その2

「車の固定、完了しました」

 マリー・ベルがそう報告すると、飛行機の後部ハッチがゆっくりと閉まりだした。そして、

「皆様、飛行機の座席の方へおいで下さい」

と車から降りるように促してきた。

 四人は言われたとおり、全部の両側のドアから降りた。四人が降りると、飛行機の後部ハッチが完全に閉まるのを目にした。そして、前の壁の中央にあるドアを通り抜けた。すると、そこには4x4の座席が並んでおり、中央通路で2x4に分けられていた。

「折角だから窓側の席にそれぞれ座りましょうか」

 四人の一番後ろにいたルコが突っ立ったままの前の三人にそう声を掛けた。

 三人はルコの方を振り返って頷くと、それぞれ好きな窓側の席へと散っていったが、何故か右側に固まった。

「えっと……」

 ルコは何か言おうとしたが、まあいいかと思い、自分も空いている右側の一番後ろの席に座った。

「楽しみだなぁ」

「本当に飛ぶんじゃろうか?」

「妾はちょっと不安ですわ」

 三人は三様の思いを口にしていた。ルコはそれを微笑ましく見詰めていた。

「座席の安全帯の着用をお願い致します」

 マリー・ベルの声がシートベルトを着用するように促してきた。

「あれ?まりぃの声だ」

 恵那は意外そうな声を上げた。

「このひこうきとやらもまりぃが操縦するのじゃな?」

 遙華は恵那と同じく意外そうな顔をしていたが、そう質問した。

「はい、わたくし、マリー・ベルが操縦させていただきます。ただし、わたくしは飛行機版のマリー・ベルであり、車版のマリー・ベルとは一応異なりますのでお見知りおきを」

 飛行機バージョンにマリー・ベルがそう答えた。

 当然、この答えに一同は、ん?という反応をした。

「皆様、人と会話する人工知能は元々同じからくりから作られたものであり、名前が統一されております」

 飛行機版のマリー・ベルはそう補足した。

 この補足になるほどと思ったのはルコだけだった。他の三人は更に混迷の度合いを深めるような表情になっていた。

 一番後ろに座っていたので三人の表情は見られないが、雰囲気でなんとなく察したルコは、

「えっと、つまり、同じ名前で、同じ声だけど、飛行機と車では別人って言う事よ」

と三人に理解しやすいように説明した。

「双子って事?」

 恵那は首を傾げながらそう聞いてきた。

「まさにそんなところね。ただし、双子どころか、世界中にマリー・ベルの姉妹が一杯いるけどね」

 ルコはたまにもの凄く察しが良くなる恵那に感心した。

「という事は、じゃ」

と遙華は考え込むように言ってから、一呼吸置いて、

「車のまりぃ」

と車版のマリー・ベルを呼び出した。

「はい、なんでしょうか?」

「飛行機のまりぃ」

「はい、なんでしょうか?」

「二人は別々のものなんじゃな?」

「はい、仰るとおりでございます」

 車と飛行機のマリー・ベルはハモるように遙華の質問に答えた。

「そういう事なのじゃな」

 この二人(?)のハモりにより遙華以下三人は納得したようだった。

「皆様、安全帯の着用をお願い致します」

 飛行機のマリー・ベルは車のマリー・ベル同様に無機質な口調で事を進めようとしていた。

「そうじゃった、そうじゃった」

 遙華はそう言いながら慌ててシートベルトを着用した。瑠璃と恵那も遙華に習うように慌てて着用していた。ルコは一度目の呼び掛けで既に着用していた。

 全員がシートベルトを着用すると、飛行機はゆっくりと動き出した。飛行機は誘導路を南に進み、突き当たりを斜め左に曲がり、しばらく直線した後に、再びゆっくり左側に曲がった。そして、またしばらく進んだ後に、今度は一気に向きを変えるように一気に左側に回り込んで止まった。すると、正面の画面にまっすぐ伸びる滑走路が映し出された。どうやら離陸準備が完了したみたいだ。

