3.逃亡

その1

 散らばった補給物質を回収した後、ルコ達は放浪種との戦闘場所から東に500m移動した。猪人間の死体が転がっている場所にあまり長くいるのは気分がいいものではなく、また、臭いで敵を引きつける可能性もあったからだ。猪人間は鼻が利き、もし気付いたら真っ先に血の匂いがする場所へとすぐに駆け付けるだろう。

 ルコ達が移った所は海側の幹線道路で、運河を挟んで港があった。港には船らしきものが係留されていたが、外見からもう動かないものだと分かるほど朽ちていた。都市機能がドローンなどで維持されているのとは対照的だった。

 ルコ達がいるこの都市織内おるないは東は海で、北も5kmも北上すれば、海だった。西と南は山に囲まれた地形だった。北はもちろんの事、西の方角には別の都市がなく、南の方角は山々を超えた遙か先の先にようやく都市があるくらいでとても辿り着けるものではなかった。残りは東の方角なのだが、湾を挟んで直線距離で東26kmに都市空別からべつ、海岸線を通り抜ける事となる都市幌豊ほろとよが東南東32kmに位置していた。

 都市織内おるないの周りにある猪人間の村は北に2つ、南に3つあった。

 ルコ達四人は画面に映っている地図でこれまで説明された位置関係を見ながら、ちゃぶ台を囲んで作業区画で今後の検討をしていた。地図はそのちゃぶ台に表示されていた。

「この都市に斥候を送ってきている4つの村が異変を察知して、その村々から最低でも1000匹の猪人間がここにやって来るという事ね?」

 ルコは地図の四つの村を指しながらマリー・ベルに確認した。

「はい、仰る通りです」

「斥候が来るのは日没後だから作戦を立てる時間があるわね」

「はい、仰る通りです」

「とは言っても1000と戦うのは絶対に無理じゃな」

 遙華は天を仰ぐように顔を上に向けて諦めの声を上げた。

「都市内に潜んでやり過ごす事もその数ですと、難しそうですね。一夜だけで捜索が終わるとは思えませんので」

 瑠璃はいつものおっとりした口調で言っていたが、事態の深刻さはよく分かっているようだった。

「はい、仰る通りです。捜索する人数は減っていくかもしれませんが、見つかるまで昼夜を問わずに何日も捜索が続くと推察されます」

 マリー・ベルの言葉はあまりにも希望がなさすぎて、一同は溜息をつく他なかった。

「でも、定住種って、さっきの奴らより弱いんでしょ?」

 恵那は自分が感じた疑問点を素直にぶつけてきた。

「弱いと仰っても、弾が足りませんわ。弾倉が全部で40、弾倉一つで24発ですから1000に届きませんわ」

 瑠璃は恵那にそう指摘した。

「でも、弾倉は充填できるから実際に撃てる弾はもっと増えるはずよね」

 恵那は尚も自分の感じた疑問を続けて言った。

「それはそうじゃが、充填には時間が掛かるのじゃからそんなにはうまくいかないのじゃ。それに、恵那、主はさっきの戦闘での命中率はどのくらいじゃ?」

 遙華はそう言って恵那に逆に質問した。

「3割ぐらいかな?」

 恵那はためらいがちにそう言った。

「そうなると、3,4回は充填しないとならないのじゃ。それは現実的ではないのじゃよ」

 遙華は諭すようにそう言った。

「ちぇ、やっぱり駄目か……」

 恵那はどうやら結論は分かっていたようだった。本当に可能性がないかを検討するのは悪い事ではなかった。

「それじゃあ、敵に包囲される前にここの海岸線付近を抜けていく他ないようね」

 海岸線を指差しながら、ルコはこれまでの皆の議論からそう導き出した。

「それしかないと思います」

「あたしもそう思うわ」

 瑠璃と恵那はすぐに賛成した。しかし、遙華はちょっと不満そうな顔をして、

「吾もそう思うのじゃが、やっぱりここの2つの村が問題じゃな」

と海岸線近くにある2つの村を指差した。

「マリー・ベル、敵の戦力は分かる?」

 ルコは遙華の指摘を受けてマリー・ベルにそう聞いた。

「両村とも規模は同じくらいですので、両方とも同じ300前後と推定されます」

「2つの村が協力して妾達を攻撃してくる事はありますか?」

 瑠璃は尤もな懸念をマリー・ベルに聞いていた。

「現在のところ、猪人間は縄張り意識が強いので、協調して攻撃してくる可能性はあまり高くないと推定されます」

「『現在のところ』か……。今回の事がきっかけで協調する可能性もない訳ではないのじゃな?」

 遙華は嫌な事に気付いたようだった。

「はい、仰る通りです」

 マリー・ベルは遙華の懸念をあっさりと肯定した。あっさり過ぎて場の空気が更に重いものになった。AIは空気読めませんという典型例かもしれなかった。

「まあ……それならそれで、やっぱりここを抜け出さないといけないわね。4つの村が協調したらまず私達に勝ち目はないわ」

 ルコは確認するかのようにそう言うと、次に意を決したように、

「マリー・ベル、4つの村からの予想される侵攻経路は?」

と聞いた。

「このような経路が予想されると推定されます」

 マリー・ベルはそう言うと、緑色の点線で予想侵攻ルートが地図上に示された。

「ならば、私達はより海沿いの道を使って、脱出するのはどう?」

 ルコは道を指差しながらそう三人に聞いた。

「まあ、それしかないじゃろうな。ないのじゃが……」

 遙華は腕組みをしながらそう言ったが、何か引っ掛かっているようだった。

「ここの村の猪人間達とこのようにすれ違う事が出来れば、ここの村は無視できますね」

 瑠璃は猪人間村の侵攻ルートと自分たちの進路を両手の人差し指ですれ違うようにしながら言った。村の侵攻ルートはルコ達とは違う道を使う事が予想されていた。

「ならば、この村だけ考えればいいって事ね」

 恵那は奥側の村を指しながらそう言った。希望が持ててきているようだった。

「しかし、それでも300じゃぞ」

 遙華は溜息混じりにそう言った。

「1000よりはマシですわ。それに、今回は脱出が目的ですから敵を殲滅する必要はありませんわ」

 瑠璃はおっとりした口調でそう言ったが、雰囲気は戦闘状態の時の凛々しい顔付きになっていた。

 瑠璃にそう言われたが、遙華はまだ考え込んでいた。

「うんと、多分これ以上の案は出てこないと思うわよ」

 恵那は考え込んでいる遙華に結構あっさりと言った。脳天気な言い方に思えるがただ単に事実を言っているだけだという風にも捉える事ができた。

 都市を脱出するルートは他にも4箇所ほどあったのだが、それはいずれも猪人間から侵攻してくるルートと重なるために、恵那の言っているようにこの脱出ルートが一番ましだった。

「そうじゃな、吾も覚悟を決めてこの案に乗る事にするのじゃ」

 遙華は決意を固めるようにそう言った。それを聞いたルコは、

「それではすぐに作戦に取り掛かりましょう」

と言って立ち上がった。まさに決戦を覚悟した行為だった。

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