選ばれし者
目の前にある槍をまじまじと見る。
くっ、見れば見るほど憎い人間に?にぶん投げる以外に使い方が思いつかないな……。
ていうか、痛っ、先祖代々伝わるようなものだったら使い方はご両親が知ってるんじゃないのか……。なんでよりによって痛っ、一回会っただけの俺なんだ。自分で教えるって言ったんだから仕方のないことだけど、もしかしたら世界を救う的な痛っ、すごいことができたりするんだろうか。俺たちが知らないだけでこの世界には大きな危機が迫っていて痛っ、その危機をなんとかするために俺たちは旅に痛っ……て。
「だから、尻を突くのやめてくれない……ってお前かーい!」
無言で俺の尻を突いていた真人の顔面をぶん殴る。盛大に吹き飛んだ真人だったが、何事も無かったかのように立ち上がると、また無言で俺の腹を突き始めた。
「いや、痛っ……暑さでついにイカれちまったのか……痛っ。あ、やめて? 痛いから。痛っ、おい、こらやめ痛っ」
「……神槍と言うだけのものなら、不浄くらい浄化して消してしまいそうなものだが……。不浄が過ぎるのか……それともこの槍に不浄に対する耐性が一切ないのか」
いや、だから不浄には効果発揮しないって、さっきハルちゃんが言ってたよね? 何も聞いてないのかこいつ。
「よし、なら今度は別の不浄で試してみよう。グングニル貸してくれ」
槍を奪おうとすると、真人に思い切り手をはたかれた。
「触るな、神槍が穢れるだろうが」
くそっ! 急になんなんだよこいつ! ハルちゃんは座ってジュース飲んでるし!
「あー! 花火大会が楽しみだなぁ!」
乙宮と行けることになった花火大会。大会の最後に打ち上げられる巨大ハート花火を見たときに手を繋いでいた二人は結ばれるという伝説があるらしい。花火大会のラスト、良い雰囲気になったどさくさで手を握って、なんやかんやでゴールイン……完璧すぎる。浅沼さん、今年中なんて余裕でしたよ。冬には二人で一つのマフラーを巻いて登校していることでしょう。ふっふへ。
「ハル、今から俺がよしというまで絶対に目を開けるなよ」
「うん、分かった」
そんでそんで、毎日手作り弁当なんか作ってもらってきちゃったりして……キャッキャッキャッグゥァァァァワァァァァ!
脇の下に痛みを感じて思い切り叫び声を上げてしまう。確認すると、脇の下が右と左それぞれ一箇所ずつ、トマトみたいに腫れ上がっている。
「何すんだよ!」
「脇の下を思い切り
「いや、何をしたかじゃなくて、なんでしたかを聞いてるんだよ!」
真人は俺の肩に手を置くと、悲しげに答えた。
「旭……お前は圧倒的に主人公に向いてない。だから、浅沼に主人公を交代してもらって、学園バトルものに路線変更しないか。お前も、もう疲れたろ」
「い、嫌だ! 俺は主人公だ! 誰がなんと言おうと主人公なんだ!」
やめろ! そんな優しい目で俺を見るんじゃない! くそっ! やっぱり浅沼さんを倒すしか主人公の座を守る
「お、槍女じゃん! 何やってんだよこんなところで!」
生意気な声がした方を見ると、公園の入口にいつかの悪ガキ二人が立っていた。
「お、ケツに棒刺して落とし穴に落ちた間抜けなら高校生もいるじゃん! ハハハハハ! おんもしれぇ!」
何やら爆笑して地面を転げ回ったり、叩いたりしている。
「ププ、真人……笑われてるぞ」
「俺は落とし穴にかかったことはないし、尻に棒を刺していたこともない」
「お前らッッッッ! 覚悟はできてんだろうなッ!」
今だけは主人公の座を降りる! そして! この悪ガキ二人をコテンパンにしてやるぜ!