「当機はただ今から離陸します」

 飛行機のマリー・ベルがそう言うと、間もなく飛行機は再び動き出した。それと同時に、急加速による軽く席に押しつけられる感じが四人を襲った。

 四人は初めての感覚にちょっと戸惑いながら正面の画面や窓の外を見ていた。だが、飛行機がもの凄いスピードで滑走している感覚はそれほど受けなかった。しばらくそんな感じが続いた後に、予告もなしにふわっと浮く感じを覚えた。勿論、この時ちょうど飛行機は滑走路から離れ、飛び上がっていた。

「飛んでるよ!」

 恵那は窓の外を見てはしゃいでいた。

「凄いのじゃ!」

 遙華は感動していた。

「とてもびっくりしましたわ」

 瑠璃は窓の外を見てちょっとハラハラしていた。

 そんな三人の様子を見て、ルコは微笑ましく思っていたと言いたいところだが、何故かあまり余裕がなかった。あれ?私って、飛行機が苦手なのかな?と思ってしまうほどだった。

 飛行機は乗っていても分かるぐらいに斜めになって上昇を続けていたが、やがて、右に大きく旋回し始めた。

「なんじゃ?」

 遙華は右旋回に驚きの声を上げた。

「現在、飛行機の向きを変えております」

 飛行機のマリー・ベルは遙華の驚きにそう答えた。

「成る程なのじゃ、北に向かっているからおかしいと思ったのじゃ」

 遙華はそう言って納得した。

「でも、何で北に向かって飛びだったの?」

 今度は恵那が聞いてきた。

「飛行機は向かい風の方が離陸しやすいので、北風が吹いている現在、北に向かって離陸しました」

 飛行機のマリー・ベルはそう答えた。

 マリー・ベルの答え終わると同時に、旋回が終わり、徐々に上昇角度も緩やかになっていった。

「皆様、窓の外、凄いですわ」

 瑠璃は珍しく興奮したように言った。

 窓の外には山々が連なっているのが分かり、湖も見えており、その中央に島影があった。

「高いところから見る景色って、本当に凄いわね」

 恵那も瑠璃同様興奮していた。

「なんか、人生観が変わるような景色なのじゃ」

 遙華はしみじみとした感じで言った。

「本当にそうね」

 ルコは遙華に同意した。と同時に、前の三人がえっという顔をしてルコの方を一斉に振り返った。

「ルコ、主、もしかしてこれに乗るのは初めてなのじゃろうか?」

 遙華が恐る恐る聞いてきた。

「ええ、そうね。初めてね」

 ルコはあやふやな記憶がようやく鮮明になった気がした。

「だって、ルコ、ルコの世界では一杯飛んでいるっていってたじゃない?」

 恵那はちょっと騙された気持ちになっていたかもしれない。

「ええ、一杯飛んでいるわよ。その光景を何百回と見ていたから」

 ルコは空を飛んでいる自衛隊機や旅客機を思い出していた。

「だったら、何故?」

「うーん、確かに私の国では飛行機に乗った事がない人の方が少ないはずだけど、何で私、乗った事がないのかな……」

 ルコは理由についての記憶は依然として曖昧だった。

「まあ、いいじゃないですか。ルコ様も、妾達と同じ感動をしたのですから」

 瑠璃は取りなすようにそう言った。

「そうね」

「そうじゃな」

 恵那と遙華もルコが飛行機に乗った事がない理由をこれ以上特に聞く必要がない事に同意した。

「まあ、吾もこの世界に来て初めて海を見たぐらいじゃしな。この下に見えてきているのは海じゃろ?」

 遙華がそう言ったので、他の三人が一斉に窓の下を覗き込んだ。

 遙華が指摘したとおり、飛行機は南へ向けて順調に飛行しており、いつの間にか海上へと出ていた。そして、すぐに飛行機は雲の中へと入っていった。

「この白いのって、雲?」

 一瞬で風景が変わったので恵那はびっくりしていた。無論、他の三人も同様だった。

 飛行機はすぐに雲を抜けると、雲海の上へと出た。

「これはたまげたのじゃ。雲の上を飛んでいるのじゃ」

 遙華は感動の声を上げていた。

 飛行機はこんな感じで数々の初めての光景を四人に見せながら南へと順調に進み、中島なかのしまにある千代ちよ空港へと向かっていった。

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