91章

――歯車の街ホイールウェイ


この歯車の回る音と、ただよう蒸気で埋め尽くされた街は、以前はただのさびれたところであった。


元々半壊はんかいした工場が多かったためか、そこに目を付けたストリング帝国が、その周辺に住まう人間を集めて労働者として仕事を与えた。


「私の家は、労働組合でリーダーをやっていました」


「じゃあ、その変わった服も労働組合と関係が?」


クリアの唐突とうとつな言葉に、アンはつい話とは関係のない変な質問してしまった。


だが、彼女はクスッと笑い、答える。


「いえ、これは亡き母の趣味でして家系というわけでは。私も気に入って着ているだけですよ」


それから彼女は、自分のことを話した。


すでに労働組合のリーダーではないこと――。


そして既婚者きこんしゃであることを――。


アンは改めてクリアの姿をじっと見た。


身長は158cmくらいだろうか。


育ちが良さそうな上品な顔立ちにどこかはかなげな雰囲気、髪型はアップスタイルに鐘の付いたかんざしを刺している。


それから着ている着物――。


アンが最初に見たとき――動きにくそうとしか思わなかったが、今こうしてクリアの仕草しぐさたたずまいを見ていると、少しだけ着てみたい気持ちにられていた。


「旦那さんは出かけているのか?」


ルーザーが訊くと、クリアの顔がくもる。


そして、彼女はすぐに表情を戻し、すでに伴侶はんりょが亡くなっていることを説明した。


だが、いくら平然と言っていっても、その声には悲しみがこびり付いていることがわかるものだった。


「すまない。悪いことを訊いた」


「いえ、お気になさらずに。私もよわい30を超えている女です。子供ではないですから」


「どんな男性ひとだったんだ?」


アンが訊くと、あまり話したくないのか、クリアは少し困った顔をした。


だが、話し始めるとかなり饒舌じょうぜつに言葉をつないでいく。


旦那の名はブレイブ·ベルサウンド――。


かなりの巨漢で、いつも何か食べているような男性だったようだ。


それでいて、何をやるときにでも、表情に“しょうがない”といった言葉を張り付けているようなそんな男だったと言う。


アンはその説明を聞いて、これが惚気のろけというやつか? と思っていたが、あまりにも良いところが少ない物言いに、あきれてしまっていた。


だが、アンはクリアの旦那――ブレイブと彼女がいる姿を思い描くと――。


死んでしまった部隊の仲間であった、レス·ギブソンとストラ·フェンダーを思い出した。


……そういえば、いつも食べ過ぎるレスをストラが心配していったっけ。


アンは、悲しさを感じながらも心が暖かくなっていた。


その傍で、クリアの話に飽きてしまったロミーとクロムが、ニコとルー、リトルたちにじゃれている。


「アン、あなたたちはどうしてこの街へ来たのですか?」


話が終わると、突然クリアがアンに訊いた。


その表情は、上品な笑みを浮かべていた彼女とは少し違う顔を見せている。


りきんでいて、強張こわばったような――そういう顔だ。


そんなクリアの顔を見た彼女は、街の入り口でストリング帝国の兵士が検問をやっていることと、何か関係があるのかもしれないと思った。


アンは人を捜しに来たことを伝えた。


育ての親の行方を捜しているのことを。


「だから、これから聞き込みをしようと思っているんだ」


アンの言葉を聞いたクリアは説明を始めた。


この街の労働者たちは、朝から夜まで働きづめなので、昼間は外に人っ子ひとりいないのだと。


もし、人捜しを訊ねて回るのなら、日が暮れた時間のほうがいいと言う。


「ですが、あなたたちはまだ幼いですものね。この街の夜は治安が悪いので、あまりおすすめはできませんが」


「大丈夫だ。ルーザーがいるし、何よりもロミーとクロムは子供でも、私は年齢よりも大人だからな」


アンが胸を張ってそう言うと、その後ろからボソボソと声が聞こえてくる。


「……年齢よりも子供の間違い」


そのつぶやきの主はロミーだ。


それを聞いたアンは、顔を真っ赤にしてロミーに掴みかかる。


いつものみ合いだ。


そこにいつも止めに入るクロムと、オロオロするニコ、2人をあおるルーと一緒に、小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールも混ざって、部屋の中で大暴れが始まった。


その様子を見たルーザーが、いつもの大きなため息をついている。


「すまないな、クリア。君の家だというのに」


「いえいえ。たしかに毎日これでは困りますが、うちのリトルたちも楽しそうですし。それに……」


「それに?」


ルーザーが内心で、「意外とはっきり言うんだな……」と思いながらオウム返しをした。


「私もこれだけにぎやかなのは久しぶりで嬉しいですよ」


クリアはそうニコッと笑みを返した。


そんな彼女の目の前では、楽しそうな小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールがアンたちとじゃれあっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る