第26話 じゃ、また。

 初めてのオンラインゲーム――それもMMORPGにログインしたとき。

 自分のキャラクターを動かすことよりも先に、画面内を動いている他のプレイヤーキャラクターに感動してしまった。

 ゲームは本来、一人で行うもの。

 それもRPGであれば、なおさらその傾向は強いはずだった。

 中身の居ないノンプレイヤーキャラクター(NPC)。定型句を繰り返す村人。そして限られた数の仲間たち――ロールプレイができるのは最大値も最小値も自分だけという事実は、孤独感を生み出すこともないほどに、そのジャンルでの常識だった。


 だが、時代は変わった。

 救うべき世界を一人で駆け巡るのではなく、血の通った別の人間とパーティを組み、年齢も性別も住む国さえ違う面々で協力してボスを倒す――それがMMORPG。マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム。

 大規模多人数同時参加型オンラインRPG――もしも、ゲームが好きならば、そんな〈事実〉だけで眠れなくなるくらにワクワクすることだろう

 ……俺に実際に、仲間が出来たのかどうかは脇に置いておくとして。


 ログイン画面の音楽。

 ログイン時のサーバー選択。

 キャラクター選択からのローディング画面。

 そしてホームポイントの壮大な音楽。


 どうだろうか。経験のある人間ならば、それだけで当時のドキドキワクワク感を思い出さないか?

 チャット一つしなくても、そこに満ちている空気感に酔いしれたことはないだろうか。


 仮に、その感覚に慣れてしまい、それこそ中身に人間がいるはずのプレイヤーキャラクターさえも、NPCのように扱ってしまうようになってしまった奴がいたとしても――きっとその感覚は知っているはずだ。


 それはきっとゲームが好きなのであれば、万人がもれなく受け取る衝撃なのだろうと思う。

 人生で、たった一度だけではあるが、それは人生をなげうってでも体験する価値があると俺は信じている。

 人生で、たった一度だけではあるが、その一撃だけで、それがこれまでの価値観を破壊してくることも知っている。


 さて、前置きが長くなったが、ようするに、そういう事なのだろうと思う。

 藤堂真白が、受けた衝撃というのは、そういうものに似ているのだと思う。


 そういうものに、藤堂真白の価値観は破壊されたのだろう。

 された、ということなのだろう。


 つまり――人生でたった一度だけ味わう、心をえぐられるような未知の一撃に、藤堂真白の笑顔は耐えきれなかったのだ。


   ◇


 藤堂は、よく分からないが、なんだか役者のセリフみたいな一言を発した後、しばらく額に手を当てていた。


 正直、俺はなにがなんだかわからずに、ただただ黙って藤堂の姿を見ているしかできなかった。

 明り取りから光が差し込み、藤堂の髪をキラキラと輝かせている。藤堂がわずかに身じろぎするだけで、肩にかかった細い髪が砂時計の砂のようにさらさらと落ちていく。

 タイムリミットか?――だが、その終わりがどこに有るのかを俺は知らなかった。


 しばらくすると、藤堂は言った。


「黒木って、本当にやりたいこと、ある?」

「いきなりなんだよ」

「ある?」

「……ゲーム、とか」


 相談なのか質問なのか分からないまま、俺は素直に答えた。

 素直すぎて、誰でも想像できる回答かもしれないが、事実、俺の希望はゲームをすることに違いない。


 ありきたりすぎる回答に何を思われるだろうかと身構えていたのだが、藤堂はそれを予想していなかったかのように、感慨深く『そっか』と受け止めた。


「わたしはさ、我慢強いんだよ、黒木」

「お、おう?」


 なんだいきなり。

 さっきから話の主題が分からなくて、どうにも藤堂の話についていけない。ただでさえ周回遅れで会話をしているのに、これじゃあ別のレース場にワープさせられているみたいだ。


「だから、お父さんのことも我慢できたし、お母さんのことも我慢できた――勉強もしてるし、モデルだってしてる。……芸能活動はお休みしているけど、演技練習は休まず行ってる。ゲームだって……我慢した。動画は隠れて見れたけど」

「なんていうか……すごいな」


 すごい。

 それしか思い浮かばないほど、その一文には藤堂の人生の何かがつまっていた。俺が『朝起きるのは辛い』とか『スマホゲーで面白いのないのかな』とか『課金は一か月3000円まで』とか、そういうことを悩んでいることがバレたら、藤堂にフレンドリーファイアを食らいそうなほどの凄みを感じた。


