第34話 Family

 ――『でもさ』と茜は続けた。


『ん?』

『あの人は、にいに、無理だと思うな―』

『は? なにが、無理なんだ』

『仮に奇跡が起きたとしてもさ。にいにの、初めての彼女にあの人は、やばいでしょ』

『その心配は不要だ』


 そんなことにはならない。


『告白するだけでも、同じことだけど』

『その心配も不要だ』


 そんなことにもならない。


『にいに。振られたときのダメージもちゃんと込みにして、ヒットポイント計算してる? 相手はバフもち、にいにはデバフもち。クリティカルきたら一撃だよ』

『だから、そういうのじゃねえから』

『だから、そういうのじゃねえから――だって。ま、いいけどね』


 茜は肩をすくめると、興味がなさそうにゲーム機からソフトを抜いて、パッケージに戻した。次のゲームを選定し始める。

 俺はそこまで興味をなくすことができずに、食い下がってしまった。


『よくねえよ』

『よいんだよ。だって、さすがのさすがに、にいにが男として相手にされるわけないでしょ? わたし知ってるよ。あのレベルの人は、男とか女とかじゃなくて、〈人間〉として我々を見るんだよ。でしょ?』

『……それで、よいです』


 見事に撃退されてしまった。

 シューティングゲームの基本は突っ込みすぎないこと。人生も同じらしい。

 茜は小さく首を振るが、その姿は楽しそうにも、呆れているようにも見え、真意が手に取るようには分からなかった。兄妹なのに。

 

『ですよねえ――あ、真白さん、おかえりなさいー。次、どれやる?』


 藤堂が帰ってきたことにより終わったことの話題が、またどこかでぶり返さないことを願う。二人が笑い合ってレースゲームを始めたのを見て、反論は呑み込んだけども。ていうかちゃっかり、名前で呼び合っているとは、なんだか、こっちのほうが本当の姉妹みたいだ。まあ、いいけど、別に。


 ただ茜もだんだん、本心が分からなくなってきたなあと、その時は心から思った。ぼんやり感じてはいたけど、今日ほど強く感じたことはない。

 昔は『おにいちゃん、まって』と、後ろについてくるだけだったのに、今じゃあ、俺が背中を追っているようにも思える。


 そして同時に――何か俺がとらえきれない大きな気持ちを、茜は隠しているのではないか、なんて勘ぐってもいる俺も居るのだった。


 誰もかれもがご存知の通り、俺はヘタレである。怖くなると、すぐに解決したい衝動にかられる。

 茜の真意――そんな言葉に、若干の恐れを抱いた俺は、裏技を使うことにした。対人戦でそんなものをつかったら、フレンド解除でもされそうなものだが、茜はフレンドではない。ファミリーである。だから解除されることはないだろう。


 だから俺は裏技を使った。

 キッチンに立つ母に質問をしたのだ。


『あ、陽、ちょうどいい。この大皿、茜と真白ちゃんのとこ、持ってって』


 母は追加のおつまみを作っていたようだ。我が家は習慣的な酒飲みは居ないが、ゲームの時に便利なため、おつまみ作成の機会はかなり多い。手を汚さずに、次のゲーム・イベントが始まるまでに食べられるものというのは、市販で済ませようとすると、意外とバリエーションが少なく飽きてしまうらしい。


 俺は漫然と手を差し出しながら、口を主体的に動かした。


『ねえ、母さん。茜、無理して藤堂と遊んでんのかな』

『はあ?』

『いや、だから、俺が、勝手に藤堂連れてきたら、何か反応すると思ったんだけど……』

『……はあ』


 母はため息とも疑問ともつかぬ声をだしたあと、クラッカーの乗った大皿を差し出していた手を止めた。


『あのね、陽、一つ言っておくけど』

『は、はい』


 俺の目を見る母は、少し威圧的だった。


『あんたがこうして異性の友達つれてきて――いや、仮にそれが彼女でもいいけど……まあ、そんなことありえない気もするけど、まあどちらにせよ、それで、なに……、茜や私たちが過剰反応して、口論の一つでも起きると思ったの?』


