104章

突如とつじょとして現れたフルムーンの姿を見たアンは、そのあまりの美しさに目を奪われていた。


「あれがフルムーンか……聞いていた以上の美しさだな。同性の私でもそう思う」


「もはやあれは人をえたもの……。想像を超える美しさはがいをなします。人心を乱す妖怪と同じです」


アンとクリアが今言った通り――。


この毛皮コートを羽織ったドレス姿の美女――フルムーンは、人をまどわす妖美ようびの持ち主である。


その生きることにきたような退屈そうな笑みには、独特どくとくの魅力がある。


形の良い鼻、あざやかなくちびる――。


腰まで伸びた長い髪をなびかせながら歩く姿は、まさに人間離れしたあやしい美しさをはなっていた。


すらりとした長身の体を包むドレス――。


その少ない布地からこぼれそうな乳房ちぶさが、肉体的な快感をそそる。


彼女の顔も体も、すべてのバランスが完璧であった。


そして何よりも――。


吸い込まれそうな邪悪な目つきが、より一層その人間離れした官能美を強調していた。


「無念ですって……ふふ、ふはは」


フルムーンは高笑いをし出した。


そして、まるで踊るように動き回り、その笑みを周囲に振りまいている。


「あの夜はあなたも楽しんだでしょ?」


突然立ち止まったフルムーンは、クリアを見つめて切なそうな顔をしていた。


――ように見えたが、それは誰が見ても白々しらじらしい演技だとわかるものだった。


「楽しんだ……あなたの目にはそう映ったのですか……?」


震えるクリア。


それに呼応こおうするかのように、両手に握られた2本の刀――·小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールあやしく光った。


そして、両目でしっかりとフルムーンを見据みすえて、2本の刀を突き付ける。


「人をバカにするのも大概たいがいになさいッ!!! この世に夫を斬り殺して楽しむ妻がどこにいるのですッ!!!」


「あはッ! それは残念~」


人を小馬鹿にしたような笑顔を見せると、フルムーンの全身から何か鱗粉りんぷんのようなものがき出て、それがただよう蒸気と混じりあって辺りをおおくしていった。


「アン、気を付けてください。あの女から出ているものを吸い込むと、他の者たちのように操られてしまいます」


「えぇ~!? 言うのが遅いぞ!!! すでに吸い込んでしまったッ!!! 肺にいれたらダメなら、どうしてクリアは大丈夫なんだ?」


「私にはリトルたちの加護かごがあります。この程度のなら吸い込んでも操られたりしません」


「なら私にもその加護かごを……」


「それは無理です。できません」


薄情者はくじょうものッ!!!」


だが、アンには何の異変も起きない。


労働者と帝国兵のように、恍惚こうこつの表情を浮かべたりもしなかった。


「チッ、どういうわけか、その女にはかないみたいね」


自分の長く赤い爪を噛みながら、苦々しい顔をして言うフルムーン。


何故アンにはフルムーンの力が通用しないのか?


アンとクリアが互いに向き合っていると――。


「おそらくマシーナリーウイルスの影響じゃないか」


ルーザーが、ロミーとクロム、そしてニコ―とルーを連れて現れた。


現れたルーザーは、自分の仮説を話し始めた。


マシーナリーウイルスは人体を侵食する細菌。


このウイルスは、体内で一定の濃度まで上がると成長し、宿主しゅくしゅの身体を機械化する。


きっとアンの体に回っているウイルスによって、フルムーンの力の効果が打ち消されているのではないか、と言った。


「それに、機械は魅了みりょうなどされないだろうからな」


「うう、何か複雑ふくざつな気持ちだな……」


顔をしかめて言うアン。


そんな彼女を見て、笑みを見せたルーザーが続ける。


「さてと、話は変わって……喜べロミー。この目の前の女性は合成種キメラだぞ」


それを聞いたロミー義眼ぎがんが赤く光った。


ロミーは、腰に帯びたカトラスを握り、戦闘態勢に入る。


そして、クロムも背負っていた身の丈に合わない大きなハンマーを持って、ロミーと並んだ。


合成種キメラ根絶ねだやしする。それが優先……最優先」


――ロミー。


「クリアを泣かせたのはこの女性ひとなんだね。絶対にぶっ飛ばすッ!!!」


――クロム。


2人は今すぐにでも飛び出しそうな勢いで、フルムーンのほうを向いている。


舌打ちをしたフルムーンは、再び全身から何か鱗粉りんぷんのようなものをき出し始める。


それが直接ルーザー、ロミー、クロムへと吹きつけられた。


「まずい!? みんな操られてしまうッ!!!」


クリアが、慌てて2本の刀を大きく振って風を起こして、鱗粉を払った。


それを見たフルムーンは、薄ら笑いを浮かべる。


「無駄よ。私のパウダーは少しでも粘膜ねんまくに触れればそれで終わり。さあ、新たに魅了された者たちよ。2人を殺しなさい」


彼女がそう言うと、3人が払われた鱗粉の中から姿を現した。

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