アソビランド
最近、近くにできた巨大テーマパーク、アソビランド。そこには観覧車やジェットコースターなど、お馴染みのアトラクションはもちろん、二回に一回は大怪我を負うトルネードコースターや三回に一回は嘔吐するゲロリーゴーランドなどもあり、子供や大人にまで人気だ。
そして、俺はそのアソビランドに来ている。
「しかしだな……」
しかし、一緒に行こうと誘ってきたつかちゃんが風邪で来れないとは……。
「何が悲しくて貴重な休日に好きでもない遊園地に、一人で来なくちゃならないんだ……」
俺が行けない分楽しんできてくれと電話の向こうのつかちゃんに言われて仕方なくきたが、やはり楽しさよりも疲れのほうが
一応、二回に一回は大怪我を負うとかいうトルネードコースターには乗ったのだが、まぁ、この通りピンピンしている。
……隣の人は見るも無惨な姿になって担架で運ばれていったけど。
「次は三回に一回は嘔吐するっていうやつに乗るか……」
その前に少し休憩しておきたい。
俺は派手で騒がしいアトラクションたちに囲まれている素朴なベンチに腰を下ろした。
「「あぁ〜疲れた……」」
改めて見てみると、周りはカップルや家族連れがほとんどだ。
「「はぁ……しんど……」」
アイスでも買って気分転換するか……。
「「やっぱりアイスはカップ(コーン)に限る!」」
俺はぐっと拳を握り、空へ向かって突き上げた。
……というか、なんかさっきから声が重なって聞こえるぞ。
「「え?」」
隣を見ると、そこにはなぜか後輩である相星小町が、俺と同じように空へと拳を突き上げて立っていた。
「せ、せんぱ……ッ! あがが……」
「こ、小町ィィ⁉︎ って……な、なんだ……」
小町が口を開けたまま動かなくなったので、顔の前で手を振るが一向に動く気配がない。
「もしかして、顎が外れたのか?」
小刻みに揺れる小町の目に涙が溜まっていた。
「くっ、仕方ない。これで……っ!」
俺は小町の顎を下から思い切り突き上げた。
「ぷぅぅぅぅ!」
勢いで小町の顔が天へ向いた。
しかし、小町は一向に動く気配がない。
や、やりすぎたか……?
「え、えへへ……ありがとうございます……」
小町はすっかり閉じた顎を動かして、照れ臭そうに後頭部を触っていた。
「いや、いいんだけどさ。まさか小町も来てたとはな」
「本当はもう一人いたんですが、用事があるとかで来れなくなってしまって……」
「へぇ、俺もなんだよ。風邪引いちゃってさ……」
あはは……、とぎこちない笑い声が重なる。
ど、どうする……一緒に回るか……? いや、でもそれじゃあデートみたいだろ……。いや、でも付き合ってもいない男女が一緒に遊園地なんて不謹慎にもほどがあるし、いや、でも女の子と遊園地とか楽しいにもほどがあるだろうし……。
「センパイ」
「ハイっ!」
小町に呼ばれて反射的に返事をしてしまう。これじゃあまるで緊張してるみたいじゃないか。
「一緒に回りませんか」
そう言った小町の笑顔は、いつものように無邪気なものではなく、大人っぽくて、どこか儚いものだった。
「あ、うん」
なんだか悩んでいたのがバカらしくなった。
髪を下ろしているからか、今日の小町はやけに大人っぽく見える。
さっきから周りの男からの視線が痛い。
「どこか乗りたいものとかありますか?」
「ええっと、三回に一回吐くっていうメリーゴーランドに行こうと思ってたんだけど……」
「ああ、それさっき乗りましたよ! 全部出したらスッキリしましたっ」
「めちゃくちゃ吐いてるじゃねえか……。じゃあやめとくか……」
「大丈夫ですよ! 私のことは気にせずに……」
俺は小町の様子に思わずため息を吐いた。
見た目がいくら大人っぽくなっても、やっぱりこいつは小町だ。
「あのなぁ、お前と一緒に回るって言ったんだから、お前のことを気にしないわけないだろ。むしろお前のことしか気にしてないわ」
小町は何も考えず振る舞っているようで、その実、誰よりも周りを気にしている人間だ。小さい頃はもっと内気で、いつも泣いて……。
って、あれ? 俺、小町の小さい頃なんて知らないはずだよな……。なんでそんなこと知って……。
「先輩……」
「お、おう、なんだ?」
小町の方を見ると、小町は呆然とこちらを見ていた。
ど、どうしたんだ?
