花火大会の日
真人と二人でしている時はただただ辛かったプール掃除だったが、人数が増えるとちょっと楽しい。そうだよな、プール掃除って本来は楽しいんだよな。
「気持ちいいー!」
小町が初めて海に来た子供のようにはしゃいでいる。こうやって見ていると小町を好きになる男子が多い理由が分かる。キラッキラしてるんだよなあいつ。あと、はしゃいで水バシャバシャしてるからパンツが見えそうだ。口には出さないけど。
「そういえば、部活終わったらワンコと由乃も駆けつけてくれると言っていたぞ」
「…………へぇ」
実は由乃が来るのは知っていたりする。なぜかといえば、今日は俺にとってとても大事な日で、その大事な日を台無しにしないためには浅沼さんの協力が不可欠だからだ。
「浅沼さーん! やべえ、ごっつぁんにプール掃除頼まれちまったよ!」
昼休みに席で本を読んでいた浅沼さんに俺は大慌てで駆け寄った。
浅沼さんはため息を吐いて読んでいた本を静かに閉じた。
……めちゃくちゃかっこいいなこの人。一挙手一投足がかっこいいよ。危うく惚れるところだったよ。
「それで?」
「いや、それで……って。今日の花火大会、間に合わなくなるんだよ!」
今日の夜、待ちに待った花火大会がある。花火大会の最後に打ち上げられる巨大なハート型の花火は、手を繋いで見た人間を永遠に結びつけるという噂があったりなかったりする。俺はすでに乙宮とその花火を見る約束を取り付けているのだ。
しかし、プール掃除が終わらなくては乙宮と花火が見られない。
「花火大会までに終わらせればいいじゃない」
簡単そうに言っているが、いくら昼前に放課といっても二人で終わらせるのはかなり厳しい。
「……そうね。とりあえず頑張って。私も部活終わったら手伝いに行くから。あ、あと春香のことなんだけど……」
浅沼さんがバツの悪そうにしている。浅沼さんのこういう感じめずらしいな……というか嫌な予感がする。
「花火大会、春香は二人じゃなくて皆で行くと思ってるみたい」
それを聞いた時はがっかりしたけど、よく考えれば乙宮と二人で花火なんてそんな都合よくいかないよなぁ。これが現実だ。むしろ乙宮と花火見れるってだけでも幸せ者だよ俺は。
「どうしたんだ旭……顔面くしゃくしゃにして。歯を食いしばる音がこっちまで聞こえてくるぞ」
「輪をかけて顔が気持ち悪いな」
「うるせぇ! 放っとけ!」
くそ……。それにしても正直、このペースで行くと花火大会には間に合わない。けど浅沼さんが来るというだけで絶対に間に合うと心のどこかで思ってしまっている。
「てかよぉ……忘れてたんだけど今日、花火大会じゃねぇか」
綺麗な金髪が眩しいつかちゃんが呑気なこと言い始めた。
「花火大会……ああ、だから相星ちゃんはそれとなく旭の予定聞いてき」
「ああああっ! 何も言ってません何も言ってません。私は何も言ってません。真壁先輩が喋るのは全てアッカド語です」
「アッカド語⁉︎」
さっきから何やってんだこの二人は。やっぱり邪魔しにきたんじゃ……。
「せっかくだし皆で見に行こうぜ……」
話の流れで俺は皆を花火大会に誘った。浅沼さんが言うには、乙宮の言う“皆”にはこちら側の男連中も入っているらしかった。どうせ暇な連中だし、誘えば来てくれるだろう。
「お、いいな。お前らも行くんだろ?」
「花火大会などという青春イベント、逃す手はない!」
「……なんか奢れ」
案の定、三人ともオッケーだ。あとは小町だが、小町は返事をする様子もなく何やら微笑んでいる。やけに寂しそうに。
「小町?」
「……はい? なんでしょうか」
「いや、予定あるならいいんだけど。花火」
「うへ!?」
「うへ!? じゃねぇよ!」
急に素っ頓狂な声あげるからびっくりした。うへってなんだうへって。可愛いなこいつ。
「いや、まぁ年上ばっかりだし、他に友達とか……その、彼氏とかいるんならアレだけど」
言っておいてなんだが、小町はつかちゃんのことが好きなんだったなぁ。完全に忘れてた。
「行きます! 行きます! 全力で! 全開で! 全裸で!」
小町は目をキラキラと輝かせて全力で首を縦に振った。
「全力と全開はやめとけ!」
「真っ先に否定されなければならないワードが放置されているんだが……」
小町のやつめ、さてはつかちゃんと二人きりになるのが照れ臭くて誘えなかったんだな。それで今日は俺に仲介役になってほしいとお願いしに来たわけだ。成長しおってからに。
「二人きりになりたかったら言ってくれ。全力で援護するぜ」
声を潜めて小町に話すと何故か小町は顔を真っ赤にして慌て始めた。
「ほ、ほほほほほほほほほ!?」
「驚きすぎだろ」
そんなに俺の人助けが珍しいのだろうか。だとすればそういう認識は正しておかないといけない。
「おーい、やっとるようだのぅガハハ!」
「おお、ワンコ!」
プールサイドに、右腕だけに度を超えた筋肉のついたワンコが立っていた。あまりの筋肉に右だけノースリーブになっているシャツを見ると、夏の到来を感じなくもない。
「ワシが来たからには安心じゃ! お前らの右腕回りも明日には四十センチ! ガハハハハ!」
「目的もキャラもめちゃくちゃだよ!」
豪快に笑うワンコだが、右腕だけ鉄板に水を掛けたのかというくらい蒸気が発生している。
「くらえッ! 水しぶき!」
「ああっ、この野郎! テメェの右腕の温度で水が蒸発してんじゃねぇか!」
騒ぎ出した一同に真人がふらふらと近づいていく。これは相当キてるな。少し離れたところで見てよう。
「お前らマジで……掃除しやがれッ!」
「う、うんぁ! 落ち着くんだ真人!」
ブラシを持って暴れ始めた真人を純が慌てて止めようとしている。
これは……花火間に合わないな!
「あのぅ……先輩?」
「お、どうした」
いつのまにか隣に小町がいた。小町も掃除をしていないとなると、今このプールで掃除をしている人間は一人もいなくなる。まさに地獄の光景だ。
「さっきの話ですけど……本当に二人っきりに……」
モジモジとなかなか言葉が続かない小町。こんな小町初めてだ。当たり前だが、やっぱり俺はからかわれていただけだったんだなぁ。今の古町の表情を見るとよーくわかる。これが恋をしている女子高校生の顔だ。
「任せとけ。たまには先輩らしいところ見せてやるから。それで?」
「それで……とは?」
「告白すんの? 今日」
言葉の終わりを待たず、小町は思い切り吹き出した。そんなにおかしなこと言っただろうか。花火大会に恋の伝説。告白には絶好のシチュエーションだと思うけど。
小町は顔を真っ赤にして、俺から少し距離を取ると、両腕を前に伸ばして「いやいや……」と手を振った。
「こ、こ……告白ですか! そ、そりゃあ! できるならしたいですけど……し、しかしですね、一緒に花火見られるだけでも幸せというか……振られるのが怖いというか……一度振られてますし」
だんだんと声が細くなって、最後の方は何を言っているのか聞き取れなかったが、小町が弱気なのと相手のことがとても好きなのは十分に伝わった。
「このおバカ! 花火大会とクリスマスと元旦は浮かれてるから告白が成功しやすいんだよ。今日しないでいつやるんだ! それにはっきりと言うけど、俺はお前以上に可愛い後輩をマジで知らない。お前に告白されりゃどんな男だって二つ返事で付き合うぞ。もっと自分に自信持て! 相星小町、お前は世界で一番可愛い(後輩)」
「うええええええええええええ⁉︎ へ⁉︎ へっ⁉︎ ええええええええ! せ、世界一可愛い(女性)⁉︎ そ、それって実質、もう……えええええ⁉︎ それはOKだけど、一応ちゃんと告白した方がいいというそとでででで、しょうか?」
「何言ってるんだ。告白しなきゃ伝わらないぞあの鈍感イケメンには」
こんなにわかりやすいのに中学からいまだに気づいてないんだから。つかちゃんの鈍さにも困ったもんだよ。やれやれ、なら俺が二人キューピッドになるしかないじゃないか。
「バカはお前だ」
「うわっびっくりした」
気がつくとさっきまで絡まっていた四人が俺と小町を取り囲んでいた。なんだろう、注意力散漫なのかな俺。
「今回ばかりは旭のことをバカと言わざるをえないな……」
「ガハハ……とは笑えんな旭。お前もいい加減に女心を学んだ方がいい」
「えっ……?」
なんだ、俺が責められてるのか? もしかして、何か俺の知らない裏があるのか? 実はつかちゃんは小町の所属するプリキ◯アの敵対する組織の一員で、恋をするのは許されていない的な⁉︎
「これはバカなことを考えてる顔だ」
「小町、多分……というより絶対に。こいつは盛大で間抜けな勘違いをしてると思うからあんまり……というか全然期待しないほうがいいぞ」
「ど、どいうこと?」
俺が首を傾げていると、遠くから声が聞こえた。声のした方を見ると、浅沼さんがプールサイドに立っていた。隣には浅沼さんより一回り小さいショートヘアーの女の子がいる。
「浅沼さん!」
喜ぶ俺に浅沼さんは大きなため息を吐いた。
「やっぱり進んでないわね……。まぁ、こんなことだろうと思ったけど」
「そっちの子は?」
浅沼さんの隣で小さくなっていた子は質問を受けてピンと背筋を伸ばすと、大きな声で自己紹介をした。
「ど、どうも! 一のA、
「そんなにかしこまらなくていいのよ。ここにいる連中みんなバカだから」
めちゃくちゃなことをいう浅沼さんに反論しようとするが、小町を見るなり浅沼さんは手を合わせて謝った。
「あ! 小町ちゃんもいたんだ! ごめんっ。小町ちゃんは違うから!」
「い、いえ! そんな私なんて」
頭を下げ合う二人を見て、磯貝さんが驚いたように呟いた。
「相星さん……?」
小町は磯貝さんの方を見ると、その可愛らしい顔を少しだけ歪めた。
「やっぱり相星さんだ! 相星さん! 相星さんも手伝い?」
「ええっと……磯貝……さん! どうも! そう、私も手伝いで……」
磯貝さんの態度から結構仲がいいのかと思ったのだが、小町の方はやけによそよそしく感じる。
「こ、小町ちゃん。磯貝さんとはお友達なのかな?」
俺の質問に小町は苦笑いしながら磯貝さんを紹介してくれた。