 そもそもゲーム禁止の家庭って、本当にあるのかよ。そんな衝撃すら受けていた。我が家は家族全員がゲーマー。なんなら爺ちゃんだって、晩年はずっと麻雀や将棋のゲームばっかりしていた。仮に藤堂の家に、黒木家一同がお邪魔したら、その話題の無さに窒息死してしまうことだろう。


 それにしても俺は一つ、重要な情報を手に入れていた。


『ゲームだって……我慢した』


 藤堂のその言葉は、ようするに、学校でしかゲームができないこと――果ては、俺の部屋に遊びにきたいと言い出したことにつながるのだろう。


 自宅でゲームができないからこそ、俺の部屋に希望を見出したのだ。

 なぜなら、藤堂の言葉通り、自宅ではゲームができないからだ。家庭用ゲーム機、コンシューマーはおろか、ゲーミングPCなんて夢のまた夢だろう。


 藤堂の家がどんな風なのかは知らないが、俺の家のように自由奔放なんてことはないだろうし。常に監視されている家だってあるのだろう。


「でも、わたしは、知っちゃったんだよ。黒木のスマホ――割れているスマホを見て、知っちゃったんだ」


 藤堂は言い切った。黒木のせい――ああ、なるほど。次々と合点がいく。

 俺は藤堂との衝撃を思い出し、そして今の状況に照らし合わせた。


「藤堂……スマホでプレイできること、知らなかったのか。つい先日まで」

「うん、そう」


 ゲームが禁止の家。

 昔であれば、テレビゲームは家でするものだったのだろう。

 携帯ゲームでさえ、それはゲームをするための端末であり、持っている時点でゲーマーである。

 だが、スマホはどうだろう――それは用途を限定されない。

 

 連絡用。

 調べもの用。

 ミュージックプレイヤー用。

 動画用。

 写真用。

 そして――ゲーム用。


 藤堂は知ってしまったのだ。

 ああ、そうか、と。

 ああ、そうか、スマホでもこういったゲームがあるんだ、と。


「ゲームはさ……それこそシューティングゲームは動画の配信で偶然みてから、興味あったんだよね。でも調べないようにしてた。欲しくなっちゃうし。手元のキーボード見る限り、パソコンだったし、あきらめもついたし」

「まあ……そうするしかないか」

「スマホで出来るなんてなあ……進化ってすごいね」


 まるでタイムスリップをした主人公のようなことを藤堂は言う。

 だがそれも仕方ないのかもしれない。

 冷静に考えてみると、まだ登場してから一年程度のゲームである。スマホ版に限っては数か月だ。


 正直、俺だって、同い年の学生の使うSNSアプリにまったく知識がない。

 写真だけを共有化するアプリ。

 数秒の動画を共有化できるアプリ。

 写真と文章を共有化できるアプリ。

 音楽と動画を組み合わせてオリジナル動画をつくるアプリ。


 その全ての違いすらよく分かっていない。

 使っているのは呟きアプリぐらい。それだって呟かずに、情報を見るだけだ。どんな風に画像を加工するのかも、知らない。もちろんパソコンの動画編集ソフトは知っているが、畑が違えばこうも知識に差が出る。


 だから、藤堂がゲームに気が付かないのも、致し方ないのだろう――それも数週間前までのことだけど。


「でも、知っちゃったから――知っちゃったら、そりゃ、するよね。だってどこでだってプレイできるのが、売りなんだし。ワンタップでインストールできるんだし」

 藤堂は開き直るような態度で続けた。

「少しだけやって、やめるつもりだったんだ――でも、黒木に見つかって、続けちゃった」


「ああ……」


 なんてこった。

 あの時の、たった、一回の邂逅に、そんな意味があったなんて――俺は知らなかった。


 パーティ結成。

 パーティプレイ。

 なんていうことだろうか。

 

 黒木のせい――あながち嘘ではなかった。

 俺は無意識のうちに、藤堂に影響を及ぼしていたのか。


 パーティプレイという、半強制的なシステムを使用して、俺は藤堂の意識に介入していたのだ。

 

