エピローグ*ハムペルト視点
「実際のところ、ネトーブリアン姫……いや、ネトーブリアンと結婚するメリットは、それほど無かったんだよね」
「はぁ……」
執務室、正午手前。
デスクで書類の精査や予算の確認などを行なっていると、私のご主人様、ニック殿下が唐突に語り始めました。
話す暇があるなら、さっさと目の前に積まれている書類を片付けて欲しいです。
「あの一件、本当に疲れたんですけれど」
……裏で何を考えているかわからない人ですが、王国を第一に考えていらっしゃることはわかります。でも、ちょっと人使いが荒いのが不満です。
「それに関しては、ハムペルトには本当に感謝しているよ」
「左様ですか」
「信じて無いでしょ」
面倒くさいですね。
お礼を言うくらいなら、休みを増やすなり、お給料に反映させてくれればいいんですけれど。
「僕の『未来視』によれば、ネトーブリアンと僕が結婚すると、どうしても僕が早くに過労死するらしい」
「前々から気になっていたんですけれど」
「なに?」
「ニック殿下の『未来視』の精度って、どの程度なんですか」
それ次第では、もっと良い道があったとは思うのですけれどね。私があれこれしなくても済んだかもしれませんし。
深夜の掃除作業だけは、本当に勘弁してもらいたかったです。お陰で寝不足ですよ。
「精度と言われれば、悪いと言うしか無い。なにせ、何故そうなったのかまではわからないんだ」
「それなら、何故、カイゼルさんとネトーブリアン様をくっつけるような真似を?」
「試行錯誤。行動を変更して、見える未来を逐一変えた。本当にこれ、大変だったんだけど……、どうやっても、僕とネトーブリアンが結婚すると、僕が何故か過労死してるんだよね」
「大変ですね」
ニック殿下は「全くだよ」とため息を吐いて、続けます。
「それに、彼女に貴族の世界は向いていないと、昔から思っていたしね……、殺してしまった方が早かったのかもしれないけど、彼女には幸せになって欲しかったから」
「嘘ですね」
ピシャリと言い切ってやります。この王子が、そんなお優しいことを考えるわけがありません。
「『読心』が欲しかったんでしょう」
「あ、ばれた?」
やっぱり。
「あのスキル、本当に珍しいんだよ。スキル保有者自体は何人か見つけてはいるんだけど、信用が置けるかと言われれば、疑問視をせざるを得ない」
『読心』は主観でしかわかりませんから、保有者が嘘をつけば、冤罪は作り放題。そうでなくても、裏切られた場合のデメリットが大きすぎます。その点を仰っているのは、わかりました。
「あれ、本当にずるですよね。対策はありますけれど、ほとんど不可能です」
「他のことを考えることだね。僕でも無理。どうしても、思考というものは表に出てしまうし」
「そこでネトーブリアン様ですか」
「まあね」
ニック殿下は、ぴらぴらと手元の書類を左右に振ります。見ろ、ということでしょうか。
私は自分のデスクから立ち上がり、その書類を拝借、拝見します。
「……幸せそうですね」
「でしょ?」
そこにあったのは、カイゼルさんの奥さん……ネコという人物が妊娠したとの報告でした。ナイスバディとは言えないようならお腹になっているようです。
「羨ましいです」
「君はまだダメだからね」
「……セクハラですよ、それ」
……先に釘を刺されてしまいました。私もそろそろ寿退職したいところなのですけれど、
主に、第二王子派閥の残党狩りのようなものなので、時間の問題ではあるのですが、生命力はゴキブリ並です。
それもこれも、ネトーブリアン様とニック殿下がご結婚されていれば、やる必要のない作業なのですけれど、過ぎたものは仕方ありません。
「君の旦那さんには期待しているよ」
「それなら、殿下が王様になった暁には、私の旦那様を男爵から伯爵位まで爵位をあげてください」
「……それはズルじゃない?」
「コネというやつです」
「いやいや」とニック殿下は私が手に持つ書類を指さしました。
「僕は実力に応じた地位しか渡さない予定だよ……、それより、君、彼らの様子、見に行ってくれない?」
「なんで私が」
「ネコちゃんの事情知ってるの、僕と君だけだし。僕はここを離れられないから。休暇ついでに、ね」
「それはもう、仕事と言います」
「固いこと言わないでよ。それ行ったら、旦那さんとの時間、作ってあげるからさ」
「…………」
この仕事、早く辞めたいです。
◆ ◆ ◆
彼らの住まうパル村までは、馬車で一週間と行ったところです。道中、危険がある旅ですから、ニック殿下の近衛騎士を一名を借りてきました。
もちろん、多少、変装はしておりますが。
「よくいらっしゃいました」
そういって出迎えてくれたのは、村の神父でした。一応、ただの旅人ということですから、村長に会うことはありません。ただ、ルリア教の信徒として、教会に顔を出すのは、この国では常識です。
「どうも。知り合いに会いたくてきたのですが、カイゼルという方は村にいますか?」
「カイゼル君なら、今、仕事で近隣の町に行っておりますよ」
……タイミングが悪いですね。
「そうですか、いつ頃お戻りになるか、わかりますか?」
「今日中に戻るとは思いますので、よかったら、少しここでお茶とお菓子でもどうですか」
と、神父は教会の奥へと視線を送ります。確かに、長旅で少しばかり疲れているところですから、体が甘いものを欲しているのは確かです。
宿は騎士様が手配してくださっていますが、もしもなかった場合は教会に部屋を借りることになるでしょう。
「それは素敵ですね。是非お願いします」
「ではこちらへ」
思わず頬を緩めながら、神父の後に続きます。
「きゅーっ! きゅーっ!」「きゅぅぅぅう!!!」
……?
