一体どうなったのだろうか。

 俺の親父のキャラクターの強さがかわらないように、俺のリアルの社交性が高まらないように、藤堂も不可視のなにかに、停滞を感じているのだろうか。


 繰り返しになるが、俺はあの夜、オンラインゲームを買ったくせに、わざわざオフラインモードで遊んでいた。『上手くなったら対人戦をするのだ』と口にしながらも、実のところそんな日は来ないだろうという予感をもってログインを避けていた。

 そもそも――そもそも人間にとってのオンラインとはどのような状態をさすのか。

 仮にオンラインを図に起こした場合、それが点と点が線でつなげることだとするのならば、人間のそれは、自分以外の他人に偽らず、素直に、あるがままの自分を見せ、恒常的に人と付き合うことがオンライン状態といえるのだろうか。


 なんだろうか、それは。

 知人? 友達? 親友? 仲間?――もしくは彼氏、彼女、家族。


 はたして答えがどうなのかは分からないが、気を付けなければならないのは、オンラインモード――つまりネットワーク接続というものは、利点ばかりではないということだ。


 同期。

 いかなる手段であろうとも、一本のラインで繋がれたハードは、いやがおうにも同期を求められる。かりに逃げられたとしても、それはいつしか接続上のエラーを呼ぶだろう。


 そして、ウイルス。

 たった一台が感染しただけで、そのネットワーク上の端末すべてに感染のリスクが発生する。


 機械ならまだ。いい。

 壊れたら買い直せば、いい。

 嫌な話、金さえあれば、何度でもやりなおせる。

 漏洩による社会的な信頼の失墜ですら、時間経過とよばれる魔法の言葉が、事実をゆっくりと風化させてくれる。


 だがこの話は比喩だ。

 俺は今、人間の話をしている。

 かりにネットワークが人の関係性だとして。

 ウイルスというものが、その名のとおりの病原菌ではなく、人間を病ませる精神的な何かだとして。


 人間関係のネットワークに『なにか』がまざれば、それは白紙に垂れた墨汁のように、保たれていた均衡を破壊するのだろう。

 問題のない人のネットワークに、問題のある人という端末がつながるだけで、崩壊の序章は始まるのだろう。


 注意一瞬、怪我一生――以前に考えたことが、ここでもいえる。

 ちょっとしたラインの提供。同期、接続、ふとした接触――からの、ウイルス侵入、そして、崩壊。

 残念ながら俺たち人間にはウイルス対策ソフトなんて便利なもの、一切、用意なんてされてなんかいねーのだ。


 だから俺たちはオフラインモードを選びがちになるのだろう。これはいわば人の精神による防衛本能。家族の意見をかんがみるに、少なくとも俺の拒否反応は、そういった類なのだと思う。

 ……多分。


 そして、本題。

 藤堂と俺との二人だけで構築されていたネットワークに、いきなり、何人もの参加者が現れたという事実。


『このネットワーク上の他の端末が、あなたの端末を検出できるようにしますか?』――そんなご親切な案内は俺の人生にはあらわれない。人間のネットワークにシステムメッセージなんて現れない。

 だから俺の存在は、藤堂とのラインに繋がった他の人間に、バレる。検出されてしまう。逃げることはできず、場合によってはストレージの中身まで見られる。

 

 まあいい。

 そうはいっても俺たちは人間だ。

 そう都合よく、ポンポンと頭のなかを覗かれてたまるかという話。

 人間と機械を同列で考えること自体、ナンセンス――だが、残念なことに、人間と機械にだって共通概念はある。


 ウイルスみたいな<なにか>だけは、確実に存在しているのである。

 それは確実に、俺達の関係性を壊す。壊してくる。

 まるでトロイの木馬のように、害がないような姿かたちをして、ネットワークに侵入してくる。


 たとえばそれは、藤堂の家族の形をしていたりも――。


   ◇


 いつのまにか突入していた長期休暇・ゴールデンウィークは、さりげなくしかけられた平日・木曜日の妨害によって、その連鎖をあっけなく止めた。


 これがパズルゲームであれば、反撃をくらってゲームオーバーとなっているところだが、これはパズルゲームではないし、いくら連鎖をつなげたところで、このゲームに終わりはない。もちろん日々の連鎖に、『いっけー、三連鎖!』なんていうボイスががつくわけもなく、人生の抑揚は自分で作りださなきゃいけないのだ。


 朝の教室。

 長期休暇の中日だけあって、かなりだらけた雰囲気が蔓延している。あろうことか教師までホームルーム開始時間を1分過ぎても、やってくる気配がなかった。実際、今日は授業も軽い構成になっている。


