第32話 お前だって、そう思うだろ?(Chapter2END)

「もし、もし」と俺の声。

 

 乾いた唇から出てくる、乾いた言葉。


 藤堂は口元に手を当てて、俺の行動を見守っている。少なくとも、手を伸ばして止めに入ってくることはないようだった。

 これが隣り合って行う茜とのゲームであれば、俺の勝手な暴走行動は、蹴りによって制御されているのだろう。

 ――ああ、悪くない。ゲームにたとえれば、今俺がやっていることも、俺自身に説明ができそうだ。肯定されるかは、別として。


『もしもし? あなた、どなた? これ、うちの娘の携帯よね』


 当たり前のように、疑いの声。

 そりゃ当然だ。

 俺が茜に電話して、男がでたら、仰天しすぎて一度切る。

 Aにボイチャをして、めちゃくちゃアニメ声の彼女でもでたら、びびりまくってお祓いにいく。

 

 こうして相手をしてくれるだけ、藤堂の母――芯が通っており、強そうだ。


 うん。そう。その通り。電話の相手は強敵に違いない。

 そりゃそうだ。藤堂の母親だぞ?

 そんなもの、ボスを倒したあとにでてくる、真ボスみたいなもんじゃねーか。

 勝てるわけがない。

 でも、勝ち方は、ある。

 これはゲームじゃない。システム抜けなんていくらでもある。それこそ、ゲームの勝敗判定すら、自分で決めることができる。土下座したって、勝ちになるときは勝ちだ。

 だって、それが人生というものなのだろうから。


 右か左か真ん中か――俺の正面に座るのは、藤堂真白、ひとりだけだ。


「あ、あの、俺、黒木っていいます。同級生の。藤堂さんと、同じクラスの、黒木です」

『ああ……? ああ、なるほど、そうですか……、もしかして、娘、スマホ、教室なんかに置き忘れてます? あら、でも土曜日か、今日……』


 突然の理解度アップ。さすがコミュニケーションの化け物の親玉。

 一瞬で、すべてのピースをつないだ最適解を提示してきた。IQいくつだよ、ってぐらいに頭の回転が速い。だが同時に疑問まで引き連れている。並列処理までできるとは、大人ってのはやはり俺が相手にできるレベルじゃない。


 藤堂の母は勘違いをしている。だが、正解を伝えるには、俺の語彙は少なすぎた。

 そんな相手に、正面からぶつかっても仕方がない。

 申し訳ないのだが、俺は映画の撮影をしているわけではない。尺だとか、盛り上がるシーンだとか、そんなことを気にしている余裕も必要もないのだ。


 最初で最後のチャンスが目の前にあった。


 警戒が一瞬だけほどけた。

 今この時こそ、言葉を並べ立てる好機。

 相手の脳みそに直でベルトコンベアが繋がっているのは今だけだ。話がすすめばいまとは段違いの警戒心が発生するのは間違いがない。理解へのベルトコンベアに俺の言葉が並べまくって出荷させるタイミングは、今以外、存在しないだろう。



 だから、

 俺は、

 一気に、

 言葉を並べ立てる。


 それが、

 藤堂と、

 俺を、

 守るための、

 手段だと信じて――。



「すいません。じつは今日、我が家でパーティがあるんです。家族のパーティなんで、二人きりじゃありません。それに、藤堂さんを誘おうと思うんです。妹にも、絶対にこいといわれていて――だから、今日、ボイストレーニングを休んでもらってまで、申し訳ないんですけど、来てもらうことに決めました。父も母も妹もいるんで、心配しないでください。なんならみんなの写真とって、送りますし、親は酒のまないから、車で送ることもできるんで、大丈夫です。親から電話……はわからないですけど、可能ならさせますから――だから」


