154章

アンが1人、ストリング帝国の城門から出て行った頃――。


ロミーは腕に付いた通信デバイスを使って、ローバル·バッカス将軍に連絡を取っていた。


もう置いてきた兵士たちと合流ごうりゅうして、このストリング帝国付近に着いている頃だろうと思ったからだ。


「バッカス将軍、聞こえますか。こちらはローズ·テネシーグレッチであります」


通信を受けたバッカスは、今まさにネズミが1匹逃げる隙間すきまもないほど、完全に帝国の外を包囲ほういしている状態だと返した。


ロミーは、予想通りだと思い、彼に説明をした。


これからアンが1人で外へ向かう、だからそのまま捕縛ほばくさえすればいいと。


「すでに暴走したアン·テネシーグレッチは静まりました。本人にはもう戦う意志もない。バッカス将軍は出てきた奴を捕らえて、そのまま帝国に入ってください。ともかく今は帝国の復旧ふっきゅう作業が優先、最優先です」


バッカスは「了解した」と返事をしたが、そのあとに言葉を付け足す。


「だがな、ローズ将軍。アン·テネシーグレッチはこの場で処分しょぶんすることにした」


「なッ!? どういうことですかバッカス将軍!?」


驚愕きょうがくの声を出すロミーに、バッカスは力強く話を始めた。


これ以上アン·テネシーグレッチを生かしておいて、ストリング帝国にとくすることなど微塵みじんもない。


事実、ストリング帝国はアンの暴走よって半壊状態。


報告ほうこく通りなら、実験対象モルモットであったロンヘア、リンベース·ケンバッカ―近衛このえ兵長はすでに死亡しぼうし、ノピア·ラシック将軍は生死不明。


それだけの被害ひがいを出しているというのに、アンを生かしておく理由がないと言うのだ。


ロミーは通信デバイスしに顔をゆがめた。


まさか、アンが殺されるとは思っていなかったからだ。


「ですが、バッカス将軍。ストリング皇帝閣下かっかにはなんと言うおつもりですか!? アン·テネシーグレッチをここで殺せと言う命令は出ていないはず。それを勝手に処分などしたら軍法会議ものです」


「すべての責任せきにんは俺が持つ。いくらマシーナリーウイルスの“適合者てきごうしゃ”だといっても、あの娘は近い将来に必ず我らが帝国にわざわいを振りまく。いくら処罰しょばつを受けようとも、そのはここでっておかねば」


「しかし、それでは……」


「それともアン·テネシーグレッチが処分されると、何か都合が悪いのか? ローズ将軍?」


そう訊かれたロミーは何も答えられなかった。


ただ通信デバイス越しでうめくことしかできない。


「君の言う通り、アン·テネシーグレッチが出てきようだ。我々はこれからあの娘を処分する。ローズ将軍は復旧作業を進めてくれ」


「バッカス将軍!!!」


ロミーの叫び声もむなしく、バッカスとの通信は切られてしまった。


「な、なぜだッ!? どうしてこうなったッ!?」


ロミーはその場で頭をかかえて叫んだ。


――通信を切ったバッカス。


彼はストリング帝国の戦闘車両――プレイテックから降り、1人こちらに歩いて来るアンの姿を確認かくにんしていた。


バッカスは、遠くから彼女の表情をながめ、戦意がないと聞いていたというのに、戦う意志にあふれているように見えた。


死地しちおもむいていてなお、そのおだやかながら覇気はきはなっているたたずまい。


アンの歩いている様子は、これから捕まるつもりも、殺されるつもりもない――そんな風に感じさせるものだった。


「聞けぇい、アン·テネシーグレッチ!!!」


バッカスはその空まで突き抜けるような大声で、アンに向かって話し始めた。


「これから総勢そうぜい1万の機械兵オートマタと帝国兵、そして我らがストリング帝国がほこ将校しょうこうたちが、全力を持ってお前の息の根を止める!!!」


アンの周囲から見える敵の数は、まるで古代にあった戦争の壁画へきがを思い起こさせるようなものだった。


だが、これだけの数の敵と対峙たいじしていながらも、彼女はふるえもしていない。


「かかれッ!!!」


そのバッカスの号令ごうれいとともに、風景ふうけいの一部に見えた大軍が一斉いっせいに動き始めた。


まるでレミングの死の行進。


ひとつひとつがかさなり合って、大きな波のようにも見える。


だが、それでもアンはを前に進めた。


左手の持ったピックアップブレードの白い光のやいばを出し、機械の右手をかまえる。


「私は誰とも戦いたくない!!! 機械兵オートマタだって元は人間だと知っているんだ!!! だが、それでも向かってくるなら全力で戦わせてもらうぞ!!!」


先ほどのバッカスに負けないくらいの大声を出したアンは、そのまま大軍の中へと飲み込まれていった。

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