最強に恋して その5
今までにないほどの速さで、僕は街を駆けていた。
「くそっ! なんでこんなとこに!」
『どういうことなんだ旭!』
『一昨日、浅沼さんにボコられてたヤンキーたちがいただろ! あいつらが浅沼さんを担いでどこかへ歩いていくのを見たやつが何人もいるんだよ。もしかしたらと思って来てみたら、やっぱり浅沼さんがいない。あいつら、よっぽど卑怯な手を使ったに違いない! マンモスを眠らせる薬だとか、ダイナマイトを口の中に突っ込んだとか! あ、もしかしたらクラ……』
「まさか、こんなことになるなんて……!」
怪物、最恐、 無敵。全部、彼女が一人の女の子であることを忘れていい理由にはならなかった。
そうだ、彼女は女子高生なのだ。本来、か弱いはずなのだ。それを果たし状? 決闘? 僕は何を考えていたんだ。男以前に、人間として最低じゃないか。
彼女に……謝らなくては。
「必ず救い出してみせる……」
直近の目撃情報からの旭と真人の予想では、町外れの廃工場に連れていかれた可能性が高いらしい。あまりに衝撃的な報せに考えるより先に走り出していたため、今は一人だ。
「……あれか」
いかにもな廃工場が見えてきた。しかし、様子がおかしい。
「これは……」
中から悲鳴が聞こえる。どれも甲高い女性の悲鳴ではなく、野太い男の声だ。
警戒しつつ声のする方へ近づくが、そこでピタっと悲鳴が止んだ。
あまりに不審だったので警戒しつつ中を覗き込むと、そこには以前見たことのある屈強な男たちと、その奥に縄で縛られている由乃の姿があった。
「由乃!」
その姿に冷静さを失った。
さっきまでの警戒心など忘れて、男たちへ突っ込んでいく。
「次から次へと……てめぇ! それ以上近寄ると、こいつが傷モンになるぜ」
男たちの中でも、一際大きなリーゼントの男が由乃の首元に手を伸ばす。
「ぐっ、卑怯だぞ……」
由乃を人質に取られてしまっては、どうすることもできない。くそ、冷静に立ち回るべきだった……僕のミスだ。
「へっへっへ……憂さ晴らしさせてもらうぜ」
バットやモーニングスターを振り回しながら、数人が僕に近づいてくる。
「……そんなものが僕に通用すると思うのか」
「言っとくが、動くと……」
そう言ってリーダーであろうその男は、由乃のアゴを撫でる。
「その人に触るなっ……ぁッ……!」
側頭部に鈍い痛みを感じた。痛みから一瞬遅れて、自分がバットで殴られたのだと理解する。
だけど、倒れるわけにはいかない。ここで僕が倒れてしまっては、由乃が目覚めた時にいらぬ責任を負わせてしまうかもしれない。
「その人……にッ! その人に触るんじゃないッ!」
幾度となく繰り返される暴力。何度も何度も視界が揺れた。地震じゃないのかと錯覚したりもしたが、そんな錯覚は次の暴力で消えた。
「ハァ……ハァ……なんなんだ……コイツ」
僕を滅多打ちにしていた男たちが、息を荒げて攻撃をやめる。しかし、僕も満身創痍、立っているのがやっとで、反撃する力はない。
……情けないな。こんなんじゃ……由乃に認めてもらうなんて……無理に決まってる。
「笑ってやがるぞ。コイツ」
その言葉で自分が笑っているのだと気づく。
……こんな状況で笑えるとは、僕も少しだけ強くなれていたのかな。
「いい加減、倒れやがれ!」
容赦なく振り下ろされたバットを、直撃寸前で掴んで止める。
「お……ぉッ!?」
倒れない。何があっても。マンモスさえ眠らせる薬を投与されたとしても。口の中にダイナマイトを突っ込まれたとしても。
絶対に!
