第20話 他人事ではなくなった。

 俺が物事を考えるということは、この地球上に存在する別の人間だって、物を考えるということに違いない。

 時間が一秒、二秒と進めば、進んだだけのログが溜まっていく。

 

 問題はその定期的な記録(ログ)が、どこに溜まっていくのかという話。

 インターネットであれば、世界のどこかに存在するサーバーに蓄積されていくのだろう。


 では、人間の“それ”はどこに記録されていくのか。


 スマホ(外部記憶装置)?

 脳?

 それとも心か?


 スマホならストレージを参照すればいい。

 脳なら考え、心なら感じるか?


 分からない。

 分からないのだが、現実では俺の目の前に座り、ゲーム内では後ろに座っているパーティメンバー――藤堂真白が自分の気持ちを確認するように再び、『PCかあ……』と呟いたとき、どこかに蓄積されたデータが参照されたのを、俺は感じた。


『黒木の部屋、行っちゃだめかな……?』


 藤堂の口が開く未来が、突然、降って沸いたように予見された。


 それはまるで、前兆のない天災のように――いや、前兆があったとしても、俺には把握できないレベルで推移していたソレのように、唐突に、黒木陽という存在を脅かしてきた。


 スマホの中のキャラクターが、まるで互いを信頼しているとでもいうかのように、密着してバイクに乗っている。

 それは、何かを暗示しているようにも見えるし、そうでないようにも見えた。


 つまり、まるで何が関連しているのか分からない天災の前触れのように――疑い始めたら、いつ解消されるのかすら分からない、不確かな問題として、俺の気持ちをソワソワとさせてきた。


「あのさ」と藤堂が呟いたのと、

「よし、あっちの銃声のほうへ行こう」と俺が宣言したのは、同時だった。


「あ、うん、わかった」


 あのさ――藤堂が呟いた、三文字。

 それは何かの前兆だったのだろうか。

 それともただの、俺の思い込みだったのだろうか。


 ――その答えを確かめる術はない。


 いや、嘘だな。

 俺はすぐに気が付く。


 人との付き合いは天災とは少し違う。

 だって、地震も雷も火事も、言葉を話すことはできない。

 

 地震雷火事親父――だが、親父には口がついているように、人間には発声器官というものが備わっている。


 アンサー。

 知りたいのなら、聞けばいい――そんな簡単な方法があるというのに、俺はいつまでたっても答え合わせをできないでいる。


 だからもしもそれが、達成できたとするのならば、俺としては情けないことに本意ではなく、意図せず行動により、引き出されたとしか考えられない。


 失言。

 つまり、言葉による事故。

 それが起こらない限りは、そこへ到達することは、俺にはできないのだ。だせーよ、なさけねーよ、と批判されてもそれが俺なんだから、仕方がねえよと思うしかない――本当に?


 最近、一つだけ気がついたことがある。


 嘘をつきたくなくとも、ついた嘘に気がつかなければ、それは本人にとっての真実となってしまう。


 それは、誰かに指摘されるまで続くのだ。


   ◇


 あらかじめ用意されていた時間は尽きた。

 16時。

 この時間はどうやら藤堂の土曜日のタイムリミットらしかった。


 スマホのアラームが鳴ったら、ゲームは終わり。

 まるで先週の焼き増しのように、藤堂は一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、じきに何かを諦めるように席を立ち、広げすぎた荷物を一か所に集めはじめた。


「今日もありがとね、黒木。楽しかった」

「まあ、ヒマだしな。気にしないでくれ」

「うん。それでも、ありがとってこと」

「お、おう」


 強い奴って、ほんと、下からでも強いのな。

 俺がヒエラルキーを登れない理由がよく分かる気がする。


「で、さ。申し訳ないんだけど――」


 藤堂の言葉。いったい、何が申し訳ないというのか。

 何度考えても俺にはその言葉の真意が分からないのだが、とにかく藤堂はそんな言葉を置いてから、事情を説明した。


「あした、日曜日、チャットアプリとかすぐ返せないからさ。月曜以降の約束は、月曜日にしよ?」

「あー……と、……わかった」


 俺はなんとも言えない気持ちが胸に去来するのを感じながらも、頭ではいつもどおりの調子で『来週もこんな感じが続くのかよ……神経使うぜ……』なんて、心の予防線を張っていた。本当はもっと別のことを考えてもいいはずなのに。


 残念ながら俺は器用な人間ではない。

 線も、一本一本、丁寧に引いていくタイプだ。


 だから守るべき方向への線を引くのがわずかに遅れてしまったのだ。


 俺は藤堂が肩掛けバックを持ち上げるのを目にしながら――まさか、その藤堂の流麗な動線に、俺の言葉が茶々を入れることになるなんてことは予想できないまま、こんなことを口にした。


「まあ……予定を優先させるのは当たり前だからな、気にしなくていいさ」

「あー、まあ、そうだね……予定というか」

 

 藤堂は潤滑油の塗られていない歯車のように、きれの悪い言葉を並べはじめた。


『あれ?』、と思った時には遅かった。

 藤堂の持ち上げていたバックが、ゆっくりと机に置きなおされたとき、『ああ、これは、やっちまったのか』と自覚した。俺はよく、こういった後悔をするのだ。


 藤堂は、俺に視線を向けず、置いたばかりのバックだけを見ていた。


「日曜日は……契約してる雑誌の撮影とか、結構入るから。春だから、卒業したモデルの子、おおくて。わたし、代役たのまれてるんだよね。だから、スマホとか見る時間ないし」


「あ、そ、そうか……」


「あと、お母さんがマネージャーやってるから。そういうのもあるし」


 モデル? 雑誌? マネージャー?――まるで芸能人じゃねえか。


 ――いや、そうだった。


 目の前にいる、藤堂真白は、そういう存在なのだった。

 俺は何を勘違いしているのだろうか。ヒエラルキーだとか、陽キャだとか、そんな概念など関係なく、藤堂真白にはきちんとしたキャラクター属性が備わっているのだ。


 こんな場所でゲームをしていると、それが揺らぐ。

 俺はバカだから、すぐにそういったことを忘れてしまう。

 まるで初めからやり直したゲームのように、全てがリセットされたように感じてしまう。


 俺は焦りが露呈しないように、取り繕うことしかできなかった。


「な、なるほどな、そりゃ、大変だな……」


 てきとうな相槌をうっても、藤堂真白は何も言わない。


 藤堂の心情はまったく分からない。

 表情はいたって普通。

 だが、言葉は鈍い。

 藤堂は、演技を忘れた役者のように、舞台の上にたたずんでいた。


 こんなとき、人付き合いが苦手な奴ほど、混乱するに違いない。俺達にとって、意味のない沈黙は、毒以外のなにものでもないのだ。

 まるで針の上に立たされているように、何もないはずなのに、そこに痛みを感じる。果ては、自分が悪いかのような錯覚さえ出てきてしまう。


 だから、俺のその言葉は、そういった痛みから逃げたいがゆえの防御手段であった。波風のたたなそうな、当たり障りのなさそうな、無難でいて、慮っているような、守りの言葉。

 だが、それは同時に、藤堂に対する攻撃手段でもあったようだ。


「有名人、だもんな――お前も、色々あるんだろうけど……」


 気持ちなのか。

 印象なのか。

 己のなにを守るための言葉かも分からずに、俺は、形だけの言葉を口にしていた。


「……、……て」


「え?」


 藤堂は、面をあげた。


「お前は、やめて」


「あ、ご――」


「――それに、有名人なんかじゃ、ない」


 こちらに向けられた視線の、なんと鋭いことか。

 藤堂の中に収まりきらない感情が、そのままぶつかってきているようだった。


 二つ、分かったことがある。

 一つは、藤堂はどんな表情をみせようとも、造形がくずれないこと。

 そしてもう一つは、なぜ藤堂がこんなにも感情をゆさぶられているのか、その確固たる理由がわからないという事実。


 だから俺の口は、勝手に動いた。

 いままでの人生で培ってきた、それはもしかすると負の遺産ともいえるかもしれない特性が顔をだした。


 口だけ、ってやつだ。


「……、……悪かった」


 その謝罪には、なんの意味もない。

 なんで謝ってるの?、と聞かれたら、俺は何も答えることができない。

 だって、この謝罪の言葉の対象物を、俺は知らないから。

 相手が何に怒っているのかを理解していない詫びの言葉など、意味を理解していない九九の暗唱と同じだ。


 ただただ普段通りにした結果。

 その結果、事が起きただけのこと。


 ――そうだ。


 ようするに、だ。

 ようするに俺の言葉は、事故を起こしてしまったということである。


 注意一瞬、事故一生――どっかで見たその標語は、まるで俺たちの出会いと関係を示しているかのようだ。


 そうして。 

 関係がないと思っていた俺と藤堂の時間は、玉突き事故を起こした車のようにつながっていき――他人事ではなくなった。

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