 母の思わぬ強い語調により、俺は若干引き気味にコクコクと頷いてしまった。


『可能性としては……』


『可能性としては……、じゃないの。あんた、何を心配してんの。私たちは、信頼関係第一の人間社会を生きているんだよ? ドタバタ上等のホームコメディドラマのキャラクターじゃないんだから、シーンごとに事実がリセットされるわけじゃないの。もし家が爆発したら、次の日には家なきファミリーになるわけ。わかる? 現実的な表現は、現実において必然的に現れる。魚は飛ばないし、鳥は泳がない。それが人生という名の檻なの――ほら、クラッカー、持ってって』


『う、うん……?』

『ったくもう、我が子ながら、本当に手探り状態の人生ね。でも半分はお父さんの血だし、仕方ないか。お父さん、いまだに目隠しして歩いてるようなものだし』


 すでに母は次のおつまみ作成にうつっていた。今度は大人用らしい。手際よく材料を並べる母は、すでに俺など旅立ったかのように、淡々と小さな声で言葉を並べた。だが、それは間違いなく俺へと向けられたものだった。


『お父さんにはこう言ったっけ――名探偵に会いたいなら、推理小説でも読んでなさいって。あんたのたとえはゲームにすべきだったか。まあいいや、ほら、はやく追加の料理もってけ、おバカ息子。楽して、進もうとするんじゃないよ』


 おう、とも、うん、ともつかぬ言葉を俺は返すと、すごすごとその場を退散した。なんだか一方的にターンを奪われた感じだ。

 母の言葉は実に作家らしい表現だったが、言われていることはなんとなくわかったし、なんとなくわからなくもあった。ようするに母の言葉を借りれば暗中模索だった。

 そして裏技を使用したことは、茜にはばれなかったが、母にはばれてしまったようだ。さすがマザー。色々なものを制御するのはお手の物らしい。それは確実に理解できていた。


   ◇


 現実と記憶が交互によみがえる。

 暗闇の中を、時間が交錯していく。

 どちらが現実なのか、何に固執して過去から抜け出せないのかが、本人でさえ分からなくなっていく。


「……ああ、なんだか、めんどくせえ」


 起きるのがこうも面倒くさいのはなぜだろうか。

 起きたらまるで、今までのことが全て嘘にでもなってしまうかのように、感じているのだろうか。

 それとも、起きてしまったが最後、何かが起動してしまうとでも恐怖しているのだろうか。


   ◇


 結局、藤堂は夜遅くまで我が家で遊んだ後、帰っていった。いや、正確には帰らざるを得なかったというところか。


 これはパーティが開催された時点で確定していた未来だった。

 父および母が藤堂の家に連絡をした時点で決まっていたことである。


 藤堂には迎えが用意されていたのだ。

 父親の運転する車で帰ることになっていた。


 父親、というのは黒木家の暗中模索の人のことではない。藤堂の父親のことだ。

 どうやら仕事帰りに遠回りをして、我が家の前を通ることになったようだ。藤堂のお父さんはこんなに夜遅くまで仕事をしているということらしい。


 というわけで、終わりの時は、必然的にやってきた。

 我が家の敷地はじいちゃんが元々、農業を営んでいたということもあって、市街地にありながらも、意外と広い。家の前にはちょっとした駐車スペースがあるほどだ。雨がふると泥だらけになるような庭だが、駐車場としては優秀だろう。


 あらかじめ聞き及んでいたのかは知らないが、藤堂の父親のものと思われる車は、黒木家の敷地内にするりと入ってきた。ライトがカーテンを照らしたから、すぐに分かる。


『あ、終わりだね』


 藤堂がぽつりとつぶやいた言葉には、意外なことに悲壮感は感じられなかった。まるで楽しかったゲームが、意図せぬところでエンディングを迎えたような意外さはあったようだが、それ以上のものは感じられなかった。


