第30話

偉人をならって手と頭を遊ばせよう、達観したように時の隙間を見つめることもない、そんなところをぐしゃぐしゃにかきまぜればいい、何かに書いてあったように、そこに甘さやシロップなどはなく、キャンディーももちろんない、苦み走った漢方のように、どこかに効けばいい。


帽子も髪も吹き飛ばされる、神神しい光を雲間から輝かせて、黒鵜は蛇行飛行する、みるみる体温を奪う風は一日中強く、昼に鉢植えを次次と転がした、盛りを過ぎた川辺の花叢を今頃見つけて、信州からの種の見事育った姿は、山を背景に劇的にあおられている。


涼しいよりも冷えの曇り空だ、苦悩と空虚の違いを哲人は明快に説明している、望みの差によって到達点までの実感は変わるのか、そもそも向かおうとせずに立ちすくむのか、どちらにしろ、悩めるように進んでいかないと。


あまりに目が痛む時がある、強ばるはずはない気の荒みとするなら、傍白ばかりが耳に鳴る、上着を着れば寒気がする、腹が足りないようにとろっとしてくる、強いて開こうとせずとも、額がつっぱるばかりだ。


秋のように眠たく、はだえを冷やす水気のない風だ、空気までもそれらしく枯れ葉を転がすので、透徹した光が遠くのビルの白壁を反射させている、あとで何しようというより、どこに座って景色を作業しよう、あまり長くいられそうにないが、少しでもじっとしよう。


神経質で怒りっぽいだろうか、好ましい状態を維持している、どうしたって一世界に没頭するならば、頑迷で奇矯な性質を帯びざろうえない、ほらその証拠に、毎日少しずつしんこうしている、虫歯のように気づかないうちにさばけないようになるなら、しめたものだろう。


乳白色のセーターに裾長の蛇のスカートか、いや、そんなことはない、より薄地のカットソーに、はるかに優しい草色の運行だ、言い草がつい季節を戻ろうとするほど、空は静まって肌寒い、それでどうして熱帯の冷血動物と毛だまりの家畜を、あべこべにもならない。


際限のない描写に平然が溶かされていく、昨日の睡眠が麻酔となって、一文字一文字から煙として情感はくすぶられる、一夜千夜の一瞬間、華美なまでの艶姿の絢爛に、思惑はまばゆさよりも、輝きに悦をとらえる。


酔いと緊張と、突然の思惑が交差する、あまりに不自然な世間話は、とぼけた発言を起こさせる、黙っていたほうがいい、格言ではなく、馬鹿がばれるから、それでも、臭う汗をかきながら、笑ってごまかせと、笑顔がほとばしったのだから、いいのだろう。


空気が滞っている、あれだけ暴れ揺れていた草花は細いしなを微動せず、かげろうとおぼしき虫もすっと前を横切る、川は潮の上げと山からの下げにあるものの、油のように面をどんよりさせて、気怠く対流している、雲に隠れた太陽光が、やけに眩しく澄んでいる。


なんとなく知っていた報せを気になって探ろうとせず、遅れて届いた、詳細は重要だろうか、そこから膨らみを得るよりも、何も手がかりのないまま昔を偲んで描き続けるほうがいいなどと、どちらも変わらない、透過する日差しがまた出ている、たかが数年親しんだだけなのに、どうしてこうも誘惑するのか。


脚立を両肩にかついであんこ型が歩いている、前にはぐるぐる巻きの灰色の配線の束に、工具箱を手にするでっぷりした人がいる、細ければスペインの有名な小説になったか、初夏の涼やかな陽気のせいだろう、白いぼんぼりもすずめのように揺れ合っている。


忙しくなくとも期限を睨んで構えていれば、よそ見はしないものだ、そこを過ぎても緊張は緩まず、頭はわき見しようにも前を向こうとする、昼を区切りにすれば、午後は外ばかり見つめることだろう。


目元から沈みこんでいくようだ、ちょっとした事にちょっとした反応がおこり、ひどく変わっていく、移り変わりが経過によって外に出現するのではなく、内部に染まっているようだ、目元から沈みこんでいく、暇がなにより敵に思える昼下がりだ。


朝ごはんにブラックオリーブのスライスが練りこまれたフォカッチャ、昼ごはんに赤いマルゲリータは白いチーズが海に広がらず、おやつの時間に再び同じフォカッチャ、食べ物は何のてらいもなく、船や列車からの景色が映る、単純だ。


アラビアの有名な話集に、口をつつしむことへの訓戒があった、どこの国へ行ってもあるだろう、小蠅を話題に植物をのけものにするきらい、自然の寓意だろう、虫をのけての花はおがめるだろうか、二つを得ようとしてことわりは見ない、なんら笑えない。


空気の入れ換えを気にせずに、日差しは入口の扉をあけっぱなしにさせる、コンクリートの店内は電球に照らされているものの、外光だけで足りるようだ、もちろん空気も同様となり、空調や扇風機もいらず、蛇口からの水が洋楽の奥で流れている。


右のギア変換器がひねるスイッチのように回ってしまった、ワイヤーが切れたのか、見れば大きな鳥の糞が白くこびりついている、腐食したのか、そんなわけはないが印のようなあとに、いつ直しにいこうかと、細かい変化を失った自転車をこぐ。


マーブルのテーブルとイスに着いて、緑陰ですこし向こうのクスノキとカールする雲を眺める、風はちょうどいいから、葉陰がさまざまにいろどりゆれる、正面には尻があり、いつも男の目はやまない、そして何の視点だろうか、靴を脱いでいる足下にもいってしまう。


きっと偽物だろう、うわべは直に会った時だけでなく、面と離れていても被せてくる、きっと一瞬だけの火照りのようなものだ、忘れていたことが刺激で興味を取り戻しても、怒りのごとく二時間経てば去るだろうか、昔をつなごうとすることに懸念があるのか、ただ消えて行くから、気にしないだけか。

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