第106話
わずかな反射に、ゆるぎない質を断片に見れば、価値は無にも届かない、埃くらいだ、練習という形容で誤魔化し続ければ、人生は習作のみで完成に到達しない、未完成ながら演奏され、展示される作品は大家の影にある、それでも記す、そのむなしさを。
どっときている、どのように効いているのか、抜きにすれば尻ばかり見ている、良く付ければ、悪にくっつく、予定がいつも分断を生み出している、ならば計画しなければいいのに、それでも生きている、旅行ではなくても、昼の沈滞に斟酌して、やはり浮かべた進路に戻ろうとする。
苦肉の小便のごとく、呼吸が途絶えていく、衰えと老化はこのように萎んでいくことを期待させる、手足の硬直以上に生命の中心が小さくなっていく、動作に発声に表情など、ありとあらゆる溌剌が退いていく、出ない、何も出せない、腐りきった膀胱だ。
酒などなくても乾燥に酔っている、血の巡りは滞り、意識は不確定に揺れて、視界は定まらないだけでなく閉じようとする、打音に神経は逆立ち、戻れない点へと回転しそうになる、生きることの辛さがのしかかってくる、一人では打ち切れないからこそ、煩悶の昼遊びだ。
もう書けない、と思う時ほど余っている、もっと描ける、そんな頃合いは予定が近づいている、単なる体力の残りがそう思わせている、休日二日目の軽さがあるとしても、まだそれほど脳を使っていない、普段は苦労する着想が付き添ってくるから、今がすこしばかり惜しい。
やや足りないくらいがあとあとに戻ってくるだろう、達成感が午前にあれば残りはだらけてしまうか、そうはならない、満足すればその勢いが激しい渇望を起こし、オルガズムは図抜けた欲で対象を得ようとする、今なら何でも手に入れることができる、と勘違いしているから。
あと六十円でプレゼントがもらえると言われ、ココアパウダーのまぶされたやや歪んだボールを追加する、後ろに並ぶ客の目を背に受けて、考えるよりも言われるままの反応は皿を選び、食器を控える家事に反対を示す、いらなかったのでは、頭は鉢受けを思惑する。
捨て身を越えた自己放棄の心構えをいまだ引きずっている、あれがいつまでも続けばと願ったものの、そのわずかも得られず再び他者への無関心が自分への興味に返却されている、人との距離は再び遠く、溝は柔らかくじぐざぐに掘られる、穴埋め作業は、またいつのことやら。
愉快な気分は創作行為に掃き捨てられてしまった、民族音楽による著しい展望の明かりは、夕闇と音量の上がったプリミティブなバックミュージックに溶けていく、満足する休日の夜ではなく、多く物足りない終わりとしてやってくる、最後に近づいたのに、小説はやっと。
クレズマーの哄笑はひきつって声をあげ、けだるい煙にゆれる心地も午後はあった、夜はフランチャイズのカフェでスピーカーの良いアフリカの歌を女に聴いている、まるで個人バーのごとき雰囲気だ、十九時を境に趣向をチェンジしたのか、それとも、イヤホンをしていたから知らなかったのか。
形式よりも固執したボキャブラリーにあがき、音節を滅茶苦茶にいじくりまわす、頻繁に耳にするはいはいはいはいに、めちゃめちゃという過大がテレビに言われる、方言だと思っていたら標準語だった、メディアが地方と知る誤差だ。
今週から変更した習慣は憂鬱という手応えをつかんでいる、書けない、先がない、悩ましい頭は昼休みに休まず、休日の名残で自律神経を狂わす、それでいて家に戻る水木曜も欲しがっているから、頭脳を突き動かす好結果だ。
全体こそ身体ながら、各部位の訴えを初めて知ったように、マイムの学習から長所と短所が各人から教えられる、得意不得意の対比のように体がばらばらに動けば、苦心して息を弾ませる、表情を別別にしながら統合される、人間であることの記号として、うめく肉体が楽しい。
きついと思う他になかった作業も、体使いに意識を注ぎ、手足の先へ神経を伸ばして動けば、大切な運動として気分を潤わせる、そのように周囲に対してストレスを覚えるよりも、関心を流し込んでいけば、おそらく同じ事になるだろうに。
壁画の黄土色を写真に見た朝は、すれ違う路面電車に立体の叙事詩が通り過ぎる、退屈を崩す文体は当然頭から始まり、拒絶する者等をあざ笑うごとく話しかける、閉鎖して縮こまる体制では、もはや望む関係がない。
車窓から小川を眺めれば、七のマークのコンビニが黒い稲妻チョコレートを思い出させた、約五時間という長丁場にカロリーは入り用だから、パンに合わせるバターの役割を果たす、そう思って前を向くと、ブラックなフレアスカートがプリーツをなびかせている。
二日目に続くシンフォニーは尺の長さが情感を轟かせる、振り向くなら若い方が好ましい、あと何年生きて体は保たれるのか知らないが、紗幕に透けた人間生命として存在感を味わっていたい、紙に字だけが生き物ではないから、ふっと顔を上げた瞬間を刻んで消したい。
平日の車両は街から遠のいていく、向かう先は観光客の集着地ながら、半日を日陰にこもるべく劇場へと魂は吸われることになる、見るなら本物の体を、触るなら量感を持つ肉体を、しかしそれより上の虚構を見に行くのは、常に不埒な日常を欲するからか。
出来不出来は思惑が基準とするのか、思いもしない発言が積み重ねられて、劇よりも本人の生活を愚痴にしている、説教臭い、効果や意匠に目を向けながら言及できないのは厚かましさに違いなく、そんな方を笑った自身が、さらに分厚い顔を持つ。
午前に珍しく便が出なければ、昼にようやく創作の糞詰まりが流れ出す、熱心に考え続けられるに越したことはないが、片隅に置きながら湧くのを待っていた、この工程は何度となく経験しているとはいえ、生みまでの間は悩ましい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます