なんか面白くない
第一王子ニック様に命令され、王城に集められていた白猫のチェックを済ませた俺は、そのまま重い足を引きずるように、家路へとついている。
それほど時間もかからなかったため、日はまだ少し傾いた程度。明日もまた、朝の管楽器の音と同時に王城へと向かうことになっているので、早くに休むべきなのだろうが、脚が前に進まない。
……結論から言って、予想通りではあるが、王国語を理解する白猫はその場にはいなかった。それゆえの王城通勤である。
通勤といっても、王城からの迎えが来るらしいが、俺のために一々、というのも、やはり気がひける。そのことを、俺に付けられた秘書ーー王城で迷われても困るとのことらしいーーに伝えたところ、王城近くにある使用人の住まう寮に引越すことを打診されたので、近々、引っ越すことになるだろう。
だが、俺の脚が重いのは、王城勤務は気が重いとか、そういうわけではない。では、疲れたのかと言えば、これまた違う。ただ、なんでか、家に帰るのが憂鬱だった。
「ネコ様、多分、貴族様に復帰ってことになるんだろうな」
馬車や雑踏の音が騒がしい大通りで、ひとりごちる。誰に聞かせるわけでもない小さな声量でのそれは、再確認だ。
ネコ様は、元々、公爵令嬢様である。そんな彼女が、お城に、貴族様の家に戻っていったとして、それは元の鞘に収まったというだけの話。そもそも、ボロアパートの大して広くもないベッドで、猫の姿でくつろいでいる状態のほうが、おかしいのだ。
「呪いも、解けるっていってたし」
あの後、色々と聞いてみたけれど、魔女にかけられたネコ様の猫化の呪いも解かれるようだ。
聞いたところによると、王城内でもネコ様の婚約破棄については一悶着あったようで、第二王子様と新たに婚約していた男爵令嬢様(多分、ネコ様の言っていた悪女だろう)は、正式な婚約者として、父親である国王陛下に認められなかったらしい。婚約発表も、第二王子様の先走りでしかなかったわけだ。
つまりは、第二王子様の独断専行で、ネコ様の公爵家追放も、多かれ少なかれ悪意が働いていたということ。秘書さんに第二王子様はどうなったのかも聞いたところ、言葉を濁されたのでそれ以上は聞かなかった。
その話を聞いた限りでは、ネコ様が公爵令嬢様へと復帰するのも、当然である。
だが、ネコ様が王城に帰りたくないという可能性もある。俺は本人の意思を尊重したほうがいいだろうと、第一王子ニック様にネコ様のことは言わずに、王城を出てきてしまった。多分、バレたら首が飛ぶ。物理的に。
時間をかけてアパートの部屋に帰れば、ネコ様がベッドの上で寝転がりながら、じーっとラッキーラビットの肉を観察している光景が目に入る。
「ただいま戻りました」
扉を開けても気づかなかったようなので、そう声をかけると、すぐさまこちらへと振り返り、ぴょんとベッドから飛び降りて駆け寄ってきた。
俺は切りっぱなしにしていたスキルを発動する。
「にゃっにゃっ!(お帰りなさいですわっ! みてくださいまし! ラッキーラビットのお肉、順調ですわよっ!!)」
「あ、本当ですね」
確かに、言われてみれば、赤黒かったラッキーラビットの肉は、だんだんと鮮やかな赤へと変わりつつある。普通の干し肉だと、黄ばんだり、茶色くなったりするところだと思うのだけれど、この肉は少しばかり違うらしい。
毎度疑問に思うけれど、なんで肉占いなんていう血生臭そうな占いが女性に人気……、もっというと、公爵令嬢様であるネコ様が興味を持っているのかが謎である。もっと、タロットとか、星占いとかの方が、貴族様の女性らしいと思うのは偏見だろうか?
「……にゃ?(……なんだか元気がないですわね?)」
「……そうですか? そんなことはないと思いますけど」
「……(そういえば、今日はやけに帰りが早いですわ。仕事で何か嫌なことでも? であれば、私(わたくし)のもふもふで元気付けて差し上げなければなりませんわね……っ)」
「あの、気持ちだけで十分ですから」
「にぅ!?(か、勝手に人の心を覗くなんて破廉恥ですわよ!?)」
「その通りですけど、理不尽ですね!?」
心を読まなければ、会話すらできないというのに……いや。
普通は、心を覗かれているというだけで、多分、かなりのストレスだろう。自分の不利益になり得る状況であれば、使うことに躊躇はないけれど、無意味には使わないように、意識してスキルは切っている。だが、それでも、聞こえてしまう、人の知られたくない秘密というものはある。
人は隠し事をして当たり前だし、知られたくないこともあるだろう。それを俺は、土足で踏みにじってあるのである。
『読心』スキル待ちということを知っている人間は、あまり俺に近づきたがらない……、今となってはあまり気にしていなかったが、改めて考えると、やはり俺は恐怖の対象と思われているのだと、再認識だろうか。
むしろ、ネコ様のように気軽に接してくれる人間の方が稀有だ。
「…………」
「にゃ……?(どうしましたの? なんだか怖い顔ですわよ?)」
「いえ、ちょっと自己嫌悪で……ネコ様、一つ質問、いいですか?」
「にゃぅ……(な、なんですの、急に改まって……、まあ、よろしくてよ?)」
「ネコ様、もしも公爵家に戻って、また以前のような……、お屋敷での生活を送れるとしたら、嬉しいですか?」
「……?(どうしてそのようなことを?)」
「まあ、例えばの話ですよ」
こてんと首を横に倒して疑うネコ様に、例え話として、尋ねる。
「ナー……(そうですわね。それは、公爵家に戻れるのであれば、嬉しいに決まってますわ。ふかふかのベッドに美味しいご飯、綺麗なお洋服……、ここでの生活より、断然、あっちの生活の方が快適ですものっ!)」
「……そうですか」
ネコ様は、ここには残りたくない。心の声がダイレクトに伝わる俺の『読心』は、そこに嘘も遠慮もなく、それが本心であると俺に伝える。
その意思を確認した俺は、悩みの種が減って、心が軽くなった気がした。もしもネコ様がここでの生活の方が良いというのなら、第一王子ニック様には申し訳ないが、ネコ様のことは黙っているつもりだったのだ。そうなれば、それがバレた時、俺は確実に死刑。悩みも減るというものだろう。
「ネコ様、今日、王城に呼ばれました」
「にゃ!?(え!? ど、どういうことですの!?)」
「第一王子であるニック様が、ネコ様を探しているみたいです。もとの生活に戻れますよ」
「にゃ……にゃぁ!? にゃにゃにゃぁぁぁ!?(ちょ、ちょっと!? 私聞いてませんことよ!?)」
「明日、朝一番に王城からのお迎えが来ますから、一緒に行きましょう。ですので、今日は早く寝た方が良いかと……、俺はもう疲れてるので、お先に失礼します」
「にゃ!? なうにゃヌニャァァァァ!!!(ま、まだ話は終わってませんことよ!? ちょ、は、話を聞きなさい! ね、寝てはいけませんわぁ!!!??)」
騒ぐネコ様に背を向けながら、俺は着替えもしないまま、狭いベッドで横になる。
確かに、悩みの種は減った……、減ったけれど、なぜか心のモヤモヤは残ったままだ。
なんだか、面白くないーーそんな気分。
自分でも自分がよくわからない、考えがまとまらないような、むしゃくしゃ、ぐちゃぐちゃとした思考。
そこから我武者羅に逃げるように、俺は意識を睡魔に委ねたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます