276.奴隷商

 

 今日の目玉“商品”が売れ上機嫌の奴隷商人は、鼻歌を歌いながら客からもらったお金をいじりながら一階へと上がっていく。


 その階に上がった奴隷商人は、店に大量に並んでいる酒の中から高級そうな瓶入りの酒を一つ手に取り、店の真ん中にある席に座り、勢いよく栓を抜くと一気に瓶の中の酒を飲み干してしまっていた。


 ここに大量の酒が置いてあるのは、この店が表向きは伊乃国屋という酒屋として営業しているからだ。

 酒屋としての売上も上々で、特にこの店の裏に位置する遊郭との取引がこの酒屋の売上がほとんどを占めている。

 さらに伊乃国屋は少し離れた場所に居酒屋も出店しており、そのお店は異国の食事が出てくるお店として人気が絶えない。


 一方で、店の地下には檻に入れられた出雲国内から仕入れて来た奴隷が並んでいた。

 そのほとんどが女で幼い女の子やとある取引先の商人の性癖に合わせて何人か幼い男の子もいる。


 ここにいる奴隷の多くは、親や夫の借金等によって身売りされた子や人妻たち、盗賊や奴隷商の部下達によって拉致されてきた女が占めているが、中には戦乱によって親を亡くし行き場をなくした子たちも含まれている。

 その中には今日売れた奴隷のように高価値のものもあり、銀狐や猫女などの獣人から、大陸から連れてこられた女もいる。




「よし、よし、今日は特に儲けた。おいエレン!」

「はっ、お呼びですか?」


 エレンと呼ばれたガタイの良い青年は、奴隷商人の声にすぐに反応し地下から姿を現した。

 彼は奴隷商人の用心棒集団の頭を務めていて、その彼が率いる用心棒集団は客が暴れたり売り物が抵抗するときの対応や情報収集等をする。

 そんな彼の顔や服には恐らく地下で“何か”をしていたおかげで“赤い物”がべっとりとついていた。


「暴れたさっきのデブ商人はどうした?」

「はっ、あれから、かなり暴れられたのでいまは地下室で“大人しく”してもらってます」


 彼らが言う商人というのは、さっきの競りが不服で暴れだしたもののことだ。

 

その商人は名を野仏藤吉郎といって、彼は酒の販売から製造までを行う野仏屋の当主をしている。

 野仏屋とは表では酒の取引で仲良くしていて、裏では奴隷を良く買ってくれる常連さんとして付き合いがある。

 普段であれば安価で販売したり、上物を競りに出す前に売ったり等はしていたのだが、今日に限っては予想以上の金額に目がくらみ、いつもは彼に優先的に売るところを今日来た男に売ってしまっていた。


「そうか、一先ずそのままにしておけ、こちらのことをばらされたら困る」


「はっ、連れていた奴隷はどうされますか」


「そうだな、あいつが連れていた女どもはだいぶ使い古しているだろうからもう売りものにならんだろうな、お前が代わりに持って行っていいぞ?」


「はっ、ではお言葉に甘えていただきます」


「フッ、お前も物好きだな。そんなことより、今日あの女を買っていった男のことを調べてほしい、あいつの裏には何かありそうだ」


「はっ、承知しました」


 奴隷商人から命令を受けたエレンは商人に一礼すると、すぐに店の裏に消えていった。


 奴隷商人はそのエレンに今日エレオノーラを買っていった人物のことを調べるように言っていたのには訳があった。


 それは何故か。


 暴れた商人の藤吉郎や武士等ならある程度の収入があるので、今回のような高額奴隷を買うのは比較的容易なことだが、貧相な身なりの人間が高額な奴隷を買うのは普通あり得ない。

 そこで、彼が疑ったのはその客の正体はかなりの上流階級にいる人間が姿を隠し、自分たちの内情を探ろうとしてきたのではないかということだ。

 もし、その人間が自分たちに対して何らかの探りをいれてきたのだとすると、早急に手を打たなければならない。




 それから数日後、地下室でエレンは奴隷商人に得て来た情報を伝えた。


「どうだった?」

「ええ、あの後おっしゃっていた通りかなりの上に位置する人間だという推測に基づいて、その人物が武家屋敷か大和城周辺に現れると思って夜探りをいれていたところ、大和城から出て来たこの間と同じ身なりの人物と出くわしました」


「そうか、それで」


「しかし、二度目以降は、恐らくその人物の周辺を警護する兵に私の存在に気付いたようで、それからはその兵による追ってが増えてしまい何もつかめていません」


「ただ、一つだけ確実にいえることがあります」

「なんだ?」

「その追っ手の兵達が持つ武器の特徴に見覚えがあるんです」

「まさか」


「そうです、その武器の特徴から恐らく彼らはコンダート王国の人間であることです、そして最近出雲国にコンダート王国の使節団とともに上陸してきていること。それからよる自由に動き回れる身分。これから導き出されることは、その守られていた人物はコンダート王国の王族ではないかということです」


「まさかとは思ったが……、これは“本部”にも伝えないとな」


「そうですね、“本部”にも伝えておいた方がよいでしょう」


「それと例の“あれ”はどうなっている?」


「“あれ”は両方ともうまくいっていて、最終試験段階まで進んでいます」


「そうか!これで簡単に……。今夜一つ“味見”させてもらえないか?」


「ええ、構いませんよ、“上玉”をお使いください」


「ぐふふ、それは楽しみだ」


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