「自分が惚れた女くらいッ! 守れなくて、救えなくて、何が男だ!」
そのままバットを握り潰す。驚いて相手はバットを手放すが、僕にそこからどうにかする力は残っていない。
「くそ……」
ここまでか。由乃を倒すなんて言っておいて、このざまだ。本当にどうしようもないな……僕は。
「よく言ったぜ! 純」
その時、聞き馴染みのある声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、途切れかけだった意識が一気に覚醒する。
「ヒーローならぬ、主人公は遅れて登場する! そこで言いたいのが、どうして純視点なのかということだ。俺は主人公じゃなくなってしまったのかと悲しみに暮れ、それなら純を消すしかないと密かに裏切りを考えた一週間前の夜」
「そんなだから主人公降ろされるんだろ」
いつものように言い争いを始める二人に、心底安心した。なんて頼もしい二人だ。
「さて……と。それじゃあ」
と、二人の顔が突然、鋭く変貌する。そう、まるで物語の悪役のように。
「「テメェら! 覚悟はいいなァ!?」」
これまで自分が耐えていたのが馬鹿らしくなるほど圧倒的な破壊。笑顔で行われる殺戮。もはや笑えてくる。
「なぁ、純」
ぐったりとして動かない男を一人、引きずりながら旭は笑いかけてくる。
「お前も一発やり返しとけ!」
不思議だ。
彼らといると力が湧いてくる。この感覚は、これまでの人生で無かったものだ。
きっと、これが友達。
「……ああ!」
二人に混じって暴れまわるが、その前に……。
「由乃は返してもらうぞ!」
由乃のアゴに手をかけていたリーゼント男の腹に力一杯の一撃を食らわせる。
「冥王複雑骨折!」
「うぉごッォォォォォォォォォォ!」
倒れ伏せるリーダーから由乃を奪還する。
「由乃……! 大丈夫か! 由乃!」
「……むぅ、うるさいわね。人が気持ちよく寝てるときに……」
由乃は眠そうに目を擦ると、大きな欠伸をした。
「マンモス睡眠薬の方だったか……!」
闘いの最中、旭が何かに驚いているが、僕は由乃が無事で胸を撫で下ろした。
「お、おい……起きたぞ……」
「これ、やばくないか」
ヤンキーたちがざわつき始めた時、由乃がゆっくり立ち上がった。由乃を縛っていた縄は力尽くで千切られる。
「まぁ……大体の状況は分かったからさ」
由乃の拳から、およそ人体から発せられるはずのない音が響いた。
「とりあえず、全員潰すわ」
もはや、勝利の女神は由乃にのみ微笑んでいた。
「くそっ! さっきのどさくさに紛れて一発くらい入れとけばよかった!」
そこからは語るまでもなく、全てが一瞬で終わった。
○
「ごめんごめん! もう眠くて眠くて!」
快活に笑う由乃によれば、外で寝ていたところを隣町のヤンキー集団に、そのまま誘拐されてしまったらしい。
そのヤンキー集団というのも、傷一つでもつけられれば、弟子入りを許可するという由乃の言葉で動いていたらしい。それにしてもやりすぎな気がするが。
「あのぅ……浅沼さん。なんで俺までボコボコに?」
「自分の胸に聞いてみるのね」
とりあえず、落ち着いた。
空を見上げてみれば、夕日が赤く空を染め上げていた。
「真壁……大丈夫か? それ」
「ん? ああ! 大丈夫! 明日には治ってるさ!」
この空のごとく、赤く染まった僕の顔も、しっかりとご飯を食べて、風呂に入って二一時に就寝すればきっちりと治る。
「あれ、そういえばあのデカイのいなくねぇか?」
言われてみると、倒れている男たちの中にあのリーダー的リーゼント男はいなかった。
「逃げ出したんだろう。相手が浅沼じゃあな」
由乃は何か言いたそうだったが、他はそれで納得した。
「帰るか」
結局、由乃と勝負することは叶わなかったが、自分の実力不足を嫌というほど分からされた今、由乃と戦おうとは思わない。
「由乃、本当に無傷なのか?」
「…………」
「……なんだ? 目にゴミでも入ったのか?」
由乃が僕の顔をじっと睨みつけてくる。しまいには獣のごとく唸り始めた。
「やはりどこかにダメージを……」
「……別に。大丈夫よ」
少しだけ、由乃の態度が素っ気ないように感じたが、きっと気のせいなのだろう。明日には全て元通りになっているはずだ。
「大丈夫に決まってるだろ純! 浅沼さんはゴリラにゴリラを掛けたような強さだぞ? GORILLA×GORILLAだぞ!? そんな心配むよォブボゥゥン!」
「うっさい」
旭に由乃の拳が繰り出されたところで、今日という一日の終わりを感じた。
「…………ほんとにうっさい」
由乃の横顔がいつもより紅く見えたのは、きっと夕日に照らされていたからなんだろう。
「ハァ……ハァ……ひでぇ目にあったぜ……誰が弟子入りなんてするか……ってテメェは」
「……どこに行くの」
「テメェ! 最初に乗り込んできた女!」
「――どこに行くかって」
「静電気起こしてマジシャン気取りかぁ! テメェだけでもぶっ潰してやァがァッ!?」
「――聞いてんだよッッッッッッッッ!」
「な……お、俺は殴られた……のか……」
「……寝てただけなら私……いらなかったわね」
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