 だから。



「――今日だけは、藤堂さんの、ボイトレ、休ませてあげてください。ぜんぶ」


ぜんぶ。


「何もかも、ぜんぶ、俺のせいなんで、すみません。藤堂さんは、逃げてないんで、おねがいします」


『……は? パーティ? あなた、いったい何をいきなり――』

「とりあえず失礼します! また後程!」


 俺は勢いのまま、別れの言葉をつげて、そのまま通話を切った。

 ついでに藤堂には悪いのだが、電源を長押しして、電源まで切らせてもらった。

 我ながらヒドイ。ヒドイ現実逃避の手段である。耳をふさいでむりならば、電源を消してしまえという手段。なんならアカウントを消したっていいぐらいだ。

 だが、今はそうするしかない。今は俺のいさぎよいまでの、現実逃避脳に感謝したっていいぐらいだろう。


「く、黒木?」


 藤堂は、スマホと俺を何度も見返した。


「え、黒木……? なにいってんの?」

「す、すまん。そういうことだから、そういうことだ」

「いや、そういうことって……いわれても……嘘つくにしても、もうすこしまともな――」

「――い、いや嘘じゃないぞ。藤堂には、嘘は、つかせられない」

「嘘じゃないって……?」


 藤堂節がうつってしまった。だが、本当に、それしか思いつかなかった。

 俺はスマホをおずおずと差し出した。

 電源の切れたスマホを手に取って、藤堂はぽつりと言った。


「電源きっちゃったら……これじゃあ、どうにしろ、ゲームもできないけど……」

「いや、どうせパーティ、あるし。リビングで、家庭用ゲーム機でもやってみればいいと思う」

「リビング? えっと、パーティって……口から出まかせじゃないの?」

「いやまあ……パーティってのは、まあ、あるんだよ。うちで」

「は? 何のパーティ?」

「……誕生日パーティ」

「誕生日? 誰の?」


 俺はきっとゲーム内詐欺にかかったかのような、苦しい表情をしていたに違いない。


「……俺の、親父の、誕生日パーティ。誕生日はもう少し先なんだけど、今日、やるんだ」


 そう。

 バカみたいな話だが、我が家は律義に誕生日パーティを行う。たいていは皆が集まる、土曜か日曜。全力で楽しむために、少し早めか、少し遅めのどちらかの休日に一家総出で行うのだ。ついでにいえば、誕生日その当日も、ケーキを食うのだから、うちは相当、何かに飢えているのだろう。


 藤堂は目を白黒させていた。無理もない。

 パーティときいて、まさか親父の誕生日パーティだなんて、誰が考え付くだろうか。

 高校生にもなった男が、お父さんの誕生日パーティ。場合が場合なら俺は穴に隠れている。


「黒木の、誕生日パーティー……?」

「いや、すまん。親父だ」

「黒木の、お父さんの、誕生日、パーティー」


 藤堂は、手品を前にした子供のように、何度も何度もそれを確かめた。

 じきに、表情が変わっていく。

 茫然から、驚き、そして――笑顔へと。


 笑顔。

 それよりも『破顔』と表現したほうがいいかもしれない。

 均衡が破れるような、笑顔。それを藤堂は俺に見せつけるように、顔に張り付けた。


「え、それ、まじなの、黒木」

「大マジだ。だから嘘じゃない」

「うわ」


 藤堂の表情は、かつて見たことがないほどの歓喜に染まっていた。

 まるで人生で一番楽しいものを前にしたかのように、それはもう、ひくぐらいに、満面の笑顔を浮かべていた。


「え、ちょっと、まってまって、すごい面白いよね、これ。なんで、わたし、黒木ならまだしも、黒木のお父さんの誕生日パーティに招かれてるんだろ? ごめん、理解がおいつかない!」

「し、しらねえよ! 咄嗟に出ちまったんだから、仕方がないだろ!」

「いやいや! 仕方がないにしたって、ちょっと、いや、だいぶおかしいって! あはは! なにそれ! めちゃくちゃ面白いね、黒木! まさか、お父さんの誕生日、祝うなんて、だれが信じるだろう!」


 藤堂のテンションといったら、過去最高のそれであるように見えた。

 おかしそうに腹に手をおさえて、体をくの字にまげている。笑いがとまらないようで、涙目になりながら俺の肩をばしばしと叩いていた。


 涙……それは笑っているから、流しているんだよな?

