223.出雲国の姫君

 

 時は少しさかのぼり、場所は国境警備隊が管理するガレア北検問所。


 ガレア北検問所はガレア城よりさらに北の帝国との国境に位置し、この検問所は巨大なメリアル山脈に挟まれた渓谷にある。

 その渓谷は南北15㎞にも及び、その丁度中間地点に暫定的な国境としている。

 王国側も帝国側も、両国ともこの渓谷を越えた場所が自国の定めた国境線だという事で一歩も引かない。


 しかし、この検問所は、検問所とは名ばかりのもので、実際この場所からお互いの領地に行き来することはできないようになっている。

 もし、行き来したいという愚か者がいたとするなら、その命の保証はない。

 何故なら、ここを通りどちらか一方の検問所(帝国側は砦と呼んでいる)を通過しようとした途端、敵とみなされ問答無用で射殺若しくは切り殺されるからだ。




 ここには国境警備隊から選抜された精鋭一個大隊(2000名)が配備されている。


 目の前が帝国領という危険な場所にも関わらず、大部隊を配置しない理由は、ここに大部隊を展開してしまうと、狭い峡谷という事もあって部隊がかえって動き辛くなってしまうという事と、ここで大規模の部隊を置いてしまうと相手を下手に刺激しかねないという理由から、このようになっている。


 しかし、検問所が破壊されるような攻撃を受けたときに危険なので、渓谷を抜けたすぐの場所に国境警備隊ガレア北基地を設置している。

 万が一の場合はこの基地にいる第一警備師団が応援に駆け付ける事になっている。

 さらに上空にはセレンデンス空軍基地所属の足の長い早期警戒管制機や完全武装の爆撃機のいずれかが、加えてハミルトン統合基地の第123陸軍航空隊所属のAH-64Eなどが常に戦闘待機してくれているので何かあっても安心だ。




 ガレア北検問所の前には、当然帝国陸軍側が検問所という名の砦のようなものを設けており、そこでお互いが監視しあっている。

 情報によれば帝国側の検問所(砦)には陸軍兵約10,000名以上いるという。さらに砦の上には大型のバリスタや大砲(前装式)等といった兵器も設置されており、こちらを完全に攻撃する気満々だ。



 時折、帝国側の兵士がこちらの検問所を落とそうと昼夜関係なく襲い掛かってくることもあり、此の検問所では双方死傷者が絶えない。

 数こそ少ないがこちらにも死者が出ており、遺体安置場所はほぼ埋まっている。普段は棺桶に入れてあげるのだが、その数はあまり多くはないので、床には死体袋に入ったままの遺体も置かれている。


 実際王国側に亡命と称して逃げて来ようとした兵士を数え切れないほど見て来たが、その多くが線を越えた瞬間に帝国兵に弓矢によって殺されるか、良くて捕まってタコ殴りにされるのがオチだ。


 亡命に成功した帝国兵に帝国側の検問所内の様子を聞くとかなり劣悪な環境だそうで、食事も一日一回乾パンこぶし大と水が一杯飲めればいい方で、ほとんどの食糧は部隊長が食べてしまうのだという。


 さらに負傷者や病人への治療も十分に行われず、矢が腕に刺さったぐらいでは放置され、四肢が欠損している兵に至っては亡くなった兵から外してきた包帯を付けるのが精一杯なのだという。そういった環境のせいで、帝国内であっても救える命も救えず、そのほとんどが死を待つだけだ。

 一応、回復魔法を使える兵士が数名いるのだが“万が一の為”という事で、その人達がその兵士たちを救うことはないそうだ。


 こんな状況であっても、帝国は常に人“は”送り続けるのでこの検問所を維持しているようだ。


 その点こちらは常に安定して食糧や弾薬が補給されて来ており、現代医学の医師や古来からの医療魔術を扱う軍医がいるためかなり恵まれている。

(それでも連日のように行われる挑発行為や急襲によって精神を病み逃げ出す隊員がわずかにいるが)


 こういった恵まれた状況を見れば、亡命したくなるのもうなずける。




 時折こちらに向かってくる帝国兵とはよく暫定国境線の上でもみ合いや戦闘が起こるのだが、その時に国境線を越えてしまった味方の遺体を収容しに行こうとすると、帝国側の検問所から矢が降ってくるので容易にはいけない。

 その味方の遺体を収容できないと、その遺体は帝国兵によって砦まで引きずられた上に、砦の外壁に吊るされさらし者にされる。

 こういった非日常的な事がこの検問所では行われていた。



 しかし、それはある日を境に大きく変わっていった。



 王国上層部の判断でこの検問所を一時陸軍の指揮下に置くことが決定された。

 これは帝国の度重なる領海や領空侵犯、さらに領土への侵入等に痺れを切らし、ついに王国軍が反攻作戦の開始を決めたからだ。


 その通達が来た直後には、この検問所にこれまでになかったM2重機関銃や40㎜自動擲弾投射機、カールグスタフM4や120㎜重迫撃砲が次々と配備されて来た。


 さらに狙撃手用にNTW-20という20×82㎜弾を使用するボルトアクション方式の対物ライフルも配備された(この大きさになると“銃”というより“砲”と呼んでもいいぐらいだ)。

 この銃が配備されてきたのは、交戦距離がかなり長くなる事が予想されるからだ。


 さらに増援として陸軍の第3山岳師団と第4砲兵師団が到着し、そのまま国境警備隊と入れ替わった。


 この第3山岳師団師団長を務めるのは、過去エルベ村の義勇防衛隊の隊長をしていたグランド・シエル少将だ。

 彼女は他からの推薦があった事と、過去の功績を考慮して今の部隊に指揮官として配属された。


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