109章

表情をキリっとさせたアンが、クリア、イバニーズと対峙たいじするノピアの横に並ぶ。


その右腕がバチバチと電撃をはなっていることからわかる通り、戦うことを覚悟したようだった。


ノピアは隣に来たアンを見て「ふん」と鼻を鳴らし、スカーフの位置を直した。


「ようやくやる気になったか?」


「ああ、お前とグレイのおかげだ」


「遅いんだよ、この喜劇きげき役者が」


そしてノピアは、ピックアップ·ブレードでイバニーズへと斬りかかっていった。


アンは彼とは逆にブレードをしまい、機械の右腕でクリアの2本の刀を掴む。


「クリア、聞いてくれ。私は知っている。出会ってまだ日は浅いけど、あなたが人を傷つけるような人間じゃないってことを」


アンの言葉を聞いたノピアは舌打ちをした。


「おい、アン·テネシーグレッチッ!! 戦う覚悟を決めたんじゃなかったのかッ!?」


「ああ、覚悟を決めた。クリアと真剣に向き合う覚悟をな」


イバニーズのブレードを振り払いながら、ノピアは表情をゆがめる。


それを見ているフルムーンは、嬉しそうにしていた。


「なにそれ? もしや愛や友情で人が正気に戻るとでも思っているのかしら? さっき言ったでしょ。言葉だけじゃダメなのよ」


「あの下品な女の言う通りだ。言葉で人は変わらん」


ノピアもイバニーズのブレードを受けながらフルムーンに同意していた。


フルムーンは笑みを浮かべ、さらに続ける。


「あなたは病気が言葉で治ると思うの? はげましているだけで熱が下がるのなら医者はいらないわ」


「そんなことはわかってるッ!!! だけど、最後は意志の力だろう。 私は彼女を……クリアを信じるッ!!!」


アンは稲妻いなづまほとばしる右腕で2本の刀を握りながら、クリアに言葉をかけ続ける。


優しく、できる限りおだやかな笑顔で――。


「クリア……私の言葉を聞いてくれ。あんな奴に負けないでくれ。あなたは強い女性ひとだ」


クリアの目を真っ直ぐ見つめるアン。


見つめられた彼女の顔が、恍惚こつこつの表情から変化していく。


「うわぁぁぁ!!!」


不安で歪めた表情に変わると、掴まれた刀を捨ててアンへと殴り掛かった。


それは泣いた子供が、我を忘れてやるような滑稽こっけいな姿だった。


何度も殴られたアンの顔はれあがっていったが、彼女のその穏やかな笑顔は変わることはなかった。


拳でまぶたが切れて、血がクリアの手を染めていく。


「あぁ……あぁ……私は……私は……」


「クリア、大丈夫……大丈夫だよ。私はあなたが何をしても力になる。傍にいる。手伝うって言っただろう?」


ニッコリと笑ったアンを見たクリアは、殴るのをやめて取り乱し始めた。


その場で叫びながら、アンの血がついた手を見て激しく動揺どうようしている。


今彼女の中では、2つの意識が戦っていた――。


「どうしたの? 飛び散る血をもっと堪能たんのうなさい」


「できない……もうできない……私はアンを傷つけたくない……」


「夫を斬り殺しておいて今さら何を言っているのですか? 切り裂きこそあなたの本性ほんしょうでしょう。だからこそフルムーンを捜すという大義名分を得てからは、散々人斬りをしてきた」


「違う……違う……。私はただ必死だった。ブレイブを……夫を斬ってしまった罪悪感を必死で打ち消そうとしていただけ……」


「わかっているじゃないですか。愛する者を殺し、罪悪感から自分の子供を捨てたあなたには、修羅しゅらの道しかもう残っていません。さあ、彼女を斬りなさい」


「ああ……」


――クリアが小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティール2本の刀を拾う。


そして、アンに向かって振り上げた。


だが彼女――アンは笑みを浮かべたままだった。


「クリア……私はあなたを信じている」


そのとき――。


クリアが握っていた2本の刀が激しくかがやきだした。


その光が彼女の身体を包んでいく。


……アン。


ありがとう……。


私はひとりじゃない。


そのことを気がつかせてくれて……。


「大事……仲間は大事……。でしたよね、アン」


光の中からクリアがつぶやいた。


そして、フルムーンへ向かって2本の刀を振った。


飛んでいく光の斬撃がフルムーンの体を切り裂く。


「ぎゃあぁぁぁ!? どうして、どうしてなのッ!?」


普段の上品な顔立ちに戻ったクリアが、フルムーンに向かって静かに、そして力強く言う。


「私ひとりではあなたの力に飲み込まれていた……。だけど、私には力になってくれる人がいた。傍にいてくれる人がいた。だから……負けるはずがないのです」


そんなクリアの姿を見たアンは、安心したのかヘナヘナとその場に座り込んでしまっていた。


クリアは座りこんだアンに、ニコッと微笑むと、フルムーンへと向き合う。


「さあ、終幕しゅうまくの時です、フルムーンッ!!!」

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