42章

アンたちが、この駐屯地ちゅうとんちにいる兵士たちに、組織の現状を説明をしている間に、マナの作った料理が食べられてしまっていた。


ガレージテント内は、特に荒らされてはいないようなので、何者かが盗みに入ったとは考えにくい。


「一体誰が食べちゃったの……」


うつむいいているマナは、力のない声で言った。


その様子を見たアンとキャスが、ガレージテントの中に入って来る。


ニコは2人の間をすり抜けて、心配そうな声で鳴き、マナに寄りった。


そんなニコの後に続いたアンとキャス。


そしてアンが、外の寒さに負けないくらいの冷たい声で言う。


「よし、キャス。尋問じんもんの準備を」


「了解した」


アンの言葉を聞いて、キャスは自分の荷物からロープを出した。


丈夫じょうぶで簡単には切れなさそうなやつだ。


それを見たマナは、それが何を意味しているかを理解して叫ぶ。


「あたしが犯人という方向で進めないで!!!」


マナの願いも空しく、アンとキャス2人は、彼女を固定するためのイスを出したりと、着々ちゃくちゃくと尋問の用意を始めていた。


そのときのアンとキャスの冷たい表情を見て、ニコがマナに寄り添いながら震えている。


マナは立ち上がり、両手をブンブン振って、自分が食べていないことを主張していた。


だが、2人は――。


「こいつはあれだろう、現場を最初に見つけたということで、さも自分は犯人ではないアピールってやつだ」


「なるほど。さすがキャス。名推理だな」


「まだ進めてる!? あたしじゃないよぉ~!! 信じてぇ~!!!」


そんなこんなでドタバタしていると、ドラム缶風呂がある奥のほうから物音が聞こえた。


アンたちは、すぐに新犯人だと思い、そちらへ向かうと――。


「あっ! お前は!?」


そこにあるものを見て、アンが叫んだ。


そこには、先ほどここに来る前に見かけた、豊かな黒い毛でおおわれた子羊がいた。


その黒い羊の口の周りには、食べカスがついていて、おまけに下品にゲップまで出している。


誰がどう見てもこいつが犯人だと、アンたちは思った。


「ほら、あたしじゃなかったでしょ!!!」


マナが、頬をふくらましてプンプンと怒り出した。


キャスは苦笑いしながら申し訳なさそうに謝ったが、アンは無愛想に言葉を返す。


「いや、だってマナはいつも食い意地が張っているから、それくらいやるかなって」


「あたし、そこまでじゃないよッ!!!」


アンは面倒くさそうに謝ると、黒い羊を捕まえようと前に出る。


だが、ニコが両手を広げて、彼女の前に立ちはだかった。


どうやら黒い羊を守ろうとしているようだ。


「ニコ、どいて。そいつには色々と用があるんだから」


冷たい顔をしたアンがそう言っても、ニコは必死になって首を横に振り続けていた。


初めて出会った同族のことを、ニコは必死で守ろうとしているのだ。


そんなニコが、黒い羊のほうを向いて手を差し出す。


だが、黒い羊はそのニコの手をバシッと叩き、テントの外へと逃げて行ってしまった。


「ニコ!? 大丈夫か?」


アンが泣いているニコを抱きしめて、キャスは黒い羊を追いかけようと外に出ると、そこにはもう雪景色しかなかった。


「あいつ、なんなんだ」


苛立った表情で言うアン。


その横で、泣いているニコを見て、マナも心配そうにしている。


キャスがテントの中に戻ってきた。


「凄い吹雪になってきたぞ。これは追いかけるのは無理だな」


そのことを聞かなくても、ガレージテントには豪雪ごうせつが降り注いでいる音がしていた。


この雪の大陸では、慣れない者が吹雪の中を歩くのが、自殺行為だということくらいアンたちも理解している。


アンたちは、キャスの言うように黒い羊の追跡ついせきあきらめた。


「あいつ、見た目はニコにそっくりなのに、なんて性格の悪さだ」


「酷いよねえ。ニコがせっかくかばってあげて、手まで差し伸べたのに」


怒りが収まらないのか、アンは黒い羊の悪口を続け、さすがのマナもそれに賛同さんどうしていた。


その後――。


マナが、食事をまた作ろうと張り切ったが、残った材料もすべて食べられてしまっていた。


これはしょうがないと、アンは荷物から手持ちの食料である、カエルやヘビの燻製くんせいを皆の前に差し出した。


「うぅ……あのご馳走の後じゃ、正直食べる気がなくなるな」


「ああ、本当そうだよ……うぅ……」


キャスが今にも泣きそうな顔で言うと、アンも同じような表情になって続いた。


「やった!! 久しぶりのカエルやヘビだぁ~!!! あたし、この味ちょっと恋しくなってたんだよね」


だが、マナは2人とは対照的に、実に楽しそうに食べ始めている。


ニコも久しぶりにアンと一緒に食事ができるせいか、泣いてた顔が嬉しそうな表情になっていた。


「やっぱいいね。みんなでご飯を食べるのって」


マナの笑顔を見て、苦い顔をしていたアンとキャス2人も、クスッと笑みを浮かべ始めていた。

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