107章

「ここだ……」


イバニーズが3人へ言った。


目の前には、蒸気や油ですすけた工場が見える。


中からは、銃声の音や何かの爆発音が聞こえていた。


どうやら、すでに何者かが戦っているようだ。


アンたちが中へ入ると、破損はそんした機械の歯車が転がっていて、内部が相当破壊されているのがわかった。


中にいた人物を見たアンは驚愕きょうがくした。


そこには、彼女が捜し求めていた男性――。


モノトーンの花柄シャツに、黒いロングコート、ミルキーハット姿の男――シープ·グレイがいたからだ。


グレイの手には、大昔の散弾銃パンコア·ジャックハンマーが握られていた。


そしてそれを撃ち、向かってくる相手を牽制けんせいしている。


その相手は、緑のジャケットを着た男――ラスグリーン·ダルオレンジだった。


ラスグリーンは全身にまとった緑と黒の炎を、グレイに向かってはなち続けている。


「グレイッ!! 待ってろ、いま助けるッ!!!」


叫ぶアン。


だが、そんな彼女の耳に女性の笑い声が聞こえ始めた。


「そんな必死に声を出しちゃってさ。可愛いわね、あなた」


毛皮コートを羽織ったドレス姿の美女――フルムーンが現れた。


クリアは表情をキリっとさせると、小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールかまえた。


2本の刀が妖しく光り始める。


ノピア、イバニーズもアンと同じくピックアップ·ブレードの光の刃を出して、フルムーンへ向ける。


「1人を相手に多勢たぜいというのは気が進みませんけど、あなたは別です、フルムーン」


クリアが静かながら迫力のある声を出した。


それでもフルムーンは、まだ笑っている。


状況的に見ても4対1という絶対的な不利な場面でも、彼女の余裕はくずれていなかった。


「さあ、あっちも盛り上がっているから、こっちも盛り上がっていきましょうか」


そう言ったフルムーンは、素早く動いてクリア、イバニーズ、ノピアの側へ近づいた。


そして、3人へ次々に口づけをしていく。


フルムーンはすぐに離れたが、突然のことにイバニーズ、ノピアは動揺を隠せない。


その横でクリアだけが、フルムーンの行動を理解しているような表情を見せていた。


「これからがショータイムよ。あはッ!」


指で自分のくちびるでながら、妖艶ようえんな笑みを見せるフルムーン。


それから彼女が、指をパチンッと鳴らすとクリアがゆらりと動き始めた。


先ほどまでの凛々りりしい顔から一変し、恍惚こうこつの表情になったクリアが、2本の刀を持ってアンに向かってくる。


「何故だ!? クリアはリトルたちの加護かごで大丈夫なはずじゃッ!?」


アンは斬りかかってくる刃をけながら叫ぶと、フルムーンが嬉しそうしていた。


じかは強力なのよ。あたしがキスをしたら、それはもうまともな人間ならすぐにでも操れるわ。ほらほら、油断しちゃダメ。相手は1人だけじゃないのよ」


クリアの攻撃を避けていたアンに、さらにイバニーズがピックアップ·ブレードで斬りかかってきた。


操られているためか、イバニーズの顔もクリアと同じように恍惚こうこつの表情になっている。


アンはなんとか機械の右腕で受け止め、それを弾き返したが、それからクリアとイバニーズの止まらない連続攻撃が始まった。


2人の休みのない斬撃がアンを追いめていく。


……っく!? ダメだ、ふせぎきれない!?


アンがもう無理だと思っていると――。


「まったく……だらしないな、アン·テネシーグレッチ」


そこへ彼女をかばうように、ノピアが前に出た。


それを見たフルムーンは、激しく美しい顔をゆがめる。


「なッ!? あたしがキスしたのにどうしてッ!?」


叫ぶフルムーン。


アンには何故だかすぐにわかった。


「マシーナリーウイルスか……」


ノピアも以前アンと戦ったときに、自らの意思でマシーナリーウイルスを体内に注入している。


今は治療によって機械化はしていないが、身体にはウイルスの抗体こうたいができているのではないかとアンは考えた。


「なるほどな。それで私もお前も操られないわけか」


納得した顔を見せるノピアの横に、アンが並ぶ。


表情を歪めていたフルムーンが、落ち着いた様子に戻り、アンとノピア2人を見た。


「ふん。機械に蝕まれた人間クズどもが。でも2対2も面白そうね。あはッ!」


そして彼女が手を振ると、クリアとイバニーズが、アンとノピアに向かっていった。

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