 藤堂は、淡々と荷物を集めると、至極、当たり前の反応を並べ立てて、玄関へ向かった。


 玄関口で黒木家の両親と藤堂の父親とが何かのやりとりをしていたのをリビングで聞いていた。

 なんでこういうときって、子供である俺らは近づきがたい空気になるんだろうな。遊んでいるのは俺達子供のはずなのに、別れのときには、どこか別の世界が広がる。まるで親同士が家の探りあいをしているように、我が子のことを袋にいれて持ち帰るみたいな空気になる。


 リビングで別れの挨拶を交わした俺は、藤堂を視線で追いかけるだけにとどめ、ソファに寝転んでいた。

 茜に『見送りに行かないの?』と促されていた――いや、実際には視線でそんなようなことを訴えかけられている気持ちになっただけだったが、俺は徹底的に気づかないふりをした。耳は玄関の方に向きまくっているくせに。


 自慢じゃないが、俺は黒木陽である。

 何かを動かした気になって藤堂をパーティに誘い、結果的に家族ぐるみで手助けをしてもらった黒木陽である。

 何かが変えたようでいて、実際はなにも変えられていない人間だ。


 あんな、玄関口でのお呼びじゃない空気に平気な顔をして突撃できるのであれば、そもそも藤堂を親父の誕生日パーティになんて呼んじゃいねーって話だ。もっとかっこよく、解決しているさ。


 ふとアイドリング中の車の音が耳につき、カーテンの隙間に指を入れて、広げた。

 暗闇の中に、一台の車。藤堂の親父の車だ。

 やけに高そうな外車だった。いや、『そう』ではない。あれは高い。そこらへんで見るような生半可な外車ではない。レースゲームで無駄に知識のある俺の脳が、今は少しうるさかった。

 

 しかし、そうか。

 なんとなくそんな気はしていたが、藤堂の家はかなりの大金持ちみたいである。

 つまり、奴はお嬢様ということだ。


『ま、そりゃそうか……』


 外車を見て確信するというのもなかなか典型的すぎるが、その典型例にはまってしまうぐらいには、俺はやはり藤堂のことを何も知らないようだった。


 知っていることといえば、同年代で、モデルで、一人娘で、PCゲームに興味がある――それだけ。そこに新しくお嬢様で、お金持ち、と加わるぐらい。


 母の言う通り、現実なんてそんなものかもしれない。

 それこそ藤堂を誕生日パーティに呼んだときには、絶対に言われるだろうと覚悟していた言葉の数々は、その片鱗さえ見せずに消えていった。


『黒木の部屋、見せてよ』

『黒木の部屋で、ゲームしようよ』

『ねえ、黒木、二人だけで遊ぼうよ』


 そんなもん、藤堂は一つたりとも口にしなかった。

 買わなくていいといっても選んできたプレゼントを親父に渡して、手伝わなくていいといってもおふくろの手伝いをして、口を挟めないうちに茜とアプリのIDを交換して――俺を含めた、俺の家族と一緒に家庭用ゲーム機やボードゲームをして、数時間を過ごした。


 うん。

 適応能力のすごさはあるが、ただ、すげえ、普通だ。

 適応能力のすごさを差し引いてみても、おそらく、一般的に求められている行動を中心に構成された時間である。


 藤堂真白、ヒエラルキートップの存在。

 そんな異常であるはずの存在が、すげえ普通の行動をしている。

 まるで大金持ちのお嬢様が、高校生らしいアルバイトを週2でしている感じ。

 間違いじゃない。間違いじゃないがどこか間違っている。そんな違和感。


 少し考えた。

 いや、大分かもしれないが、考えた。


 そして、ああなるほど――と、気がついた。

 そうか――と、俺は気が付けた。


 そんな藤堂の行動の一つ一つが、なんだか俺からすると、巧妙に脚色された藤堂の別の人格に見えたのかもしれない。

 完璧すぎるがゆえに見えぬ、パーソナリティ。

 なんだ、そういうことか。

 どうも藤堂は、俺と二人でゲームをしているときの表情を、他で浮かべることはないらしい。いや、俺が知らないだけかもしれないけど、少なくとも俺の家族には見せていない。


 そして同時に気が付く。

 玄関まで行かない理由。


 親父に迎えにこられた藤堂が、玄関先で浮かべているだろう笑顔。その笑顔が、他人事に見えてしまうかもしれないのが、俺は嫌だったのかもしれない。

 藤堂と、藤堂の父親の関係を俺は知らない。

 仲が良いのか悪いのか――その家族関係を確定してしまうような、藤堂の別人のような笑顔を、俺は見たくなかったのだろう。

 だって、それは、何かが確定してしまうから――。


   ◇


 ――ああ、なるほど。


 俺はベッドからゆっくりと起き上がった。


 時刻を見る。

 まさかの十時半。

 なんと一時間もの間、俺は様々な思考をめぐらせていたらしい。


 だが、それで分かったこともある。気づいてしまったことがある。


 俺は、昨夜、相手にもされなかった自室のパソコンを見た。ディスプレイを見て、キーボードをみて、吊り下げられているヘッドセットを見た。


 そして、スマホを見た。


 ――そうだ。俺は気が付いたからこそ、逆に考えるふりをしていただけなのだ。

 ――学校にいきたくない人間が遠回りをして歩くように。

 ――俺は、思考を迂遠に歩かせていただけなのだ。


 とっくに気が付いていたんだ。

 それを親父のパーティを利用して、忘れようとしていただけなんだ。


 俺は間違いなく、新しいクエスト受注していた。

 それがどんなに嫌な事実だとしても受注欄には確固として存在する。してしまっている。

 たとえパーティに誘ったことが問題にならなかったとしても、残念ながらそれは対岸の火事にはなってくれない。それはまぎれもなく、黒木陽というキャラクターのシステム上に記録されているのだ。

 なぜなら人生には、クエストキャンセルなんていう便利で無敵なリセットボタンは存在しないから。


「……人生、めんどくせえ」


 ああ、ほんと。

 実にめんどくせえと思う。


 だが――それでも認めなければならない。

 覚悟を決めなければならない。

 引くにしろ、進むにしろ、どちらにせよ、俺はこの事実を認識せねばならない。でなければ、俺は、最悪で最低な人間になりさがってしまう。


 藤堂の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 それは昨夜、俺にも向けられていた、個性のないとても美しい”だけ”の笑顔。

 藤堂との思い出が、そんな無機質な笑顔で上塗りされていき――ああ、それだけは絶対に避けなければならない。藤堂の多数の笑顔の中には、失くしちゃいけない種類が、あるのだ。


 だから俺は起床すること決めた。

 何かが起動することを許容し、スマホを片手に、ベッドから這い出ることにした。


 よし。

 認めよう。

 認めなければ、クエストも進行しない。


 事実。

 俺は――藤堂真白の家庭問題に、一歩を踏み入れてしまったのだ。それも土足で。無理やりに。家族が綺麗に掃除をしてくれたけれど、その侵入の事実は消えない。母には怒られるだろう言い方をすれば、黒木家の人間も巻き込んでいるのかもしれない。

 

「ああ……」


 その事実に耐え切れず吐きそうになる自分をも含めて――だが、俺は全てを認めなければならないようだった。


「ああ……、シにてえ」


 だが、死んだら終わりだ。これはゲームではない。残機は常に0状態。最初で最後の挑戦の連続なのだ。

 それぐらい、今の俺にだってわかる。いや、いつもこんなことしか考えていないけど。


   ◇




Chapter Ⅲ

Alternatively,〈Family〉




   ◇

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