第25話 演劇のセリフみたいに

 画面を見る。

 今度は違う衣装を着た藤堂が、一枚目と同様にレンズに向かって笑っている写真だった。

 

 やはり造詣が整っている。

 いや、整っているなんてレベルではない。

 正直、触れたら壊れてしまいそうなぐらいに、完璧な笑顔だ。


 生まれつきだという明るい髪色も、あたりまえのように藤堂に馴染んでいる。それらすべてが、ピーキーに設定されている様子は、死ぬことを前提に作られた死にゲーのような危うさすら感じさせる。すこしでも手を加えたら、とたんにシステム崩壊しそうなほどに。


 そして、その分、俺はふたたび感じるのだ。

 強く感じざるを得ないのだ。

 それは二枚の写真の比較ではなく。

 この場で藤堂が見せる笑みとの比較。


 ――ゲーム、してるときとは、違う笑い方なんだな。


 俺はただただ、それだけを思う。

 そして、それだけしか感じないことを悟った。


 藤堂は、ふう、と肩を落とした。それだけで映画の予告編がつくれそうなくらいに、見栄えのする落ち込み方だった。俺なら、『はぁ……シにてえ、地球われろ……』である。まあもういいか、こんな比較は。


 藤堂は黙り続ける俺を見て、半ば諦めたようだった。


「わからない……かな? まあ写真二枚じゃそうなのかな。どっから、おかしくなっていたのかも、わたし自身、答えられないもん。気が付いたときにはもう遅いってやつなのかな、これ」


 藤堂はスマホをバックに投げ込んだ。

 どうやら今日はゲームをする気はないようだ。


「そもそも私はなんで、黒木に聞いてるんだろ……はは……そうだ、よく考えたら、そっちのほうが、ちょっとおかしい』

「それは否定できないけどな」

「あ、ごめんね、否定とかしたわけじゃないよ」

「大丈夫、わかってるさ。得意分野が違う」

「うん」

「ゲームのことなら、大抵、答えられるんだけどな」

「だよね」


 大丈夫。分かってる。俺だって、ここまで話せば、葛藤すれば、分かっている。それだけは確実だ。

  

 なんだろうな、この感覚。

 たとえばこれは、推奨レベルのわかったRPGの攻略法に似ているのかもしれない。

 もう、自分にできることは、わかっている。他の選択肢はない。強くなるしかない――無心でボタンを連打する。それだけの作業。途中からもう、倒すためのダメージ、戦闘する回数、どこで宿屋に戻ればいいか、買い込むアイテムはいくつか、その全てを理解しはじめる。完遂する時間さえ把握してくる。


 既に俺は、自分が藤堂の悩みを解決できないことなど悟っていた。

 そもそも俺と藤堂の普段の会話など〈網をなげた漁師〉と〈むやみに泳ぐ魚〉ぐらいに歴然とした関係差があるのだ。

 そんな力差があるのに、もがいたところで、網から逃げられるわけがない。どうにかできるわけがないのだ。

 だから全てを理解して、受け入れる。

 もうこのゲームは、俺のレベルが99になるまでは、スライムを倒しまくるしかないのだ――そう割り切って、ボタンを連打する。


 そう考えればこそ、この『お悩み相談』にも俺なりの答えは出せる。

 レベルが足りません――知ってます。

 だから俺はボタンを連打するしかない。小手先の技術なんて、通用しないのだ。


「あのさ」と俺は気が付いたことを口にしようと決めた。

「なに?」と、藤堂は外に向けていた視線を俺に向ける。


 突然だが、俺は昔、川でおぼれたことがある。

 胸まで浸かるほどの深さの場所で親戚と遊んでいたとき、流れの急な場所に気が付かず、そのまま足をとられて大分流された。結果としては、すぐに浅いところにひっかかって事なきを得たし、俺の家族でさえおぼれているとは気が付かなかったらしい。

 一人で足をさらわれて、一人でおぼれて、一人で焦って、一人で助かったというわけだ。とんだピエロである。


 だが渦中の俺からすれば、死を感じたくらい怖い思いをしたし、おぼれていくだけの自分の体を、どうにもできないことにただただ恐怖を感じていた。


 一人で溺れるというのは、存外に孤独なのだ。

 助かったときの、ほっとした気持ちさえ、共有できない。


 藤堂は、何かがおかしいわけではない。

 おかしければ、周りが気が付くはずだ。

 だからそれは、藤堂だけの中に発生した戸惑いなのだ。


 一人で溺れた恐怖を理解できるのは、誰だ?――それは同じ体験をしたものだけだ。

 では、今の藤堂を理解できるのは誰か――それは同じ経験をしたものだけだ。


 俺は『かつて体験したこと』を思い出し、それを藤堂にぶつけることにした。


「俺には詳しいことは、わからないけどさ」

「うん」

「今の写真、見た感じではだな」

「溜めるね。はやく言ってよ」


 焦るなよ、藤堂。

 俺なんかに答えが出せる訳がないだろう?


