24.終わりに

その1

 ルコの不安は杞憂に終わった。異世界に行った時と同様に目の前が明るくなった。ただ、異世界の時と違ったのは元の世界に戻った時に放り出されるようにドサッと落ちた事だった。ルコは尻餅をつく形で放り出されていた。

「痛たた……」

 ルコは腰をしこたま打ち付けたので顔を歪めて痛がった。

 目が周りに馴染んでくると、焦点が定まってきて周りの様子が分かってきた。

 周りを確かめながら自分の部屋である事は確かだったが、何故か違っているような気がした。どうやら無事戻ってこれたようだった。ルコはホッとした。

 そして、辺りをキョロキョロと見回している内に、スタンドミラーがあるのに気が付いた。鏡をのぞき込むと、そこにはルコが映っていた。大丈夫、どこもおかしくはないようだと思ったが、いやいや待て待てと何かがおかしい事に気が付いた。そう姿形が女の子のままだったからだ。そう言えば、どこか違っている自分の部屋は女の子の部屋だった。ただひらひらふわふわの部屋ではなく、ポイントごとに女の子らしさが際立つような部屋だった。

「薫子、なんか凄い音がしたけど、大丈夫?開けるわよ」

 女性の声がドアの向こうから聞こえたと思ったら、ガチャンとドアが開いた。

「あれ?知っている顔だ」

 薫子は入ってきた女性の顔を見るなりそう言った。

「何寝ぼけているのよ。あんたの姉なんだから当たり前でしょ!」

 姉の優子ゆうこはちょっと怒っていた。

 姉に怒られた薫子の記憶は徐々に戻ってきた。この女性は10歳離れた姉で、両親は5年前に相次いで病死していたので、現在、薫子の保護者だった。

「なんで全裸でM字開脚なのよ!みっともないからそんな格好よしなさい」

 姉に怒られて薫子は顔を赤くしてM字開脚から隠すように女の子座りになった。

「まあいいわ。早く学校へ行く準備をしなさい」

 姉はそう言うと呆れながら薫子の部屋を出て行った。

 薫子はおかしいと思いながらふらふらと立ち上がった。そして、机の上のスマホを操作して日付を確認した。11月1日6時48分だった。この日は薫子が異世界に飛ばされた日だった。

 日付が戻っている?もしかして、これまでの事は夢落ち?と混乱し始めていたが、ふと左手に目をやった瞬間、異世界転移は夢ではない事が分かった。薫子の指に瑠璃・遙華・恵那の髪で編まれていた指輪が並んでいたからだ。黒のリング、銀のリング、金のリングだった。これは異世界で一緒に苦労した友達の思い出の品として、マリー・ベルが提案したものだった。異世界転移では身体以外はすべて霧散してしまうので、それぞれの髪で指輪を編んで作ろうと言う事になった。ただ編んでくれたのは車内にいたお手伝いドローンだった。

 薫子は夢ではなかった事が確認できただけで、目頭が熱くなった。

 ハンカチを取り出して、指輪を一つ一つ大切に外すと、ハンカチの上に並べた。そして、愛おしむように優しく包むと机の引き出しに一旦しまった。保管箱を買わないとねと思いながら。

 ただ自分が女の子のままだったので、異世界へ行って帰ってきた事も夢かと思って、頬をつねってみた。ありがちな確認方法だったが、ものすごく痛くしばらく痛みが続いたので、夢ではない事が分かった。

 ただ自分が女の子のままだったので、みんなが無事帰れたのか心配になっていた。ただ心配しても確認のしようがなかった。

「薫子!」

 姉の怒鳴り声が下からした。

「はぁい、すぐ行くわよ!」

 薫子はそう言うと、考えていても仕方がないので学校へ行く準備を始めた。

 ただ学校へ行く準備している間、奇妙な感覚に囚われた。何を思い出しても女の子の自分がやった事しか思い出せなかった。男だったという記憶があるものの、思い出に出てくるのは全て女の子の自分だった。記憶が上書きされているような気分だった。でも、不安という感じではなかった。おかしな話だが、しっくりしていた。

 薫子は仏壇の両親への挨拶、朝食、その他諸々の準備が済んだ時、それを見計らったように幼なじみの広尾ひろおあかねが呼び鈴を鳴らした。

 あかねは隣に住んでいて、薫子が生まれた時からずうっと一緒の幼なじみで半年ほどお姉さんだったが同い年だった。クラスも小学1年生から今の高校2年生まで同じクラスだった。一時期、疎遠になった事もあったが、薫子の両親が亡くなった時から毎日薫子と学校に行く事になった。お陰で、中学は皆勤賞だったし、高校も今のところ皆勤賞だった。

「おねえちゃん、今日は何時に帰ってくるの?」

 薫子は玄関で靴を履きながら言った。

「いつも通りの7時よ。夕食はお願いね」

 姉の声が奥から聞こえてきた。

「うん、分かった。それじゃあ、行ってきます」

 薫子はそう言うと、玄関を出て行った。

 玄関を出るとすぐに、あかねが、

「おはよう、薫子」

と挨拶をして抱きついてきた。

「おはよう、あかね」

 薫子は抱きついてきたあかねを引き剥がしながら挨拶を返した。記憶違いだと思いたいが、女の子の薫子には毎朝こんな感じだった。あかねはかわいい娘が大好きっ娘だった。

「あれ?髪の毛、いつ切ったの?でも、ショートも似合うわね」

 あかねは薫子の髪型を褒めた。

 薫子は褒められた事で思い出したが、異世界で気合いを入れるために切ったのだった。その影響はこちらに戻っても残るらしかった。しかし、何故女の子のままかは謎だった。

 薫子はあかねと並んで高校へ向かって歩き出した。歩き出して思ったのだが、まるで違和感がなかった。実は男だったという記憶は偽だったのではないのかとまで思い始めていた。

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