その3

 ルコ達が東門の城壁に上がった時には、各村の先鋒部隊の石弓の攻撃が始まっていた。

「奴ら、斥候部隊じゃかなったのか?」

 遙華は壁に身を隠して石弓を避けながらそう言った。

 他の三人も壁に身を隠していた。遙華の隣には恵那、切り欠きを挟んで向かい側にルコと瑠璃がいた。

「各村に後続部隊の準備を確認しました。全面攻撃に発展すると推察されます」

 マリー・ベルは絶望的と言える報告をしてきた。

「ルコ様、動きが早すぎますね」

 瑠璃は深刻そうな顔でルコにそう言った。

「ええ、たぶん事前に準備していたんじゃないかしらこの攻撃は」

 ルコは最悪の事態を認める発言をした。

 その言葉を聞いて他の三人はやっぱりかという顔をした。

 ルコの言葉が正しいかどうかは確認のしようがなかった。ただ、事実としては西門近くで始まった戦いが一気に拡大したという事実が重要だった。

「それで、どうするんじゃ?ルコ」

 遙華は切り欠きを挟んで向こう側にいるルコに聞いた。

「どうもこうも、とりあえず食い止める他ないでしょう」

 ルコはそう言うと銃撃を開始した。

 それに習って瑠璃と恵那もそれぞれ打ち始めた。

「ま、それもそうじゃな」

 遙華は肩をすくめてそう言うと、やはり銃撃を開始した。

 四人はしばらく銃撃を続けていたが、事態は一向に好転せず、焼け石に水という状態だった。

「寛菜さんはまだなの?」

「他の部隊はどうしてこないの?」

などという声が周りから聞こえ始め、四人以外の人間は猪人間達の攻撃に対して既にパニックになりかけていた。

「主ら、撃ち続けるのじゃ!手を休めると飲み込まれるのじゃ!」

 遙華は他の人間達にそう叫んだ。

 他の人間達は一瞬ビックリしたように静まり返ったが、今度は波が伝播していくように次々と射撃を再開し始めた。

「やれやれじゃな」

 遙華はその光景を見て呆れながらそう言った。

「石弓だけの攻撃ならじきに矢が尽きるんじゃない?そうすれば、敵も引き始めるのでは?」

 恵那が敵を撃ちながらそう言った。

「後続の部隊がやって来るじゃろ」

 遙華は恵那にそう反論した。

「それでもその部隊も矢が尽きたら、引くしかないんじゃないの?あたし達よりの弾より矢の方が遥かに少ないはずだし」

「成る程なのじゃ」

 遙華は恵那に言われて納得した。

「石弓だけじゃないかもしれませんわ。ほら、あれをご覧下さいませ」

 話が完結した二人に割り込むように瑠璃が言うと、城壁の真下を指差した。

 弓を射らない猪人間達の一部隊が城壁の真下に集まりだしていて、何かをやろうとしていた。

「まさか!」

 ルコがそう叫んだと同時に、複数の猪人間達が城壁目掛けて自分の拳を打ち付けた。城壁は揺れを感じる事はなかったが、音は伝わってきた。

「城壁の真下の敵を排除!」

 ルコはそう叫ぶと、自分は真っ先に真下の猪人間達を銃撃し始めた。

 猪人間達は最初の一撃だけではなく、入れ替わっては城壁を拳で殴り続けていた。

「奴ら、何をしているのじゃ?」

 遙華は戸惑いの表情を浮かべていた。

「城壁に足場を作るつもりよ!上ってくるわ!」

 ルコはそう叫び返した。

「なんじゃと!」

 遙華は遙華でそう叫び返してルコに習って真下の猪人間に銃撃を浴びせ始めた。

 それに瑠璃と恵那も続き、遅れてその他の人間が続いた。

 猪人間達は力技で城壁に凹凸を作り、それを足掛かりにして上ってこようとしていた。時にとんでもない事をやってくる人種のようだった。

 ルコ達は真下の猪人間達を銃撃し始めたが、タイミングよく石弓が放たれてきて、思うように銃撃できないでいた。

「マリー・ベル、何か手強いんだけど、ここの猪人間達はいつもこういう攻めをしてくるの?」

 ルコは断続的に銃撃をしながら聞いた。

