その3

 翌日、ルコ達は杏達に研究所行きの提案をした。無論、全員で行こうと言う提案をしてなるべく波風を立てないようにしていた。

「あなた方に指図を受ける謂れはありません。秩序に従ってもらいます」

 杏は高慢すぎる口調でルコ達の申し出を全力で拒絶した。

「えっと、それはどういう意味でしょうか?」

 ルコはニッコリと笑ってそう聞いたが、目は笑っていなかった。

 その表情を見て、ルコ以外の三人はいい知れないヤバさを感じざるを得なかった。

「頭が足りないようですね。秩序に従いなさいと言っているのよ。分からないの」

 杏はルコをバカにしてそう言った。おそらくこの5日間、唯々諾々と従ったルコ達を見て、完全に格下だと思っているのだろう。

「皆さんは行かずに、私達だけが行くという事でよろしいのでしょうか?」

 ルコは相変わらず表情を崩さずにそう言った。

 ルコ以外の三人はルコの態度を見て虎の尾を踏んだと感じていた。穏便に行くのではなかったのでしょうか?という言葉が脳裏に浮かんでいた。

「よっぽど頭が悪いようね。そんな事認めるわけないでしょ。本当、バカなんだから」

 杏はそう言ってせせら笑った。と同時に、杏以外のせせら笑いがインカムを通してこだました。

「別にこちらはお願いをしている訳ではないのですよ。ただ私達は研究所に向かいますという報告をしているだけなんですよ」

 ルコはまだ表情を崩さずにそう言って、右手を上げた。右手を上げたのは無論杏達には見えていない。声だけの通信だからだ。

 ルコ達以外の三人は合図に従って黙って車両前部区画からそれぞれの持場に散って行った。ルコの逆鱗に触れたなと思いながら。

「秩序を乱すお馬鹿さんにはここでちゃんと分かってもらえるようにしなくてはならないかもね」

 杏はそう言うと甲高い声で笑った。

「どういう意味でしょうか?」

 ルコはそう言いながらモニターを見ていた。遙華、準備完了。恵那、準備完了。そして、少し遅れて、瑠璃、準備完了と出ていた。

「もうバカには付き合っていられないわね」

 杏は勝ち誇ったように言うと、

「みんな、このバカを取り囲みなさい!」

と叫んだ。

 杏達3台の車はコの字になってルコ達の車を半包囲した。正面に横付けられた杏の車、左には景の車、右には順の車が配置されていた。こういう時の対処法として事前に打ち合わせておいたのだろう。そして、車の狹間から銃口がこちらを向いていた。

「びっくりして声も出ないようね。本当にバカすぎて嫌になるわね。私達がこういう事を想定していなかったとでも思っていたのかしら」

 杏は自分に酔ったようにペラペラと喋りだした。

「これはどういう事なのでしょうか?」

 ルコは感情を押し殺してそう聞いた。杏にはその口調が屈辱に満ちていたように感じられた。

「今更詫びでも入れる気なの?でも、もう遅いわ。バカちゃん達は私達を完全に怒らせたのよ」

 杏はルコを完全に小馬鹿にしてから、

「武装を解除して車から出てきなさい。さもないと攻撃……」

と勝ち誇って言ったが、最後まで言う事ができなかった。

「マリー・ベル、前進!」

 ルコがそう言うと、ルコ達の車は急発進して杏の車の土って腹に突っ込んだ。

 杏の車はガッシャンと音共に横転した。中の杏達は悲鳴すら上げられず、横転して地面となった壁に叩きつけられて、何が怒ったかが分からないまま苦痛で呻き声を上げて立ち上がる事も困難だった。

「遙華、恵那、左右の車の車輪を破壊!」

 ルコは指示を出すと、遙華と恵那はすぐに銃撃を開始して、左右を囲んでいた車のタイヤを次々と破壊していった。

 ルコ達の車はタイヤを破壊した後、すぐに杏の車を盾にするように後ろに回り込んだ。この間、ルコ達には一発の銃撃を受けなかった。戦闘の力量の差は明らかだった。

「さて、今のは警告です」

 ルコはインカムで敵にそう呼びかけた。これを聞いたルコ以外の三人はその辛辣さを感じた。一台の車を横転させ、残りはタイヤを撃ち抜かれた。3台とももう動く事ができない状態で警告とは恐れ入ったものである。とはいえ、ルコにとっては本当に一連の行為はほんの警告であり、まだ続けるのだったら、3台の車を徹底的に破壊する気でいた。そのための今の位置取りだった。そして、

「これ以上、攻撃されたくなかったら今すぐ引いて下さい」

と極めて丁寧な言葉遣いで言った。

 しかし、ルコの言葉に反応する敵はいなかった。一瞬で形勢が逆転されてあまりの事に呆然としていたからだ。これだけの力量の差がある以上、敵対するのはあまりにも無謀だったのだが、それすら判断できないでいた。

「今すぐ、銃を下ろして狹間を閉じなさい!さもないと今すぐ攻撃を再開する!」

 ルコは埒が明かないと思ったので今度は強い口調で怒鳴りつけた。

 すると、狹間から覗いていた銃口が一斉に隠れて、狹間も一斉に閉じられた。ようやく事態の深刻さに気付いたようだった。

「私達は今からこの都市を退去します。私達の退去中に少しでも動きがあれば、引き返して直ちに報復攻撃を行います」

 ルコがそう言うと、ルコ達の車はゆっくりとその場を離れて都市外へと向かっていった。

 都市の外までルコ達四人は警戒態勢を取っていたが、敵の杏達はまるで直立不動の姿勢を取り続けているかのように身動き一つしなかったのでそれ以上の戦闘はなかった。

 都市の外に出て、先に作業区画に戻っていた瑠璃・遙華・恵那はインカムを外して何やらヒソヒソやっていた。

「やっぱり、ルコを怒らせちゃダメよね」

 恵那は二人に確認するように言った。

「ああ。普段のほほんとしているのに、これじゃもの。怒られるととってもまずいのじゃ」

 遙華は恵那に賛同した。

「ええ。勝ち誇っていた相手を一瞬で捻り潰しましたからね……」

 瑠璃は二人に賛同していたが、笑いを堪えているようだった。

 そこに、ルコが終わったという感じで背伸びをしながら、

「なんか上手く行ったわね」

と言いながら作業区画に入ってきた。

 ルコの緩みきった顔を見て三人はなんかじゃないだろう、完全に計画通りだろうとツッコミを入れたくなった。

「どうしたの?みんなそんなに近くに集まって」

 ルコは三人が集まってじっと自分の顔を見ているのが不思議だった。

「ああ、ちょっと三人でぶつかった拍子に耳飾りが落ちて、壊れていないかを確かめていたところじゃ」

 遙華は苦し言い訳をして手にしていたインカムを調べるようなフリをしていた。

 恵那と瑠璃も慌ててインカムを調べるようなフリをした。

「大丈夫だった?」

 ルコは特に疑いもせずに聞いた。

「どうじゃろうな、まりぃ?」

 遙華は引きつった笑顔でそう聞いた。

「3つとも特に問題はありません」

 マリー・ベルは遙華に聞かれた事だけ答えた。

 この時、ルコ以外の三人は融通がきかないAIの特性に感謝していた。

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