89.旅立ち


 それからレナは母親に用意してもらっていた服に着替え、朝食も取り、荷物を持つと不思議とやる気が出てきた。

 レナの住んでいる村は数十人の獣人族の猫種だけが集まったイルダという名の小さい村だった。

 レナの家族は父と母の3人で、父親は冒険者として生計を立てていて母親は小さな農園を営んでいる、この世界ではありきたりな家庭である。



 そんなごくごく一般の家庭に育った一見何も特色のなさそうな少女が、騎士学校へと向かうきっかけとなったのはとある日突然なんの前触れもなくレナの家に黒いローブを羽織り顔も見えないように布で隠した“女性”が現れ、王立士官学校への推薦状をレナに渡してきたからである。

 それを受け取ったときレナの母親と父親は、何が起きたのか理解できていない上に目の前で起こっていることが本当のことなのか夢なのかと思っているのか目を見開いたりこするようなことをしていた。


 しかし、それもそのはずで、王立士官学校というものはそもそも王族や貴族などの子供や最低でも名のある大商人の子供でなければ入学はできず、そもそも基本的な教育を受けていない子供にとっては高等的な勉強をするのでついて行けない、さらに教育費や生活費などの費用も膨大なもので、とてもじゃないがどう頑張ってもごくごく一般的な家庭には到底手の届くことのない場所なのだ、しかも入学案内ではなく、そこの入学推薦書が目の前にあるのだから目を疑うのはごく自然な反応だろう。

 その女性から渡された推薦状とやらをレナは受け取り文字を読もうとしたが、そもそもレナには読めるはずもなく、すぐに両親に見せ読んでもらった。


「何々……これはレナ殿を栄えある王立士官学校への入学を“推薦”するものである、したがってこの書状が届いた日から10日後……本当だ、信じられん……」

「本当にこの子が……レナが入学を推薦されているのですね?」


 父親はパニックになり口を開けたまま固まってしまった、対する母親は何とか冷静を保ちながらまだ名も正体も知れない女性に聞き返していた。


「ええ、わが国の女王陛下が直々のご決断なのでまず間違いないでしょう……と言っても信じてもらえないでしょうがその書状には王家のものでしか描けない特殊な魔法陣が描かれていて、その魔法陣自体が証明となります。途中関所などでも有効です。すぐにでも真偽をお確かめになりたいのでしたら近くの神官に聞けばすぐにでもわかるでしょう、では私はここで失礼いたします」


「お、おい!」


 混乱から復活した父親が何かを聞こうとした瞬間、その女性は役目を終えたと言わんばかりに文字通り目の前から姿を消した。


 女性の説明に納得のいかない父親は、すぐさま村の神官のところへと向かいこの疑わしい書状を見せた。

 するとそれを見た瞬間、神官は目を大きく見開きながら驚いていたがすぐに平常心を取り戻すと、神官曰く“王家に代々伝わる魔法陣で、この魔法陣が書かれた書状はこの国では絶対的な信用があるからまず間違いない”とのことだった。


 さすがにこれを聞いてレナの父親も不承不承納得し教会を後にした。

 家に帰ってきた父親は、レナを王立士官学校へと入学させることにした、父親はまだもやもやとしたことが残っているようだったが母親の後押しと、書状の最後の部分に書かれていた学費などの諸費用完全補助、身柄の安全の保証等、至れり尽くせりのこともあってか最後は素直に承諾していた。

 当のレナに至ってはなんのことかまだ分かっておらず成すがままであった。


 それから10日が経った今、イルダ村から歩いて3時間ぐらいかけて王都アルダートへと向かうのであった。

 王都までの道はしっかりとした街道として整備され、主要な周辺住民の交通ルートになっている他軍隊が常時警戒するルートであるため、夜間以外であればかなり安全な道である。

 王都に入る前に関所を通る、そこで本当であればギルドカードや通行証を見せるか通行料として銀貨10枚を支払わなくてはならないのだが、何も持ち合わせていないレナは女性の言っていたことを信じ書状を見せることにした。


 すると見せるまではぶっきらぼうだった兵士は急にかしこまりはじめ上司に報告しに行ったかと思えば10人ぐらいの兵士が護衛としてつくことになってしまった。


 これもこの書状に書かれた魔法陣の効力なのであろうか……

 王家の紋章が入っていればこうもなるのは当然なんだろうか?

 そんなレナは仰々しく兵士に護衛され王都内へと入っていった。


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