「記録によると、こういった攻撃は初めてだと推察されます。過去の攻撃失敗で学んだのか、あるいは外部から来た猪人間が考え出したものと推察されます」

「そう。猪人間も考える力が備わっているという事ね」

「はい、仰る通りです」

 ルコは一連のやり取りで自分達の立場が益々危うくなっている事を感じざるを得なかったが、それをあえて口に出す気にならなかった。現状、かなり押され気味だったからだ。

「後続部隊が出撃しました。最短で1時間で到着します」

 マリー・ベルは悪い知らせを伝えた。

「まずいのじゃ!あと1時間で下の奴らを排除できるとは思えんのじゃ」

 遙華は嘆くようにそう言った。

 確かに遙華の言ったとおりで、下の猪人間を全滅させる事は1時間以上あっても無理に思えた。仮にできたとしても今の猪人間の数より多い本隊がやって来たら再び形勢は逆転してしまう。残る手は逃げ出す事だけだった。だが、今すぐにではなかった。とにかく敵に隙きを作らせなくては逃げ出す事もできないからだ。

「他の門の状況は?」

 ルコはマリー・ベルにそう聞いた。本当の所は自分達の事だけで精一杯だったのだが、こういう質問をしたのは良心の呵責からかもしれない。

「北門が城壁の取り付かれており大苦戦中です。西門は逃亡車両が2台、門の前に辿り着きましたが、猪人間の追撃を受けたため、混乱中です。南門は城壁を巡って交戦中です。今のところ、東門が一番状況が良いと推察されます」

 それを聞いて、ルコは聞かなきゃよかったと心底思った。この報告は援軍の当てが完全にない事を示唆していたからだ。ただこちらも一番マシと言っても援軍に向かうほどの余裕はなかった。

 現状維持を続けるのは時間の問題だと思った瞬間、意外な事が起きた。急に矢の攻撃はぱったりと止んだのだ。

 四人は顔を見合わせて何が起きたのか一瞬分からなかったが、

「今です!城壁周辺の猪人間を掃討!」

と瑠璃がいち早く反応して号令を掛けた。

 瑠璃の号令にルコ達四人がいち早く銃撃を開始し、城壁に取り付こうとしている猪人間を薙ぎ倒していった。その光景を唖然としてみていたが他の人間がしばらくしてから銃撃を開始した。

 矢が尽きた猪人間の先鋒部隊は一気に壊乱状態に陥り、逃げ惑っていた。そこにルコ達の容赦のない銃撃が降り注いでいった。こうなった時の猪人間は非常に脆く、ルコ達は容赦なかった。やがて猪人間の先鋒部隊は壊滅し、沈黙した。

 ルコ達は城壁周辺に敵がいなくなるのを確認すると、銃撃を止めた。

「敵の矢が尽きたのは幸運だったわね」

 恵那は城壁の壁に寄り掛かりながら座っていた。

「まあ、吾らはあんな状況でもしつこく奴らを攻撃していたのじゃから次々に矢を放たなくてはならなかったのじゃろう」

 恵那の隣で遙華も同じ格好で座っていた。

「まあ、遙華様、そこはしつこくではなく粘り強くですわ」

 瑠璃は切り欠きを挟んで隣の壁に寄り掛かってルコと一緒に座っていた。

「成る程なのじゃ、言い方一つで良い風に聞こえるのじゃな」

 遙華は笑いながら言った。

「で、ルコ、これからどうする?」

 恵那は黙っているルコに決断を促してきた。

「とりあえず、弾倉の交換ね。そして、本隊に備えましょ」

 ルコはごく当たり前の事を答えただけだった。

 この時のルコは決断を欠いていたのかもしれない。逃げ出すとしたら今が絶好の機会だったが、その考えは全く浮かばなかった。苦戦している他の門へ救援に向かうのか、分散している味方を一箇所に集めるべきかなどを考えていた。いずれもルコの権限外であり、実行しても絶望的な状況が変わる事はありえなかった。そんな事をぐるぐると考えており、無限ループに陥っていた。

 決断を促した恵那はそれ以上は聞かず、瑠璃と遙華も特にそれ以上の事を聞かなかった。他の三人もルコ同様に決断を欠いていたのかもしれない。

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