「私と付き合ってください」
「…………だからやめろって言ったろ。そういうの」
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。本気にしちゃうところだったよまじやばいよ。何これやばいよ。本当にアレだよやばいよ。
俺は『一回に一回は心肺が停止する!』と書かれた看板が掲げられているアトラクションに向かって歩き始めた。
「先輩っお腹空きましたっ!」
小町が後ろから腕に抱きついてきた。
「ウワァァァァァァォォォァァッ!」
「引くくらい狼狽えましたね……」
「勝手に抱きついてきて勝手に引くなっ! ……まぁ、たしかに腹が空いてきたな……ってやっぱりお前、さっきのは反則だぞ! お、女の子が……そんな淫らなことしちゃいけません! っておい!」
小町はすでに売店の方からこちらに手を振っていた。
仕方ないので、走って小町の元に行くと、小町の足元に、見知らぬ子供がいた。
「ええっと……隠し子?」
「違いますっ! 迷子ですよ! 迷子! さっきまで泣いてたんですから」
その迷子は小町の足にしがみついていた。たしかに、まだ目元が腫れぼったいし、涙の跡が見える。
「ええー……ほな、頑張ってな!」
「いや、待ってくださいよ。急に訛ってどうしたんですか」
小町に腕を掴まれる。く、くそ……逃げ出すなら今しかないのに……。
「くっ。分かっているんだ……全ての子供が生意気でないことくらい分かっているんだ……。しかし、“主人公”というのは大抵、子供に好かれるもので、子供が好きなものなんだ……。つまり、どういうことかというと、子供と接する度に自分はもしかしたら主人公じゃないんじゃないかって……。そう思ってしまって無性に子供が許せなくなるんだ……」
「八つ当たりもいいところですね……」
なんとでも言うがいい……しかしながら、“主人公”であるために、俺は子供に怒りは抱かないと決めたんだ……。
「えいっ」
俺が自分の決意に身を揺らしていると、脛に鈍い痛みを感じた。
足元を見ると、さっきまで小町の足にしがみついていたガキが俺の脛を蹴っていた。
んん〜なるほど。
「はい、潰す」
「やめてくださいセンパイっ! それをしちゃったら本当に主人公じゃなくなっちゃいますよ!」
「ふゥッ……ふぅッ……!」
少しずつ頭に登った血が降りてくる。
危なかった……本当に主人公じゃなくなるところだった。
「ありがとう小町……今のは危なかった」
「いいですけど……どんだけ子供嫌いなんですか……」
落ち着いた俺は目線をガ……子供に合わせて、対話を試みた。
「ご、ごめんね! ボク、お名前はなんていうの?」
俺が尋ねると、子供は口をモゴモゴ動かして俺の顔に何かを飛ばしてきた。
まぁ、唾だ。
「くっ……うおおおおおおおおおおおおおお!」
「センパイっ⁉︎」
俺は勢いよく走り出すと、噴水に頭から飛び込んだ。
「ッ⁉︎」
アソビランド従業員も驚きのあまり声が出ないようだった。
「セ、センパイが犬神家にっ!」
「……これでなんとか頭が冷えた。あの子供への殺意は消えた……」
「殺意まで⁉︎」
びしょ濡れの俺が子供の前まで行くと、子供はクスクスと俺の姿を見て笑っていた。
「元気は出たみたいだな。ケータ」
「ケータくんって言うんですか?」
「いや知らん。でも、ケータっぽいし……」
「テキトー!」
「あははははははっ!」
俺と小町のやりとりが面白かったのか、ケータは腹を抱えて笑い始めた。
やれやれ……。
「ほら、行くぞ。小町、ケータ連れてきてくれ」
「どこ行くんですか?」
「迷子センターだよ。迷子センター。親御さんが心配してるよ……」
我が子が居なくなって慌てている親御さんの姿を思い浮かべると、早くケータの無事を知らせたいと思ってしまう。
「はぁ……今日は散々だな……って」