歩いていくと、途中にある横の扉のから、何かの鳴き声が聞こえてきました。多分は二匹、いえ、これは二羽、でしょうか?
「『アンラッキーラビット』ですか?」
「おお、よくわかりましたね」
「昔、旅の間に見かけたことがあるだけです。やけに甲高い声がうるさいな、と」
神父は、ははは、と笑い、口を開きます。
「なに、ちょっと
「はあ、そうですか」
少しばかり含みのある言い方です。アンラッキーラビットといえば、ラッキーラビットと対をなす動物、でしたか。
その肉はとても食べられたものではなく、毛皮もすぐにボロボロになる、使い道のない兎。しかし、ラッキーラビットと見分けがつきにくいという、トラップみたいな存在です。
見分け方、というか、聞き分け方は、声の高さ。ほんの少しだけ、アンラッキーラビットの方が声が高い特徴があります。しかし、耳に自信のある者でなければ、難しいとか。
例えば獣人やエルフには聞き分けやすいと聞きますが、人間ではなかなか難しいようです。
結構、わかりやすいと思うのですがね。
「こちらです」
教会の奥の部屋は、質素ながらも、綺麗に整理整頓清掃されていました。狭い空間を効率的に使っているからか、実際よりも広く感じます。中央には長机が置かれ、いくつかの椅子がそこに収納されるように並んでいます。棚やキッチンなど、生活感にあふれていました。
「そちらにおかけください」
「ありがとうございます」
言われて、私は手頃な椅子に座ります。当然ながら木造ですが、不思議と硬さは感じません。柔らかい素材、あるいは、何かしら加工を施しているのだろうと思います。
神父は棚からお茶っ葉とポットを取り出し、お茶を淹れ始めました。その腕は、私から見ても、なかなかのものです。
「どうぞ」
「これはご丁寧に」
一言礼をいって、少量をコクコクといただきます。
「……美味しいですね」
「それは、ありがとうございます」
神父といえば、身分でいえば貴族に足を突っ込みかけた僧です。教養もなかなかのものだと、この一杯のお茶で察することができました。
「それで、カイゼル君のお知り合いだとか」
「はい。王都で知り合いました。ご結婚されたようで、一応、挨拶にと」
神父は「なるほど」と微笑みながら頷くと、少しばかり緊張の面持ちで、
「彼のスキルについてはご存知で?」
と、訪ねてきました。彼のスキルといえば、『読心』。人の心を読むことができる、とても珍しいスキルです。本人は隠すつもりはないようですが、無闇に人に言うものでもありません。
とはいえ、ここは彼の出身の村。おそらく、ここでルリア様からスキルを授かったのでしょう。であれば、目の前の神父は、その立会いをしたはずです。
ここで隠す必要もないだろうと、私は正直に話すことにしました。
「ええ。素晴らしいスキルだと思います」
「……なるほど。どう思います?」
「どう、とは?」
「怖くはないですか?」
「…………」
その質問に、神父の表情を伺うと、なるほど、目を細めて見つめてきます。
質問の意図は、なんとなく察しました。同時に、この神父の人柄も、理解でしょうか。
「別に、これといって」
なので、これまた特に嘘をつくこともなく、さらりと答えます。すると神父はにっこりと微笑んで、
「そうですか……カイゼルは王都でいい友人と出会ったようだ」
「はあ」
神父は、カイゼルさんのことを案じているご様子。おそらくは、『読心』のデメリットを理解してのものでしょう。
あれは、秘密を本当に知られたくない人間には、なかなかに恐ろしいものでしょうから。
「今後とも、カイゼルをよろしくお願いします」
「……はあ」
この神父、なんだかおじいちゃんみたいな人ですね……、途中から、カイゼルさんを呼び捨てですし、多分、そんな気持ちもあるんだろうなと、邪推しました。
であれば。
私はお茶をするりと全部飲み干すと、ゆっくりと立ち上がり、
「用事は済んだので、王都の方に戻りますね。カイゼルさんには、次、王都に来た際に仕事の話があると、お伝えください」
「えっ!? い、いいんですか!?」
「はい。必要なことは分かったので」
私は「それでは」と軽く礼をとってから、近衛騎士を探しに教会を後にします。
知りたいことは知れたので、即座に王都へ帰還です。ニック殿下には、戻ったら一週間はお休みを頂けるとのことでしたので、早く帰りたい次第。
そうして、私はがたりごとりと王都行きの馬車へと乗って、帰還するのでございます。
人の心が読めるのようになったけど婚約者に浮気してたから、王都で猫と結婚します 巫女服をこよなく愛する人 @Nachun
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