9.遭遇戦

その1

 都市別斗べつとに来て1週間以上が過ぎ、異世界に来て1ヶ月が過ぎていた。

 その間に本格的な雪が降ったが、根雪にはならずに今朝には辺りは薄っすらと白いものが残るだけだった。ただ、地面は凍結していた。あまりの寒さに南国育ちの恵那は絶対に外に出ようとはしなかった。一度、恵那は雪が降った時にはしゃいで出てみたが、10秒も経たないうちに逃げ帰っていた。それ以来外には出ていなかった。

 都市別斗べつとの南には恐らくこの地域最大拠点である村18と名付けた猪人間の村があったが、長い間都市に異世界人がいなかったせいか、特に注意を払われてはいなかった。また、周辺にはそれ以外の村がなかった。

 都市を支えるインフラ設備やドローン達もルコ達が都市に入った時には休眠状態だったので、再稼働させたくらい放置されていた都市でもあった。しかし、再稼働には全く問題がなく、すぐに都市機能は回復した。

 この都市に猪人間に知られずに入れた事は非常に幸運だったと言える。ここで連戦の疲れを癒やし、射撃の訓練もできた。補給物資にも困らず、安寧の時を過ごしていた。

 朝食後、四人は車内の後部にて狹間から実弾訓練をしており、その訓練がたった今終わったところだった。

「なんか銃も大分馴染んできたって感じがするのじゃ」

 遙華は銃を見つめながらそう言った。

「そうですわね。元々扱いやすい武器でしたが、その扱い方がより分かってきた感じがしますわ」

 瑠璃は遙華に同意した。

「そうね。あたしもコツを掴んだ感じがするわ」

 恵那はそう言ったが、元々四人の中で一番射撃が上手く、更に有効射程距離を伸ばしていた。

 三人は好感触を掴んでおり、実践を経た事で更なる飛躍を遂げたのであろう。

 そんな中、ルコは一人だけ浮かない顔をしていた。腕前が全然上がっていなかったからだ。それどころか、もしかしたら下がっているかもしれないと感じていたからだ。

「まあ、なんなのじゃ。ルコ、主は実戦向きなのやもしれんのじゃ」

 遙華は明らかに言葉を選びに迷いながらルコを慰めていた。

「そうですわ、ルコ様。実戦では当たっているので何も問題はないですわ」

 瑠璃はつかさずフォローを入れてきた。

 ルコは二人の言葉を聞いて複雑な顔をした。なにせ、実戦でも結構外している感覚があるからだ。

「まあ、そんなに気にする必要はないわよ。コツさえ掴めば、ルコだってうまくなるわよ」

 恵那はあっけらかんとそう言いながらルコの背中をバシバシ叩いた。励ましているつもりなんだろう。

 ルコは背中をバシバシやられながら前屈みになりながらちょっと卑屈になっていた。確かに恵那の言う通りコツさえ掴めば、上手くなるのだろうけど、そのコツが分からないからだ。ただコツではなく、機械との相性のような気もしていた。

 そんなルコの表情を見て、遙華と瑠璃は何とも言えない雰囲気になり、困ったようにお互いの顔を見合わせた。

「都市内に異常発生!工場や水道設備などが全ての都市機能が停止しました」

 微妙な場の雰囲気を吹き飛ばすようにマリー・ベルはいつもの無機質な口調で異常事態を告げてきた。

「どういう事?」

 恵那はいつもの口調で喋っていたのでマリー・ベルが緊急事態を報告しているとは思えないようだった。

 ルコは銃をしまいながら作業区画へと歩き出した。それを見て、他の三人は慌てて同じく銃をしまってルコの後に続いた。

「給水と排水の状態は?」

 ルコは歩きながらマリー・ベルに聞いた。

「共に現在使用不可能です」

「食料品等の補給物質の運び出しは?」

 ルコはそう言いながら通路を抜け、作業区画へと入った。後に続いて他の三人も入った。

「倉庫は手動で開閉はできますが、在庫管理と注文ができませんので配送は不可能です」

「現在の食糧の在庫状況は?」

「昨日の時点ですが、車内に60日分、都市倉庫に20日分の食糧があります。工場が止まりましたので、これ以上の上積みは現在望めません」

「都市の状況は?映像を映し出せる?」

「都市の監視装置は完全に停止しています。車載の監視装置のみでしか都市の状況を把握できません」

 ルコはこのマリー・ベルの言葉を聞いて思っていた以上に深刻な状況だと感じていてしばらく腕組みをして考え込んだ。事態を打開しなくてはならなかったからだ。

 そんなルコを見て、他の三人も事態の深刻さが分かってきたが、同時にルコに対して頼もしい存在だという気持ちを持っていた。ただ、そんな風に思われているとはルコは気付いていないのだが。

「都市所属のドローンはどうなっているの?」

「現在不明です」

「都市機能を復旧させるのにはドローンが必要よね?」

「はい、仰る通りです」

「都市所属のドローンをこちらの制御下に置く事はできる?」

「はい、可能です。車載のドローンを使って1台ずつ設定を変えれば制御可能です」

「ならば、すぐに取り掛かって!」

「はい、承りました」

 マリー・ベルはそう言うとすぐに命令に取り掛かった。

「とりあえず、復旧のための手は打ったという事じゃな?」

 遙華はルコに聞いてきた。

「ええ。事態改善までは時間が掛かりそうだけどね」

「さすが、ルコ。頼りになるわね」

 恵那はそう言うと笑顔でルコに抱きついた。ルコはちょっとびっくりしていたが、嫌がる素振りはなかった。

「しかし、警戒態勢は取ったほうがよろしいかと思いますわ」

 瑠璃はいつものおっとり口調ではなく、ちょっときつめの口調だった。心なしか、ルコと恵那を睨んでいるような気がした。ちょっと妬いていたのだった。

「そうじゃな、どうのように配置にするのじゃ?」

 遙華は瑠璃の言葉に素直に従って聞いた。妙な雰囲気になり始めていたのには気付いていないようだった。

「そうですわね。前後左右に人員を配置するのがよろしいかと思いますわ」

「それじゃあ、吾は前に行くとするのじゃ」

 遙華はそう言うと、車両前部へと向かった。

「あたしは後ろに行くね」

 恵那は妙な雰囲気を作った張本人の自覚なしに車両後部へと向かった。

「それでは、妾は左で、ルコ様は右という事でお願いしますわ」

 瑠璃は恵那がルコから離れたのでいつものおっとり口調に戻っていた。

「ええ、分かったわ」

 ルコは妙な雰囲気になりかけたのは気のせいかと思いながら作業区画の右側の壁にある狹間に近寄った。

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