小指の感触



 ☆★




 自分のものよりいくらか大きい、小指の感触。確かにドキッとしたし、嬉しかったけど、と絵美は思う。どうしても、あの頃のすーちゃんの指と比べてしまう。


 小学五年生の頃。どうしてだか忘れたけれど、ちょっとした病気で寝込んでいたすーちゃんと、彼女の部屋でゆびきりをした。自分のものよりさらに細くて、繊細で、壊れ物のように扱ってしまいそうな小指だった。


 そう、私はあのときすーちゃんに尋ねた。どうして、ゆびきりは小指でするのかな、と。彼女は少し考えて、こう言った。


「一番繋がりやすくて、一番離れやすい指だからかな」


 繋がりやすいかな、と私は自分の小指を見ながら疑問に思った。それを察したのか、彼女は自分の手に目を落としながらこう続けた。


「小指って、一番外にある指でしょ。だから、いつも誰かと繋がりたいと思っている。だけど、一番力の入りにくい指だから、すぐに離れちゃう。それでいいんだ。変に力が入っちゃうと、余計な気持ちまで残しちゃうでしょ。残すのは、約束だけでいい」


 隣に座る翔馬の顔を盗み見た。彼は電車に乗って少ししてから眠そうな顔をし始めて、寝てもいいよ、と言ったら、すまん寝不足気味だから、と眠りに落ちてしまった。朝も早かったから本当に寝不足だったのかもしれないし、実はホームで指を繋いだことの照れ隠しかもしれない。そっとしておくことにした。


 彼が起きたら、伝えてみようかな。すーちゃんは、約束だけを残したかったんだよ。


 だけど、車窓を流れていく住宅街の風景を見ているうちに、自分のエゴかもしれないと思って、首を横に振った。


 それを伝えたら、たぶん、逆に約束以外が深く残ってしまう。


 翔ちゃんは、変わろうとしている。それを手助けしないと。


 彼の寝顔はとても安らかで、寝息は規則的で穏やかだ。そんな、変わろうという決意とは正反対な無防備さはなんだかおかしいけれど、この車内にはよく合っている。ゲームで熱く対戦する兄弟と、見守る母親。携帯の画面を見ながら、声を押し殺すようにしてクスクスと笑っている女性。遠くへハイキングにでも行くのか、装備を整え談笑するおじいさんたち。穏やかな朝の列車。


 車外では、昔からの住宅街や、青々とした田んぼや、きらきらとした大きな川や、時々ビル街が、それぞれ代わりばんこに姿を見せては、また徐々に別の風景に変わっていく。何度も繰り返すパラパラ漫画のような景色はやがて終わりを告げて、もうすぐ海が見えてくる。



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