36章

機械の右腕からほどばし稲妻いなづま


その姿を見たノピアは、うっとりとした表情でアンの姿に見惚みとれていた。


まるで初めて女性の裸を見た男のような、品のない笑みを浮かべている。


「素晴らしい……なんて美しく力強い姿なんだ。君のその力も必ず私のものにする」


ノピア、そしてメタリックな白腕の連続攻撃がアンを襲う。


アンは全神経を集中して、機械の右腕を駆使くししてなんとか後方へ受け流す。


受け流せなかった一撃が、アンの左肩をつらぬいた。


誰が見ても重症。


もうアンの左腕は、ただぶら下がっているだけのものになった。


肩から流れる血が、ひび割れた道路にポタポタとしたたり落ち始める。


「お前は、大事なものを学びそこねているんだ」


それでもアンの戦意は落ちていない。


だがノピアから見れば、それは強がりでしかなかった。


「大事なもの?」


ノピアは薄ら笑いを浮かべる。


「それは先ほど見せてもらった喜劇のことかな?」


アンは右腕を突き出し、電撃を喰らわせたが、がっちりと両手でガードしたノピアにダメージはなかった。


「お前は力が欲しくてしょうがないみたいだが」


それでもアンは、電撃を放ち続けた。


「私はお前がいうような力は必要ない」


「……なんだと?」


「私もずっと力が欲しかった。大事なものを守れなかった自分が嫌いだったから……」


「急にどうした? 自分語りなど始めて? まったく、これだから喜劇役者は困る。注目されていると勘違いして、自分を中心に世界が回っているのと思っているのだからな」


電撃をガードしたノピアが反撃に出る。


アンはなんとかけるが、無理に動いたため、先ほど貫かれた左肩からまた血が噴き出した。


「自分のために行動を起こしてくれた人のために頑張れる力……私が欲しいのはそういうものだ」


アンは呼吸をみだしていた。


もうすでに息も絶え絶えだ。


「たぶん、お前は自分のために料理を作ってもらったことがないんだろう。お返しに作ってあげたことも」


アンは劣勢れっせいなのに、ノピアにそう突きつけた。


些細ささいなことだが、好きな人が喜ぶ顔が……日常の、ありふれたものを大事にできることが力に繋がる。私はそう信じている」


アンは力強くノピアをにらみつけた。


「大事……些細なことは大事」


つぶやくように言ったアン。


すると――。


「……はは」


ノピアはくちびるを笑みの形に歪めた。


それを普段彼が見せることのない、寂しげな笑みだった。


「それだけの長い台詞せりふをよく台本を見ずに言えたものだ。今のはなかなか面白いワンシーンではあったが、私の趣味ではないな」


ノピアは、アンに向かって体当たりをしてきた。


そして彼女のひたいめがけて頭突ずつきをかます。


脳震盪のうしんとうにでもなったのか、アンはその場で尻餅をついてしまう。


アンを見下ろしたノピアが言う。


「お前たちの力は、私のかてとさせてもらうよ。まあ、その力で料理など作ったり作られたりはせんがね」


ノピアがアンの体を掴みにかかった瞬間――。


ノピアの両サイドから、竜巻と津波が襲い掛かってきた。


その衝撃で両腕の白い装甲が割れ始める。


「なっ!? 貴様らッ!!!」


ノピアの左右には、満身創痍まんしそういのシックスとキャスが立っていた。


そんな2人と反対に全身を包んでいる風と水は、まるで生き物のように激しくうごめいている。


ノピアは苦痛にえながらも笑顔で言う。


「この程度で私を止められると思ったか? ふん、お前たちは生きてさえいればいいのだから、四肢ししをもぎ取って、何もできない芋虫にしてやるぞ」


「させない……」


弱々しい声。


いつの間にか尻餅をついていたはずのアンが、ノピアのふところに入り込んでいた。


「まだ動けたのか!? どこにそんな力残っていた!?」


「さっき話しただろう、私の力については……もう終わりにする」


アンはポツリと言うと、電撃がほとばしる右拳をノピアの体を打ち込む。


ノピアは吹き飛び、離れたところにあった廃墟の建物を突き抜けていった。


「私の……いや、私たち・・・・の勝ちだ!!!」


アンの雄叫おたけびとともに、帝国の機械兵オートマタたちの動きが停止した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る