その3

 ルコと遙華は貴重な情報を得られるという誘惑に打ち勝つ事ができずに研究室へ向かって階段を駆け上がっていった。エレベーターは2台あったのだが、いずれも動かなかった。したがって、最上階まで二人は階段を駆け上がった。そして、最上階である12階に着くとすぐに南に向かい、例の研究室の前へと辿り着いた。

 ルコは息を切らせながら教えられたとおりにドアに付いている入力パネルに暗証コードを入力すると、簡単にドアが開き、ルコと遙華は部屋の中に入れた。

 部屋の中は仕事用のデスクと椅子が4組、4人用のスチールロッカーが置いてあるだけで後は何もない部屋だった。また、窓はあるがブラインドが降りており、中は真っ暗だった。

「照明、コンピューターを起動」

 ルコがそう言うと、明かりが点き、コンピューターが起動して壁にログイン画面が現れた。

 ルコは椅子に座りながら教えられたIDとパスワードを告げると、ログインに成功した。

「ようこそ、私は金杉丈だ」

 ログイン後、先程の男が出てきた。

「先程の男じゃな」

 遙華はルコの隣に座りながら同じ男が出てきたので些かウンザリしている様子だった。

 それを見たルコはクスッとちょっと笑ってしまった。

「このIDでログインしたという事は君もしくは君たちが知りたい事は通称オークと呼ぼれる生物の事だと思う」

 録画映像なので金杉はルコ達の態度に関わらず話を進めていた。金杉の隣には猪人間の画像が出てきた。

「また、変な言葉を使っているのじゃな」

 遙華は独り言をポツリと言った。

「このオークについては現在一般に公開されている情報では中々実態が掴めないと私は思っている。そこで、オークの研究者として、公開・非公開問わずに集めた情報と実験結果のデータを出来る限り、この映像と文章、データとして残したいと考えた。映像では出来る限り、専門家でなくても分かりやすく説明しようと思うし、文章は専門的な知識が必要な情報までまとめたもので、データは全てそれらを証明するため、出来る限りの生データを添付している。ただ、時間がなかったため、推敲する時間がないと思われるので、乱雑になっているかも知れない。その辺は許していほしい。また、理論には完全に証明されていないものが多いのだが、実証データと観測データがあるもののみに絞って載せている。本当は広く仮説を集めるべきかもしれないが、そこまでの時間がないので許してほしい。以上、前置きが長くなったが、私、いや、我々研究者が残した研究が役立ってくれる事を願い、オークについての説明を始めようと思う」

 金杉の切なる願いが伝わってくるような熱意を持ってそう前置きを話した。

「しっかし、本当に長かったのじゃ。ルコ、今、言った事分かったのじゃろうか?」

 遙華はちょっと苛ついたように言ってからルコに聞いた。

「ええ、大丈夫よ」

 ルコはそう答えた。きっと、遙華にとって分からない単語が出てきたのだろうと思っていた。

「そうか、それなら安心じゃな」

 遙華は本当に安心したようにニッコリと笑った。

「まず、オークは人類か否かであるが、我々研究者の多くは人類に近い存在だと認識している。もし、我々人類が滅亡し、オークが生き残ったとしたら我々の人類が前人類と定義される事もあり得るという研究者も少なからずいる」