 藤堂にとって、それは衝撃だっただろう。

 我慢していた分、何かが弾けるように藤堂の中を衝撃が駆け巡ったのだろう。

 俺はそんなことにも気が付いていなかった。ヒエラルキーだの陽キャだの理由をつけて、藤堂の感情を把握したような気になって、一喜一憂し、夜を明かした。

 風呂に潜っても、枕に顔をつけても、さけんでも――俺は、藤堂の感じていた〈はじめてのゲームの楽しさ〉を理解していなかった。


 かつては俺もそちら側の人間だったのに。

 パーティプレイなんて言っても、俺は俺の事しか頭に無かったに違いない。

 そして俺がバカみたいに舞い上がっているとき――そのとき、藤堂の笑顔が更新されたに違いないのだ。

  

 ――ゲームをしているほうが、楽しそう。


 楽しそう、ではない。

 事実、楽しいのだ。



 藤堂真白は――俺とゲームをするのが、楽しかったのだ。



 俺は言葉を失った。

 たった数秒の思考が、すべてのピースを繋げてしまった。

 そんなことには気が付かず、藤堂は椅子の背もたれに体重を乗せた。


「あーあ、そういうことか。笑顔が変わったんじゃないのか。笑顔の種類が増えただけだったんだ。それは周りも気が付かないはずだ」

「種類なんて……あるのか?」


 半ば反射的に、尋ねてしまう。

 笑顔に種類なんて聞いたことがない――そうツッコもうとして、自分が藤堂の笑顔に違いを見出している事実に気が付き、黙る。

 そして同時に、自分への指摘も思い出した。


 だが、もう遅い。

 疑問はすでに提示されている。

 

 藤堂は俺の顔を不思議そうに見て、俺にも簡単に予想できるような言葉を口にした。


「そんなこと、黒木だって、してるでしょ? 教室でわたしと話すときと、ゲームをわたしとしているとき、こんど、スマホで撮ってあげよっか?」

「すまん、無理だ」

「ですよねー」


 少しだけ、砂時計の砂がつっかえたように、時の流れが止まった気がした。


「ま、」と藤堂は、舞台を暗転させるような言い方をした。

「ようするに、そういうことだね」


 俺は色々と考えた末に答えた。


「なんか、色々と、タイミングが悪くてすまん」


「なにそれ、うけるね」

「な、なにが」

「まるで黒木が、わたしの運命を決める神様みたいな言い方」


 そんなつもりはなかったのだが、つもりがなくても結果を残してしまうのが俺という人種なのだろう。俺はもう口を開くことすら止めることにした。傷口は広げないほうがいいのだ。絶対に。


「さて、そういうことだから、そういうことなんだ」


 藤堂らしい物言い。

 それは昔話で言うところの『めでたし、めでたし』に違いなかった。


 そうして会話は収束していき、時間は同じような場所をぐるぐると回り始めた。

 カラスが鳴いたわけではないが、俺達はそれぞれの帰るべき場所へと向かうべく、荷物を手に立ち上がった。


「じゃ、また」と藤堂。

「おう」と俺。


 きびすをかえす藤堂の髪がふわりと浮かんで、肩からすべて流れ落ちた。


「いろいろ、ありがとね。黒木」


 表情を見せぬまま、藤堂は言葉を置いてきぼりにして、階段をおりていった。

 この場所では俺はいつも、藤堂の背中を見送っているような気がする。教室では逆だが。


 足音が消えた頃、俺は呟いた。


「別に、俺は、なんもしてねーけどな」


 藤堂が勝手に気がついて、藤堂が勝手に答えに辿りついただけのこと。

 それでも俺の物語にだって、『めでたし、めでたし』は必要であることは間違いがなかった。

 その一行前の文章が『そうして、最後まで幸せに暮らしましたとさ』であるかどうかの判断は、俺には全くといっていいほど分からなかったのだけども。


 でもまあ、悪い結果にはならなかったのだと思う。俺はそう考えて、帰路につく。藤堂もおりていった、同じ階段をくだって、別の道をゆく。


   ◇


 すがすがしい態度の藤堂の前には、もはや何の障害物もないのだ――俺は勝手にそう感じていた。

 進みゆく時間のように、流れる川のように、すべりゆく髪のように、つっかえるものなど何もないのだ――勝手に、信じ切っていた。


 そう。

 勝手に、だ。

 もちろん、勝手に考えていたのは俺だけで――藤堂は新たな問題に直面していたわけなのだが。

 しかし、それが俺であるための条件であるかのように、俺は藤堂がそんな状況に陥っているなどとは、実際に目の当たりにするまで、危ぶむことさえしなかった。


 それは放課後のこと。

 話は数日後へと進む。

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