 だからこそ、俺は模倣する。

 ヒエラルキーのトップから投げられた言葉を、ボタンを連打するように、下から必死に投げ返す。


「つまり、だな――」


 お前の言葉を借りるならば――。


「――藤堂は『ゲームしてるとき、もっと楽しそうにしてる』と、俺は思う」

「ゲーム……?」


 藤堂は我慢できないように、ぽかんと口を開いた。

 人は考える時、上を見て口を半開きにするのだろうか。少なくとも俺の目の前の人間はそうしていた。


「うん、ゲームだ。藤堂が前、俺に言ったろ」

「なんだっけ」

「『ゲームしてるとき、もっと楽しそうじゃん』って」


「ああ……、たしかに」

 藤堂はつぶやいた。

「たしかに、言ったかも……」


 それは、何か、不思議な色を持っていた。

 まるで装備を作るために集めていた素材の数を間違えていたときのような――それこそ、その素材はすでに持っていたのに、必死に時間をかけて集めていたことの不毛さに気が付いたときのような、そんな、気が抜けるような声だった。


「ああ……、そっか、なるほど……だから黒木なのか……」

「藤堂?」 

「そうか……、そういうことか……、はは……これは、そういうことなんだ……」

「おい?」


 こいつ、いきなり大丈夫なのだろうか。

 なんだか、途端に不安になる。


 別に俺のような低レベル者のように、責任から逃げるとか、現実逃避するとか、そういう心配をしているわけじゃない。

 頭が良すぎる奴が、勉強のしすぎて頭がおかしくなっちまうように、藤堂真白というコミニケーションの悪魔みたいな奴が、逆に自分の力に飲み込まれてしまったのような不安を覚えたのだ。まるでソイツだけが先に行ってしまうような、達観。


「いきなり、どうしたんだよ……?」


 俺の心配をよそに、藤堂は一人で結論を出したようだ。

 正直、俺にはなにがなんだかわからない。

 

「ああ、ごめん……うん、大丈夫、全部、わかったから。ありがとう、黒木。黒木のおかげでわかった」

「そうなのか? なら……いいんだけどな」


 藤堂は断言した。


「全部、黒木のせいだってことが分かった」


 ……は?


「おい、ちょっとまて、なんで俺のせいなんだ。この前のことは関係ないって言ってたじゃないか」

「違うよ、黒木。そうじゃなくてさ――』


 一往復だけ振られる顔。

 ノーを示すその行為には、もはや悩みの一片も感じられなかった。


 藤堂真白が藤堂真白に戻っていたのだ。

 いやそんなこと当たり前なのだが、そういう風にしか表現できないほどに、眼の前の藤堂は藤堂だった。たった数十秒で、藤堂は、藤堂真白として復活していた。


「じゃあ、なにをもって、俺のせいなんだ」


 俺は必死にあらがうように、それでも声をあげる。

 自分のせいなどと言われて、はいそうですかなんて頷いていたら、なんでもかんでも俺のせいじゃないか……いや、俺のせいでもあるんだろうけど。


「わかりやすいように言えばね――」


 さて。


 この意味の分からない会話にだって、終着点は用意されていた。すごろくにゴールがあるように、スタートに戻されても前に進むしかないように、俺と藤堂の会話は、その最終地点にたどり着いた。


 といってもそれは、今の段階では藤堂意外には何も分からない『暗号』みたいな言葉でしかなかったのだが。


 藤堂は呼吸を、ひとつ置く。

 それから答えを口にした。


「――わたしはとうとう、本当に楽しいことを、知ってしまったんだ」


 なんだそのポエムは。さすがに意味がわからねーよ。

 そう思いつつも、まるで演劇のセリフみたいに、整った言葉だななんて思ってしまう俺も居た。


 もしも――もしもこれが藤堂のためのストーリーであったのならば、きっといま、こいつの中で何かが変わったに違いない。

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