 まあいいか。どっちでも。 


 俺はといえば、緊張からマヒしていた感覚がどんどん正常化していき、藤堂じゃなくったって、親父の誕生日パーティに同級生をさそうという、一見すると――いや、一見しなくても、バカすぎるネタに震え上がっていた。だが仕方がない。ここは部屋じゃない。枕もなけりゃ、浴槽もない。叫ぶのは夜まで取っておこう。


 だが、これだけは伝えたかった。

 だから俺は口を開こうとした――その瞬間だった。


 俺の心が、ふっと軽くなった。


 まるで何か、精神のリセットボタンが押されたかのように、俺のセーブできない人生という名のゲームが、オープニング画面まで一足飛びで飛ばされたようだった。


 俺は何を思うでもなく、ただただ村名を伝えるNPCのように、当たり前のような流れで、それを伝えることに成功した。


「俺は、藤堂に、逃げるような真似だけは、してほしくなかったんだ」


 ――もう、はなしかけないでくれ。


 俺は銃弾を撃った。撃っていた。

 藤堂に?――いや、違う。

 撃たねばいつまでも胸に残るだろうその弾を、まるで祝砲をあげるかのように、俺は心の空に向かってトリガーを引いたのだった。


 これで終わり。

 俺の弾は尽きた。

 あとはもう、拾うか、敵から奪うか、仲間からもらうか以外に手段はない。


 藤堂はまなじりに浮かんだ涙を人差し指で拭うと、何度か大きく呼吸を繰り返した。それからバックを手に取り、自分の荷物を集めていく。


「あー、わらった。ほんと、おなかいたい――じゃあ、そういうことなら、いこうか、黒木」

「は? どこに?」

「どこに、じゃないよ。お父さんに誕生日プレゼント買わなきゃ。わたし、手ぶらでなんていけないからね」

「そこまでしなくてもいいだろ……」

「そこまでのこと、させてるのは、どっちかな?」

「……す、すまん」

「よろしい。では行きましょう」


 そうと決まれば、ということで俺たちは退散することにした。

 どこか強さを取り戻したような藤堂が、まるでパーティの先頭を歩く勇者のように迷いなく進みはじめて、階段に向かう。


「黒木、はやくいこうよ」

「ま、まってくれ」


 俺は奴より荷物を広げているわけではないはずなのに、なぜか藤堂のほうが立ち上がるのが早い。

 ボッチ慣れしてねえな、なんて藤堂のことを考えていたが、これもどうやら間違いだったようだ。どうもあいつら陽キャというのは、撤退において、なにかしらのスキルを持っているらしい。


 ――おや。


 俺は当たり前のように使っていた『心の定規』を取り戻していることに気が付いた。

 撤収の手が、止まる。

 なんだ、簡単なことじゃないか。

 俺が素直に、全てを受け入れれば、藤堂という存在の凄さなんて、当たり前のように表現できるではないか。

 無理をして、自分の枠内に収めようとするから、とたんに分からなくなるだけなのだ。立ち位置に固執しすぎて、自分の居場所がわからなくなっていただけなのだ。


 鳥と魚は友達になれるか?――なれるだろう。どちらかが、己のフィールドに無理やりに引き込もうとしなければ、それは可能なのだろう。


 俺はヒエラルキーの下に。

 藤堂はヒエラルキーの上に。

 それぞれが居たってかまわない。そうしたってお互いを尊重することはできるのだ。

 いままさに荷物の入れ方が雑すぎて閉まらない、バックの留め金のように。

 きちんと入れさえすれば、すんなりとしまる留め金のように。


 俺の心も、整理さえされてしまえば――すんなりと閉まっていくようだった。


「はーやーくー、くーろーきー」

「わ、わるい!」


 ちくしょう。まるで女王と家来みたいな関係だ。

 なんだか、これはこれでやりづらい。


 ああ、本当に俺って、ひねくれてるよな――そんなことを考えながら、俺は勇者に従うパーティメンバーの一人のように、藤堂の背を追いかけた。


「あ、そういえば、これで黒木の部屋に入ることができるぞ」

「ふざけんな、それとこれとは話が別だ」

「いやあ、楽しみだなあ。こんなことなら最初から入れてくれればよかったのに」

「話が変わってくるだろうが」


 二人して階段をおりていく。

 そういえば、二人で階段をおりるのは、全ての時間をふりかえってみても、初めてのことかもしれない。


 まあ、横並びではなく、縦に並んでなんだけど、そんなことはどうでもいいか。

 