迷子センターに向かおうとしていた俺の足に何かがしがみついた。
「腹減った。アサヒ、こばん」
「それ言うならごはんな……ってなんだこのツッコミ。ていうか、なんで俺の名前を知っているんだ⁉︎」
「? これに書いてあったよ……?」
よく見ると、ケータは見覚えのある財布を握っていた。
「⁉︎ それは俺の財布と学生証! いつの間にッ⁉︎」
「あはははっ! おまえはバカ丸出しだあー! アノヨでおまえが来るのを楽しみに待っててやるぞー!」
「野郎ォォォ……じゃなかった。そんな物騒な言葉言っちゃあいけませんよぉ? バブバブバブパァァ……ァ」
ケータの口から吐き出された液体が俺の顔に付着する。
手で取ってみると、それはさっきより少し緑っぽい色が混じっていた。
「…………なぁ、小町。これって痰だよな」
俺の質問に小町は真っ直ぐに、悟った顔で言った。
「……いえ。違います」
「でも、すごくネチョネチョしてるんだけど。肌に張り付いて離れないんだけど」
「ガムですよ。ガム」
「いや、ガムならいいとかじゃないから。ガムでもダメだよマジで」
「じゃあダメです」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ああっ、センパイがまた犬神家にっ!」
結局、適当なレストランに入って昼食を済ませた。
よっぽど腹が減っていたのかケータは獣みたいにガツガツと頼んだカレーを貪っていた。
「センパイ……よっぽどお腹空いてたんですね……」
同じように腹が空いていた俺も同じようにがっついた。
「ケータ君眠いの?」
食べ終わって外に出ると、ケータが眠そうに目を擦っていた。小町の問いかけにも言葉にならない唸り声で返事をした。
「そうだっ。ケータくん、お姉さんがおんぶしようか」
そう言うと、小町はしゃがんで背中の位置をケータの位置まで下げた。
「……ぅぅ」
ノロノロと小町の背中にしがみついたケータを連れて小町と俺は再び歩き始めた。
「可愛いですねぇ。センパイにもこんなに可愛い時期があったんですかね」
小町が自分の背で寝息を立てるケータの寝顔を見て、微笑んだ。
「まるで今が可愛くないみたいな言い方だな。むしろ、俺の可愛さは今が最高潮だぞ」
「ふふっ、最高潮でも大したことないですね」
「可愛い顔してとんでもないこと言うよこの子。右ストレート世界獲れるよ」
その時、ケータが気持ちよさそうに笑った。何か夢でも見ているんだろうか。最初は泣いていたらしいが、子供は本当に良い意味でも悪い意味でも単純だ。
「私たちに子供がいたら、こんな感じなのかなぁ……」
小町の呟きに、俺は思わず身を固める。
そんな俺の様子に気づいた小町が慌て始める。
「あっ! ……あっ! 今のは違くてっ! その……あのぉ……」
すごく慌てている小町だが、眠っているケータを背負っているので大きな動きをとれず、ただその場で汗をかくことしか出来ずにいた。
しかし、俺はそんな小町の姿を見てもなお、戸惑いを隠しきれずにいた。
「俺に……子供だと……⁉︎」
「…………へ?」
「ありえない……俺に子供なんて……そんなの真夏の積雪くらいありえない……」
「結構ありえないですね……」
なんて話していると、迷子センターに到着した。迷子センターには俺の想像した通り、ケータの母親がいて、ケータの姿を見ると涙を流して安心していた。
そして、どうやらケータの名前は本当にケータだったらしい。どうりでケータがすんなり受け入れたわけだ。
本人のケータはというと、眠そうに母親の足にしがみついていた。
そして、母親はケータを足にしがみつかせたまま、歩いていった。
「センパイっ! 次、あれ乗りましょうあれ。五分の一、幽体離脱マウンテンッ!」
「いいけど、元気だなぁ……」
ていうか、ここのアトラクション危なすぎないか?
☆
日が沈み始めている。
このアソビランドは日が沈むと、美しくライトアップされる。
デートスポットとしてかなり人気らしい(パンフレットに書いてあった)。
「ふんふーん♪」
小町は鼻唄を歌いながら、ライトアップしたアトラクションを携帯のカメラで写した。
「何やってんだ?」
「思い出ですよ。思い出っ。今日という日を一生忘れないように!」
「すげぇな。俺は多分、一年くらいで忘れるぞ」
「リアルですね……」
もうそろそろ帰ろうかと思っていると、小町が少し俺の先へ走ってあるアトラクションを指差した。
「最後に乗りましょうよっ。観覧車」
俺は輝く観覧車を見て、思わず唸った。
閉園間近の遊園地に若い男女が二人で観覧車。それじゃあ、まるでアレじゃないか。
「あ、センパイ、もしかしてカップルみたいだーって思ってますか?」
「いや、そんなことは……」
「やっーいっ! 思ってる思ってる! センパイが可愛い後輩を女として意識してるー!」
「あっ! おい……」
小町は子供みたいにはしゃぎながら、観覧車の方へ走っていく。
「こうやって見ると、全然変わってないな」
小町は。
きっと変わっていく中で、変わらなくちゃいけない中で、それでも変えたくないものを大切に抱えているのだろう。
ずっと、ずっと、離さないようにしているだろう。
「おーいっ! 早く早くー!」
急いで観覧車に乗り込むと、高度がゆっくりと上がっていく。
「センパイ、今日はありがとうございました」
丁寧に頭を下げた小町に俺は戸惑いながら言った。
「いや、こっちこそ。一人でいるよりも全然楽しかったよ」
俺と小町の間に沈黙が訪れる。二人して夜景を眺めているのだ。目を奪われるといったほうがいいのだろうか。
「先輩。私、本当に嬉しかったんですよ。あの時」
小町は夜景から俺の方に視線を移して言った。
あの時というのは、きっと俺と学校で出会った時のことだろう。
まぁ、高校生活も始まって数ヶ月、見知った人間に会うのはたしかに安心するだろう。
「そりゃ良かったよ……」
それにしても、今日の小町は別人のように見えるときがある。
いつもはツインテールというのもあって子供っぽいイメージがあったが、今の小町は年相応どころか年齢よりも大人っぽく見える。
特に、観覧車に乗ってからはなんか……年上のお姉さんと一緒にいるみたいで妙にドキドキする。
「どうしてたんですか? 顔赤いですよ」
俺は薄くて淡い、見えない何かを誤魔化すように、夜景に見入った。
「あ、そうだっ! 写真撮りましょうよ写真!」
小町は携帯を取り出すと、俺の隣に無理矢理座ってきた。
「えっ! おいっ……」
小町から女の子特有の『いい匂い』がした。うわっ……何これ……超いい匂い……。
「ほらいきますよー。ハイっバター!」
「ボケ方がオヤジじゃねぇか」
小町は携帯の内カメラで写真を一枚撮った。
「んん……夜景がちゃんと写ってない……」小町は携帯の画面を見つめて顔をしかめた。
……どうやら、年上のお姉さんは俺の妄想に他ならなかったらしい。
「もう一枚撮りましょうっ!」
ここにいるのは間違いなく、正真正銘、俺の後輩だ。
年上のお姉さんなんて目じゃないくらい可愛い――後輩の相星小町だ。
「いきますよー。ハイっパルメザンチーズっ!」
「だから、ボケ方がオヤジなんだよ」
写真は気恥ずかしくて一瞬しか見てないが、俺の表情からするに、あと六〇年くらいは、今日の事を忘れないだろうなと思った。
それから、一ヶ月後。
アソビランドは「危険すぎる」という理由で呆気なく潰れた。
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