『1日だけガッコー来いとか、マジだるいよねー』

『とかいって、来てるだけ、うちら、えらくね? てか、うちのクラス全員きてんの、まじうける』

『たしかに。隣のクラス、やばかったよ。半分くらい居なかった』

『盛ってるでしょ、それー』


 俺の席の後ろに広がる別世界。転生してねーのに、なぜか魔法みたいな言葉が飛び交う異世界。今日も今日とてギャル集団は言葉の壁を作り出していた。創作世界ならあっけなく手に入る共通語は、現実では死ぬまで手に入らないこともある。


 それにしても――異文化でもなんでも構わないから、せめて俺の背後に立たないで欲しい。

 いつもなら平気だったはずの位置関係が、今日はなんだかそわそわする。特に俺をネタにされているわけでも、アプリ一覧とホーム画面を先ほどから意味もなく行き来しているだけのスマホの画面を見られているわけでもないのだが、それでもなんだか、そわそわする。


 まあ、原因はわかっているんだけど。

 多分だが。

 これは、藤堂のせいだ……と思う。


 ゴールデンウィークの中日、木曜日。

 休めばよかったと気づいたのは、はずかしながら、ホームルーム前にギャルグループの会話を耳にしてからだ。そこで初めて俺は、『そうだ、なにをしているんだ、今までの俺なら無条件で休んでいたじゃないか』とゼツボウした。

 失敗していたことにすら気が付かずにスタートし、そのまま失敗を完走してしまうレースほど、自分がみじめになることはない。


 にいには最近、おかしい――相手にしなかった、茜の言葉。これからはよくよく考えてみたほうがよいようだ。たしかに最近、俺は何かがおかしい。

 今までの俺を取り戻さなければ、もしかしたら俺は黒木陽ではなくなってしまうかもしれない。朝から重い思いが肩に乗っかる。

 スマホの画面をきって迷走――ではなく瞑想しようとしたところで、ポコン♪、とスマホが鳴動した。


 背後に藤堂の気配。さりげなく伺い見るが、やつはスマホをいじり続けているようにみえる。メッセージを送り終えたらスマホをしまいそうなものだが。


 では、メッセージの相手は茜だろうか?

 スマホを見れば、画面には『マシロ』の三文字。


 なんだよ、やっぱりお前かよ――再び見るが、藤堂はやはりスマホをいじり続けている。

 が、いやまあ、よく考えれば、メッセージ送ったあとに、別の誰かにメッセージを送ったり、アプリを開いたり、調べものをすればそういう挙動になるか。

 俺のように連絡する相手がすくないと、ローグライクゲームみたいに、一ターン一行動になるのだが、奴がやっているゲームはリアルタイムストラテジーに違いないのだ。


 さて。

 藤堂には、こちらを見る気配すら感じられないが、俺からはその気配しかなかったらしい。

 そりゃそうだ。ちらちら振り返っていれば、気が付かないわけがない。スナイパーライフルを構えてちらちら頭を出してスコープを覗いてれば、いやでもヘッドショットされる。


 だからギャルグループの一人が『なんか、うちらめっちゃ見られてるんですけど』などと、笑いはじめるのは当たり前の反応であったし、俺が勢いよく前を向いて、下に視線を向けるという回避行動をとるのも、至極自然なことだった。


 そう、だからこれは不可避の未来で、俺は失敗などしていない――ポコンポコン♪、と着信音。


 逃げるようにスマホを見れば、通知は3件。


二分前。

『マシロ:今日、放課後、話す時間ある?』


すこし前。

『マシロ:ちょっと! いちいちこっち見てたら、意味ないでしょ!  せっかく黒木に気をつかって、話しかけないであげてるのにー!』

『マシロ:スタンプ(おばかー!)』


 ……っく。

 すげえ気をつかってもらっていたのに、俺はそれを真っ正面から切り捨ててしまったようだ。不可避の未来どころか、未来へのルートを作り出したのは俺自身だった。


 だが、藤堂はやはりヒエラルキートップの女王であった。

 俺の動きに反応したギャルに、藤堂はすぐさま別の話題をふって、俺への興味を失わせることに成功している。滅茶苦茶自然でいて、効果的。退避する時に投げる、おとりのスモークグレネードみたいな奴だ。いや、そんなこといったら殴られるだろうけど。


 俺はなんだか情けない思いをしながらも、せめて助けてもらった思いに答えるべく、よくよく考えて返信した。

 これ以上の失態は重ねられない。


『ヨウ:時間、あるぞ。また、なんか起きたのか?』


 ビビっているような文面。ああ、なんて情けないのだろうか――気がついたのは送信してから一秒後のことだった。

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