 階段の折り返しにさしかかると、目の端に、今までお世話になっていた階段踊り場の机と椅子の足が映った。

 机と椅子。ただそれだけが置かれただけの空間。

 だが、それだけでは説明のできない秘密の場所。


 ふと、思い出す。


 昔、深夜に適当にテレビを流していたら、映画がはじまって、ついぞ最後まで見てしまったという経験がある。

 それは、オーロラの現れたある夜に、主人公が無線を使うと、過去の人間と会話ができるという話だった。主人公はそれを利用して未来をかえるのだ。


 映画の中の主人公は人生の変革に成功していたが、果たして俺が同じ境遇になったらどうだろうか。もしも今、俺が過去の自分に何かを言えるのなら、なんて伝えるのだろうか。


 それこそ家族曰く、ひねくれる前の『小学生の俺』が相手だったら、なんて伝えれば的確に伝わるのだろうか。未来を変えることができるのだろうか。


『もっと素直になれよ』

『嘘をつくなよ』

『友達を大事にしろよ』


 どれもこれも、効果はなさそうだ。そんな言葉で俺が変わるのならば、俺という人間は生まれていないだろう。

 ならば、変化の原因を教えるか。


『モデルの藤堂真白には気をつけろ。やつは俺の部屋を狙っている。家ではゲームが禁止らしい』

『女子高生の藤堂真白にぶつかるな。ゲームをすると悩むことになる』

『ヒエラルキートップの藤堂真白は危険だ。ボッチゲーマーのお前の価値観を壊してくるぞ』


 いや、待て。

 小学生の俺は、藤堂真白なんて知るわけもない。

 じゃあなんて表現すればいいのか――少し考えて、先ほど思いついた単語を並べかえる。

 それから、それを自分の人生になじませるように、口の中で言葉をかき混ぜてみた。


「おい、俺。どうやら現役JKモデルは、ゲーム禁止の家庭のせいで……ゲーマーボッチの俺の部屋であそびたいらしいぞ? よくよく気をつけて行動しろよ」


 いや、JKなんていってもわからねーか。相手は小学生。どっちにしろダメだ。

 しかし、なるほど。どうやら俺という人生を、一つの文章で説明しようとしたって、どうにもならないらしい。一か月にも満たないたった数週間程度の出来事であるのに、それでも一文で全てを伝えられないのだから、人生というのは難しい。


 だがそれも、当たり前のことなのだろう。人生、そんな簡単に変わってたまるかっていう話である。


 俺の呟きを聞いてか、それとも俺の視線を感じてかは知らないが、階段をさきにくだっていた藤堂が、立ち止まって振り返った。


「ん? なんか言った?」

「いや、なんも」

「ふーん?」

「さ、いくぞ」

「わ、結構、乗り気になってきたね――わたし、逆に、緊張してきた。よく考えたら、ご家族知らないわけだよね。わたしの頭を疑われそう」


 俺だって正直、内心どきどきだ。

 茜になんて言われるか。

 親父がどんな失言をするか。

 母親がなにか勘違いしなきゃいいが。

 でも、それらすべても、藤堂が嘘つきになることに比べたら、些末なことだ。


「ま、平気だよ。うちはそんなの気にしない」

「そう、かな?」

「そのかわり、うるせえ家族だから、覚悟しておけよ」

「う、うん」

「しかも全員ゲーマーだ」

「あ、そうか! すごい! やっぱり楽しみになってきたなー」


 おりるべき階段も終わりに近づいている。すでに踊り場の様子は見えない。

 先輩と俺だけが使っていたボッチポイントを今一度思い浮かべながら、俺は最後の一段をおりきった。


 これから続くのは、なだからな平地。果たして本当に?

 だがとりあえず、今の時点では、山も谷も見えない。もちろん、そんなに甘くないことは重々承知しているのだけど今はまあ、見える限りの平坦な道に、安心させておいてくれ。そこを辿れば、自宅にはつくだろ。それで今は満足だ。


 というわけで。


 秘密の場所よ、さようなら。

 俺は藤堂とパーティを組んだまま、ひとまず別の場所に向かおうと思う。

 正直、面倒なこともあるけれど、藤堂を先頭にしたパーティに入ってしまったので仕方がない。

 

 操作方法も、ゲーム目的も、何もない知らない状態からのスタート。

 保証のない、未知の体験への第一歩。

 一見すると面倒くさいようにも見えてしまう旅になりそうだが――そういえば、それこそゲームの醍醐味だったじゃん、なんて思い出させてもらったから、しょうがないんだ。


 なあ、黒木陽。

 お前だって、そう思うだろ?


   ◇




Chapter Ⅱ〈toudou masiro〉END

―Short Goodbye

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