 金杉はそう説明を続けた。

「現実にそうなっているのじゃ」

 遙華は独り言をポツリと言った。表情は険しかった。

 ルコはその言葉を聞いて同じく険しい表情で頷いた。

「また、何故多くの研究者がオークの事を人類に近い存在だと言っているかという訳は」

 金杉はそう言ったが、すぐには次の言葉を喋らず一呼吸置いてから、

「これは政府が公開を禁じていて一般には公開されていないのだが、実はオークのDNAに我々人類のDNAが混じっているという研究結果が多く出ている事に由来している」

と言いにくそうに説明を続けた。

 この言葉を聞いたルコはショックのあまり声も挙げられなかった。

「何を言っているのじゃ?こやつは」

 遙華は金杉の言葉が当然の事ながらよく分からなかったので、ルコに聞こうとして隣を見たが、ルコがあまりにもショックを受けていたので、それにびっくりして聞けなかった。

 そして、話がより核心に進もうとしていた時、

「猪人間を発見。接触最短時間は10分と推定されます」

とマリー・ベルが急報を伝えてきた。

 ルコと遙華はその報を聞いてすぐに立ち上がった。

「ルコ、遙華、すぐに戻ってきて!」

 恵那がインカムを通じて焦った声で言ってきた。

「分かったのじゃ」

 遙華はそう言うとすぐに部屋を出ていこうとした。

「コンピューター、映像停止」

 ルコはそう言うと、金杉の映像が消えた。そして、

「マリー・ベル、このファイルをそっちにコピーしたいのだけど、どうすればいい?」

とマリー・ベルに聞いた。

 思えば、これはまずい判断だった。コピーに時間が掛るのでその分帰還が遅れるからだ。また、もっと言えば、映像なぞ見ていないですぐにコピーしておくべきだった。たが、この時のルコは得られる情報に目が眩み、正しい判断ができなかった。当然、この後、死ぬほど後悔する事になるのだが。

「1分、お待ち下さい。FTPサーバーへのアクセス環境を整えます」

 マリー・ベルはそう言ってルコのリクエストに答えた。

「ルコ、行かんのか?」

 遙華は不安そうな顔をしてそう聞いてきた。

「先に言って。すぐに追い掛けるから」

 ルコはそう言うとマリー・ベルの返事を待った。

「そうはいかんのじゃ。主が行かないのなら、吾も残るのじゃ」

 遙華は状況がよく分からなかったが、ルコを置いていける訳はなかった。

「環境整いました。諸データを送りますので、そこにファイルを転送してください」

 マリー・ベルはそう言うとFTPサーバーへのアクセス情報を送ってきたので、ルコはすぐにコンピュータに伝えて、ファイルの転送を行った。

「よし、これでいいわ。遙華、脱出するわよ」

 ルコはそう言うと部屋を出ていった。

「分かったのじゃ」

 遙華はそうは言ったが、何で待たなくてはならなかったのか分からないままルコの後に続いた。

「マリー・ベル、詳しい状況を。どうして、そんなに早く接触しそうなの?」

 ルコは遙華と廊下を走りながらマリー・ベルに聞いた。

「杏様、景様、順様の車を確認。50体の猪人間が3台を追跡していると推定されます」

「やつら、また助けを求めているのじゃな。図々しいヤツラじゃ」

 遙華はルコと階段を降りながら忌々しそうにそう言った。素直に考えれば、そのとおりでルコは遙華の考えに同調していた。

「二人共、早く、早く!」

 恵那は何故だが胸騒ぎがしていてインカムを通じてルコと遙華を急かした。

「瑠璃、恵那。三台の援護の準備を」

 ルコがそう言った時には、階段を降り終わって、メインコンピューターの端末室の前を二人で通過したところだった。そして、端末室からルコ達の車に伸びている有線ケーブルを目で追いながら、

「マリー・ベル、文献のダウンロードは続けているわね」

と確認した。

「はい、続けております」

「ギリギリまで続けて」

「はい、承りました」

 ルコはその言葉を聞いて安心して、管理棟にある出口に向かって遙華と共に走り出した。

 だが、やはりこの判断も後々後悔する事になった。これも得られる情報に目が眩んだ結果だった。建物の出口で一番近いところは階段を降りたすぐ傍、別の言い方をすると、端末室を出たすぐに横にあった。この出入り口は外からは開けられないが中から開けられるシステムになっており、ダウンロードを中止してすぐに車をこの出口の前に回してそこから乗れば、安全に離脱が可能だった。

 しかし、そう言った行動を取らずに、ルコと遙華は研究棟をすぐ抜け、渡り廊下を疾走することを選んでしまった。

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