172.ハルト・ケイル空軍大将

 

 時は少しさかのぼり、カルロゼ東空中戦より前のデスニア帝国南部レヴァイス空軍基地、南部航空方面軍司令部。


 司令部執務室には、司令官であるハルト・ケイル空軍大将が執務室で報告書とにらめっこしていた。

 彼の見ている報告書には南部侵攻軍の悲惨で情けない現況が事細かに書かれていた。


 彼はハルト家の長男だ。ハルト家は代々優秀な軍人を輩出している家で、現当主ハルト・アルセウス陸軍元帥は陸軍の全権力を握っている。


 そんな父であり当主でもあるアルセウスの影響を受け幼いころから将軍になることを夢見て毎日のように父に勉学と鍛錬に師事し、学校に行けるようになる12歳になったとたん史上最年少で士官学校に入学、飛び級して主席で卒業、卒業後はすぐに最新の兵器や竜騎兵を持つ空軍に迷うことなく入った。

 そして数々の武功を立てて、今の空軍大将までに上り詰めた。


 兄弟には一つ下の弟でハミルトン城攻略作戦で王国の最新兵器を使った激しい抵抗に遭い命を落としたハルト・キール陸軍大将(当時は陸軍中将、死後戦時特進で大将に昇格)が、そのほかに二つ下の弟で南部方面軍第25軍団司令ハルト・ジェスタ陸軍少将、四つ下には妹のハルト・ミルヴァ海軍大尉(海軍情報参謀部諜報課)がいる。


 そしてハルトには妻と子供二人がいて首都から25㎞離れたところで暮らしている。



「どうしてこうなった、いくら“あいつら”でもこんなに無能なはずはないんだが……」


 ケイルの言う“あいつら”というのは南部侵攻軍総司令官であるエレクサンドラ・ガンテ陸軍大将と陸軍を海側から防衛するために一緒の行動をとっているアレクシドロ・メテス海軍少将のことだ。


 彼とケイルは油と水のような関係だ、というのもガンテは力や数に任せて一気に攻撃するのに対してケイルはどちらかというと綿密な計画や戦略、正確な敵の情報などを得てから行動を起こす頭脳派タイプなので、何かと考えが合わない。


 今回の南部侵攻軍の戦略でもこの二人の考えの違いからくる意見の衝突が起きている。それに加えてアレクシドロ・メテス海軍中将はガンテのことを尊敬しすぎるがあまり、彼の思うこと言うことしか受け入れないので最終的にはケイルの空軍と陸海軍は攻める方向と場所だけしか合わず、共同戦線にも関わらず、作戦行動は空軍のみほぼ単独でとることになってしまった。


 現在王国東部のウルス城を占領した陸軍とジェイル港を占拠した海軍は、未曾有の流行り病の影響で陸軍はおよそ3割強に及ぶ1万6千人の兵士が死亡し、海軍はこれに加えて水棲モンスターの大量発生で沖合に停泊していた船が大型モンスターに襲われ約12隻が沈められ、港では進駐してきた兵とモンスターとの戦闘もあり、戦死と病死が合わせて2万を超えていた。


 通常であればこのような状況に陥れば、どんなに無能な軍人でも危機を察し援軍要請や撤退という行動をとるはずなのだが、何を思ったのか上層部にガンテはこの戦力のまま反攻をしてくるであろう王国軍を迎え撃つので援軍は無用と報告してきたというのだ。



 その報告に上層部は当たり前だが「異常」だと判断し、南部侵攻支援軍を編成し事態改善に向かわせた。

 まず空軍にはカルロゼから北に200㎞離れた帝国領土内のレヴァイス空軍基地に2千の竜騎兵を集結させ、さらに陸路で食糧や弾薬などの物資を運びこみ、基地の一角に大量に集積し長期間戦線を維持できるように整えさせた。


 陸軍には、レヴァイスから南東に位置するシャルレッテンの町に帝国陸軍中部方面軍第3軍団と第21軍団の歩兵約5万を集結させ、これを空軍が持つ飛空艇部隊によって前線に直接ピストン輸送する。


 そのさらに東に位置するノヴァインシェンの港には帝国海軍第14戦隊の艦艇40隻と300隻の輸送船で海軍海兵隊3万を一旦集結させていた。


「こんなに上は用意してくれたのに、奴はこれを拒むというのか?」


 この上層部の南部侵攻支援軍に対して拒むかのような文を、この計画を立案指揮した陸軍元帥であるハルト・アルセウスに送りつけたらしい。


 それを受け支援軍は集結したまま前線付近で一旦止まることになった。


「やつは本当にどうしたっていうんだ?まぁよい、それよりこっちはどう動こうか……」


 全軍の状況が書かれていた報告書を読み終え、次に配下の部隊からの報告書を見ていた。


 その報告書には敵の“空軍”について書かれていた。


 そこには、竜騎兵隊4機が王国領土内を威力偵察するためセレンデンス近くを通りがかったときに、広大な土地に巨大なコンクリートでできた基地を発見、細かく見なければと思った竜騎兵は見つからないように超低空でギリギリまで近づいて偵察を試みたようで、基地には見たこともない大型の鉄の鳥のようなものが無数に配備されていて、帝国空軍からすると航空師団規模に匹敵するぐらいの戦力があると書かれていた。


 この時これに遭遇した彼らは海軍所属の竜騎兵隊を攻撃したものの情報を聞いていたので、今回もそれと同じものだと思い、自分ら同じ運命をたどると思ったが、基地まで400mまで接近したが敵に気付かれることなく竜騎兵隊は基地に引き返せたようだ。


「もうここまで王国は息を吹き返してきているどころか、戦力を増大させているのか……これに加えてあいつらの醜態ときた……ただ俺がいる限りそう簡単にはさせんぞ」


 この二つの報告をみてケイルは、このままでは王国に強烈な反撃を食らってしまうと思い立ち、ウルス城の陸軍が動くのを待たず、単独で王国軍に攻撃を仕掛けることにした。


 これには以前から秘密裏に計画・準備していた“カルロゼ侵攻作戦”を実行する。


 この作戦は王国領のカルロゼから10㎞の位置にあるヤーニヒベルグ基地にハルト・ジェスタ陸軍少将率いる南部方面軍第25軍団第2師団の約2万と陸軍魔術化軍団第128大隊の計2万2千を主力とする部隊を集結させているので、これをヤーニヒベルグとカルロゼの間のメリアル山脈のアザゼン山(9750m)を登っていくのではなく、今回同行している陸軍魔術化軍団第128大隊に土属性魔法で“トンネル”を掘らせ(最短距離で掘った場合でも2㎞弱)、これで強引に山を突破し敵の不意を突き一挙にカルロゼを占拠してしまおうというものだ。


 ここを占領してしまえばウルス城にいる味方を側面(北)から援護することができ、補給線は山の地下を通るトンネルを利用するので、敵の航空戦力から完全に守られる。


 さらにここを拠点にして、目下の脅威であるセレンデンスにある敵空軍基地を攻撃することも可能になってくる。


 これで、彼は自信満々にこの作戦は成功すると豪語する。


 しかし、彼の考えた作戦は一瞬にして砕かれるのであった。

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