72章

部屋の中は扉のサイズのわりに、先ほど住人たちがいた大広間くらいの広さがあった。


そして、そこには多くの野菜が育てられていた。


ルドベキア、クロム、ルー、そしてアンとニコ以外――。


マナとキャスは物珍しそうにそれを見ている。


「見て見て!! 真っ赤で可愛いよッ!!!」


マナが熟したトマトを指さしながらキャスに声をかけた。


キャスは野菜畑に近づき、トマトをじーとながめている。


「う~ん、見事に真っ赤だな。こうやってじかに植えられた野菜は初めて見る」


「私もだよ。それにしても可愛くて美味しそうだねぇ」


「おい、可愛いと言いながら食べるつもりか……?」


キャスが目を輝かせて言うマナにあきれていると――。


「やはり奴にとっては、可愛いものだろうと食べものだな……」


アンが無愛想につぶやき、ニコもその傍で彼女と同じ顔をしていた。


ルドベキアがかついでいたロミーをゆっくりと降ろすと、単刀直入たんとうちょくにゅうにルーザーへ伝える。


この娘を治してほしい――。


そのときのルドベキアは、普段の粗暴そぼうさはまるでなく、躊躇ためらいもなく頭を下げていた。


アンは、あれだけプライドが高い彼が、他人のために頭を下げていることに少々驚いていた。


ルドベキアの母はプラム・ヴェイス。


プラムはロミーとクロムの育ての親だった。


だからそれを聞いたときに、彼らは家族のように育ったはずだと思っていたが、ガーベラドームでのクロムに対しての態度を見ていた限り、そんな人間だとは思わなかったからだ。


これまでルドベキアの姿を見ると、彼は彼なりにドームを守ろうと――。


そして、ロミーやクロムを守ろうとしていたのかもしれないと、アンは思った。


頭を下げて言うルドベキアを見て微笑んだルーザーは、無言でうなづくと、倒れているロミーの傍にかがんだ。


そして、ロミーのほほに手を当てると、光が彼女を包んでいく。


その光は、まさに生命がまばゆく輝いているような、そうアンたちの目にはうつった。


……これが英雄と呼ばれた男の力か。


キャス――。


……この光……あたしやキャスとは全然違う、もっと強い力……。


マナ――。


……やはり、この老人も不思議な力を持っていたな。


アン――。


各々がそう思っている間に、生気のなかったロミーの顔に赤みが戻っていく。


彼女はまだ気を失ったままだったが、その顔を見ればもう危機という名のとうげは越えたことが理解できた。


そんなロミーを見て、クロムは泣きながら何度もルーザーに頭を下げ、ルーは彼の足に頭をこすりつけて感謝してた。


「サンキューな、ジイさん」


そして、ルドベキアもまた頭を下げていた。


ルーザーはニッコリと笑うと、近くあった長い木の棒を掴んだ。


それから、それを杖のようにして身を支えて、置いてあったイスの上に腰掛ける。


アンはルーザーの姿をじっと見た。


そこには、女性と変わらないくらい細く小柄で、白い髪をした男が座っている。


アンは、顔も見たが、やはり真っ白な前髪で隠れていてよく確認できなかった。


「ご老人、お初にお目にかかる。私の名はキャス・デューバーグ。この子らに世話になった者だ」


キャスが丁寧に自分の名を名乗り、一礼をしてルーザーに声をかけた。


老人は両手のてのひらを合わせて、彼女と同じように一礼を返す。


「いきなりで失礼だが、あなたの名はルーザーだと聞いた。もしやあなたはコンピュータークロエを止めた英雄なのか? もしそうなら何故このようなところにひとりでいる?」


キャスは、アンが聞きたかったことを、まとめて訊いてくれた。


……私もそれが訊きたかった。


だが、コンピュータークロエが止められたのは、もう何百年前の話のはず。


もしこの老人がその英雄なら、一体何年生きていることになるんだ?


いや、だけどさっきの力を見る限り、この男は本物としか思えない。


アンは息をんで、老人が何を答えるのかを待っている。


「本当にいきなりだな、金髪のお嬢さん」


そしてルーザーは、岩に座ったままその口をゆっくりと開いていった。

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