「こちら、同じクラスの磯貝さんです。ええ……とても良い人です」
小町の紹介に磯貝さんは軽く照れていたが、やはり仲がいいようには見えない。
「おい……お前、磯貝さんのこと嫌いなのか?」
声を潜めて小町に聞くと、小町は答えにくそうに目を逸らしながら言った。
「い、いや……全然嫌いではないんですけど、私にも色々ありまして……。その、なんというか、同学年に深い関係の友人がいないと言いますか……」
それはつまり……。
「友達がいない?」
「ち、違いますね!? 友達ならいますよ! ただ友達とは名ばかりで実際はギリギリ友達未満、知り合いの最上級くらいの関係なんじゃないかって疑いはじめてますけど!」
ああ卒業したら一回も会わないやつね……。でも、小町に友達ができないなんておかしいな。中学の頃は誰からも人気があって学校中知らない人間はいないくらいだったけど。
「ああ! こんなところに汚れが! ほら、センパイも早く掃除してくださいよ!」
明らかに会話を終わらせる目的で勢いよく掃除を再開する小町だった。うーん、これは何かあるな。
まぁ、とにかく。
「よぉぉぉぉぉし! 浅沼さんと磯貝さんも来てくれたことだし、一気に終わらせるぞ!」
おおっ! って皆掛け声してくれるかと思ったけど誰も何も言わなかった。唯一、磯貝さんが「ぉ……」と小さく言ったあと、周りをキョロキョロと確認していた。
磯貝さん……君はなんて純粋なんだ……。ここの連中を君で浄化してあげてくれ。
掃除をしつつ様子を見ていたのだが、磯貝さんはかなり緊張しているようだ。当たり前だ。こんなやつら前にしたら俺だって固まるよ。
「磯貝さん。そんな緊張しなくても大丈夫だよ。ここのやつら、磯貝さんより一年早く生まれただけなんだから」
俺の言葉に磯貝さんは「いえ……そうじゃなくて」とそこいらにいる人間を見た。
「皆さん。学校では有名な人ばかりでビックリしてしまって……」
「有名?」
浅沼さんが有名なのは知っているが、他の人間はそんな話聞いたことないけど……。
「はい! 浅沼先輩は演劇部だけじゃなくて、学校全体の憧れで、名前を知らない人はいないってくらいで……。真壁先輩も天才転校生って噂になってるんですよ? ワンコさんも人間離れした腕をしてらして、その片ノースリーブ姿は一部の男子生徒から絶大な人気を得ているんです。そして、塚原先輩の女装写真は高額で取引されてて。私も実は三枚くらい買っちゃって……」
「おい、旭。何か俺にとって良くない話が聞こえた気がしたんだけどよ、少しだけその子と話をさせてくれねぇか? なぁ、旭!」
喧しいつかちゃんは純とワンコが連れ戻してくれた。
「んっんー。んんん。そうか、みんな有名なんだな。ところで、誰か忘れていないかい?」
磯貝さんは俺の問いに頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。またまた、わざとそういうことしちゃって。
「目の前の(キラっ)男も(キラキラっ)有名なんじゃないかい? そのあまりに罪な美貌に」
かっこよくポーズを決めるが、磯貝さんはいよいよ本格的に悩み始める。腕を組んで、眉間にシワを寄せて、「ううーん」と唸る。
あ、いや……。
「あ、あれだよ。別になかったらいいんだけどね。こっちもアレだし? 半分くらい冗談だったし? というか全分は冗談ていうか? ああ、それ全部か! ははっ! さ、掃除掃除!」
掃除に戻ろうとしたその時、磯貝さんが「ああっ!」と声を上げた。
「思い出しました! あの安川先輩だったんですね!」
「そうそう! どうも、あまりに美しすぎる男子高校生、安川旭です! よろしくね磯貝さん!」
「あの、赤原先輩とデキてるって噂の!」
瞬間、まるで磁石のN極とS極のように俺と真人はお互いに向かって全力で走り出した。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
お互いの拳が綺麗に双方の顔面を捉える。
「い、磯貝さん……その噂は……間違いです!」
飛び散る水しぶきに改めて夏の到来を感じた。
乙宮さんには秘密がある! 大石 陽太 @oishiama
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