一番伝えたいこと

 ☆




 昼下がり、ベッドに寝転がりながら、絵美は音楽プレイヤーで曲を聴き始めた。耳には、お気に入りの赤いカナル型イヤホン。ピアノとギターの夢見るような前奏から、爽やかな曲が始まる。


 絵美がこの曲と出会ったのは、高校一年生の五月頃だ。ちょうどそのとき、自分は友達とのケンカ中で心が滅入っていた。そんなときに、ラジオから流れてくるメロディーに心打たれた。優しくて、どこか懐かしくて、だけどちょっぴりオシャレ。すぐにネットで調べて、Cymbalsという既に解散しているバンドの曲だと知った。フル版を聴いて、歌詞は英語だったからちゃんとはわからなかったけれど、より一層気に入った。


 ちょうど、すーちゃんが入院している頃だったな、と絵美は思い出す。その曲を知った翌日、自分はお見舞いの際に、お土産代わりにこの曲を紹介した。きっと、彼女も気に入ると思ったから。


 それは大正解で、彼女は興奮しながら何度も聴いてくれた。「絵美ちゃん、いつも選曲センスいいよね」と言ってもらえて、もっと嬉しかった。


 その日の晩、すーちゃんは、この曲で感じたこと、と言ってメールをくれた。そこには、こんなことが書かれていた。




 ――Why? チューネちゃんは悩みます。一番伝えたいことを、一番伝えたい人に伝えるとき、どうして一番上手く伝えられないんだろう、って。




 そのときは友達とのケンカの話もしていたから、きっとそのことを言っているのだろうと思っていた。その言葉にグッときて、すぐに友達に電話をかけて、「ごめん」の言葉を伝えたんだっけ。仲直りしてホッとしていた自分は、だけど、その言葉の本当の意味には気付いていなかった。


 遠くで、ゴロ、という音が聞こえた。春の雷鳴だ。その重低音が、自分の心の痛みを響かせる。私は思わず、傍にあったクマのぬいぐるみを抱き締める。


 翔ちゃんが旅立つ直前、すーちゃんが告げた言葉を、私は聞いていた。たぶん、本当は彼女も全ての気持ちを言ってしまいたかったんだと思う。だけど怖かった。きっと伝わるはずなのに、その後に待っている現実を受け止めるのが怖かった。そして、きっとそれをずっと後悔していた。


 雷の音が近づいてくる。外から雨の気配を感じて、開けていた窓を慌てて閉める。曲は、リピート再生の、もう何回目だろう。




 この曲のタイトルは、「All You Need Is WORD」。あなたに必要なのは、言葉だけ。


 きっと今、翔ちゃんは何か言葉を欲している。私がかけてあげられる言葉は、いったい何だろう。



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