東の空に太陽が沈み始めている。きっと、今日の夕日は綺麗だぞ。
「……大丈夫?」
パンパンに腫れ上がった俺の顔を見てハルちゃんが心配そうにしている。
「あぁ、大丈夫大丈夫。向こうも同じ痛みを感じながら帰ってると思うと少しは気が楽だよ」
「向こうは無傷だったがな」
あの悪ガキ二人をコテンパンしてやろうとしたのが最後の記憶で、気づけばあの二人は帰っていて、俺の顔がアホみたいに腫れていた。
「まさか、本気で小学生に負けるとはな」
「いや、あれ絶対にただの小学生じゃないだろ。ドラキーの色違いだからって舐めてかかったら強すぎたタホドラキーみたいなもんだろ」
「なにを言ってるか分からんから少し黙れ」
結局、ハルちゃんの言う『グングニルの使い方』は分からず、無駄に重いスーパーボールたちと疲労感だけが残った。
「あぁ……疲れた……」
スーパーボールの入った袋を引きずりながら歩いていると、目の前に妙なシルエットが見えた。
人型だけど、妙に広い肩幅……いや、羽? 翼? まさかっ……天使⁉︎
「…………ちゃおっす」
しかし、それは天使ではなく、この世で最も天使に近い人間。乙宮春香だった。
「なんだ乙宮か……天使かと思った」
「……私も。あなたが堕天使に見えたわ」
「これは褒められてないよな……?」
困惑していると、ハルちゃんの握っていたグングニルが突然輝き始めた。
「うわっ……なんだ!」
その場の全員が槍の輝きに目を細める中、ハルちゃんはこれまでに見せなかった必死さと声量で叫んだ。
「お姉ちゃんっ! これをっ!」
差し出されたグングニルを乙宮は何がなんだか分からないと言った様子でゆっくりと握った。
「こ、これはっ……!」
乙宮の手に収まったグングニルは輝きを増す。
だけど、一番驚いたのは乙宮がグングニルを握った瞬間、その見た目がはっきりと変化したことだ。
元々真っ赤だったグングニルは白く染まり、表面に金色の模様が浮き上がる。
「……(キラーンっ)」
進化したグングニルをペン回しが如く回転させ、最後に決めポーズを取った乙宮だったが、その感情の見えない表情と普段とのギャップが相まって、なんというか……その、非常に間抜けというか……おかしな絵面になっていた。
「何させるの……」
「恐ろしくノリノリだったけどな……」
困惑する3人だったが、ハルちゃんだけは目を輝かせていた。落ち着きのない様子で乙宮の周りをぐるぐると回るハルちゃんに、俺たちはさらに困惑した。
「お姉ちゃんがグングニルに選ばれし人間なんだね!」
選ばれし人間って……つまりグングニルがあんな風に変わったのは乙宮のおかげってことか?
「しかし、見た目が変わっても使い方が分からないなら結局同じだぞ」
「大丈夫! 私が探してたのは覚醒前のグングニルの使い道。真の力を取り戻したグングニルなら、なんだって出来るよ!」
やったやったと喜ぶハルちゃんだが、こっちは突然のことでいまいち状況が理解できていない。
「なんだって……それは」
「なんだって! 世界を救ったり、海を割ったり、昼夜を逆転させたり、星を引き寄せたり、できないことがないんだよ!」
そこまでいくと魔王だな。浮かんだ言葉を俺が口にすることはなかった。
「……じゃあ、俺帰るわ」
「俺も……こいつの家に荷物置いてるんでな」
超展開に疲れた俺たちはこれまでになく重い足取りでその場を離れようとした。
「あ、待って。お礼がまだ」
さきほどより少し落ち着いたハルちゃんの言葉に俺は力なく返事をする。
「いいよ……気持ちだけでお腹いっぱ……」
断ろうと振り返った俺の目に見覚えのある黒い袋が飛び込んできた。あ、あの死体が入ってそうな袋は……。
「んん……しょっ。変なおじさんから貰ったんだ。光るスーパーボール!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! もういやぁぁぁぁぁ……あ」
ちくしょう! やっぱりあの胡散臭いおっさん、小学生相手にスーパーボール押し付けてやがった!
その場から逃げ出そうとした俺の肩に真人がそっと手を置いた。
「人の厚意を無碍にするもんじゃない。お前は主人公だろ? 安川旭」
くっ、くそ! 卑怯な手を! だが、無駄だ! 俺がどれだけ手を汚そうとも、浅沼さんを倒せばまた主人公に返り咲けるんだから!
「二人に一袋ずつどうぞ!」
「だそうだ。乙宮、貰ってやってくれ。それじゃあ、俺は先に帰ってるぞ」
「人の好意は無碍にするもんじゃないぞ。モブの真人くんっ」
「誰がモブだコラ」
よし、乗ってきた。このまま逃げられるくらいなら正面から殴り合ってぶちのめしてやるぜっ!
「くらえっ! インダストリアルパンチ!」
「馬鹿が! インペリアルキック!」
二つの拳が交差し、お互いの顔面を捉える。しかし、どちらも引くことはない。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」」
気合も最高潮、お互いの体が自身の闘志で震え上がったその瞬間。
「「うわぁぁがぁぁぁぁぁぁぁへぇぇぇ⁉︎」」
俺たちの体は謎の光に焼かれ、黒コゲアフロになってしまう。
「な、なんだこれ……」
「し、知るかよ……」
も、もう訳が分からない。なんなんだ今日は。
「……喧嘩は良くない」
視線の先にいた乙宮とグングニルを見て、何が起こったのかなんとなく理解した。真人も同じようで目から戦う意志が消えている。
「そ、それ貰おうか……」
あれほど嫌がっていた真人がスーパーボールがどっさり入った袋を重そうに背負った。
「帰ろうか……」
俺も二つの黒袋を背負う。
「重そうだな……一つ持ってやろうか」
「いいよ……一つも二つも同じさ」
今度こそ帰ろうとした俺たちに、またしてもハルちゃんが声をかける。
「あっ、もう一つ袋あった!」
「ぁぁ! もう我慢ならねぇ! その袋かっ裂いて中身ばら撒いてや……げふ」
またも落ちた謎の光に再度、身を焼かてしまった。お、恐ろしや……魔王乙宮。
「なぁ、真人……」
「…………」
「俺さ……しばらく外出控えることにするよ」
「……お前にしては良い案だな」
見上げた空はおかしいくらいに綺麗で大きく思えた。
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