第31話 Party(3)

 16時を過ぎてから、三度、ゲームをプレイした。

 時刻は17時ちょっと過ぎ。

 まだまだ外は明るいが、どうしたことか、藤堂の表情は次第に暗くなっていくように見えた。


 なんの因果だろう。

 俺達はまったく違う環境にあるのに、似たような言葉をかけあう運命にあるのか。


 俺は四度目の出撃ボタンを押すことなく、スマホを置いた。


「黒木? やらないの?」


 言いつつ、藤堂も原因が分かっているかのようにスマホを置く。


「やるとか、やらないとかの前にだな」

「……うん」

「俺からも同じことを返させてもらうけどな」

「……うん」

「なんだか、お前こそ、楽しそうにゲームをしてないように、思う」


 藤堂は視線を落として、上げた。それからまた落とす。


「ああ……まあ……、はは」


 藤堂は乾いた笑い声をあげた。


「黒木には、ほんと、何も隠せないのかもね」

「……また、なんか、あったのか?」


 また――なんて、ワードを口にして、自分自身に驚く。

 またとはなんだ。

 藤堂の悩みはすでに解決したはずではないのか?

 あとは俺だけが悩めば、エンディングにたどり着くはずではないのか?

 

 ――だがそれは、俺が勝手に作り上げていたストーリーのようだった。


 藤堂には藤堂のルートが、きちんと用意されていることを俺は度外視していた。

 藤堂は時計を見た。

 17時過ぎの時計にどんな意味があるのか。

 

「そろそろ、かな」と藤堂は言った。

「なにが?」


 俺の言葉が引き金だったかのように、藤堂のスマホが振動した。

 そういえば、音声着信がゲーム中に入ってくるの初めてだった。エアポケット・ウォーカーの設定で各種アプリの通知はオフにできるのだが、音声通知だけは色々とスマホ側をいじらないと変わらないのだ。


 スマホの画面が見える。

 着信名『母』。

 それだけ。


 藤堂は画面をみつめたまま動かない。

 俺はなんだか、途端に不安になった。

 まるで今までの俺の悩みがすべてくだらないことだったかのような、客観性を得た。

 言い様のない恐怖が体を駆け抜ける。


 なにかが――動いている。

 藤堂という大きな器のなかで、俺なんてもんじゃあ支えきれないものが、静かに蠢いている。


「でなくていいのか?」


 俺は促したが、藤堂は首を振った。


「どうせ、怒られるだけだし」

「な、なにを」

「ボイトレ、勝手に休んだからね」

「ボイトレって……ボイストレーニング?」

「うん。色々やらされててさ。はは、おはずかしい……土曜日は五時から駅前にあるスタジオでボイトレ。基本的に毎週、週1。いつも、わたしが学校についてるか、確認するから。お母さん。だから、今、ばれちゃったってこと。わたしが、トレーニング、さぼったことを」


 だから、16時。

 それにしたって、学校から駅前を考えると、余裕のある設定とは思えない。髪の毛振り乱して走れる男ではないのだ。藤堂はようするに、ギリギリまで俺と遊んでいたということになる。


 着信はしつこくなり続けている。

 まるで『逃がさないぞ』とばかりに、執拗に。 


「ほんと、うるさいよね、うちの母は。だからイヤになっちゃうんだ、関係ないモノも全部、一緒に見えてきちゃうから」


 俺は藤堂の母親の顔も知らなければ、その主張も、正論も知らない。

 もしかしたらこれは、藤堂が一方的に悪いということなのかもしれない。事実とは片方だけから見たところで、正解にはたどり着かないものなのだろう。マスコミをみていれば容易に分かる。


 だが、それでも。

 だが、それでも、俺はなんだか、我慢ができなかった。


 右か、左か、真ん中か。

 選ぶのは、今だ――そんな予感がした。


「藤堂、あのさ」

「うん?」


 着信は止まらない。

 俺の動機が高まってくる。

 

「藤堂は、ボイトレ、好きなのか?」

「……え? いや、まあ、必要だとは思うけど、好きかと聞かれたら……どうだろ。わかんないや」


 振動は止まらない。

 なぜだろうか。俺の指先も震えてきた。それは緊張のようだった。

 確定していない未来だが、体はすでに予知しているらしい。

 

「一回ぐらい休んでも、問題はない? 授業料とか」

「じつは……もう数日前に休みの連絡いれてるから、授業料もかからない」


 留守番電話サービスにも切り替わらない。

 さすが、藤堂。色々なところに気が利いている。

 気が利かないのは、俺だけってことだ。


 そう。いつだって、そうなのだ。

 至らないのは、いつだって俺なのだ。


 藤堂はどんなときだって、俺に教えてくれた。

 俺が面倒くさがっているだけで、いつだって。

 それは昔から、家族だって教えてくれたことだ。


 そう。

 どんなときでも、変わることができないのは、俺――黒木陽だけなのだった。


 俺は震える手をおさえることなく、藤堂のスマホに手を伸ばした。

 随分と重く感じる物体。

 それはゲームをするばかりではなく、他者と会話もできる文明の利器だ。


「わかった。藤堂。俺にまかせてくれ」

「……は?」

 

 俺は机の上のスマホをたぐりよせた。

 振動が、なんだか指先をくすぐってくるようで、気持ち悪い。


 画面に浮かぶ『母』の文字。

 うちの家族のそれとは、まったく意味が違う意味を持つ漢字に見える。


 着信、着信、着信――しつこい。

 どちらが正解なんて、知らないが、ここは俺と藤堂の、秘密の場所のはずなのだ。


 強気の言葉と反する指の震えは、すでに全身にまで達している。うまく呼吸ができない。胸をつよくおされたように、空気がかってに口から洩れていく。苦しい。苦しくて吐きそうだ。だが、それで終わってしまっては、俺は俺のまま、変わらない。なのに藤堂だけが、変わってしまう――それも、なんだか、まるで藤堂が悪いことをしているかのように、変化してしまう。


 まるで逃げるようにゲームを俺とプレイする藤堂。

 そんな藤堂を、俺はなんだか、認めたくないらしい。


 右から左へ、画面をスライド。

 フリック。

 

 着信中が、通話中へと変わった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る